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第七章 呪詛の正体と、共犯者バディの覚醒


1. 呪詛の最終観測結果


コルテスの机に残されていた羊皮紙の内容は、わたしの心を凍り付かせた。


真の呪詛は、ルイス王子がヴィオラを愛することそのものにある。


わたしの懸命な「推し活」は、ルイスとヴィオラを結びつけることで、呪詛を「沈静化」させただけで、「消滅」させてはいなかった。むしろ、呪詛は「愛情」という最も甘美な形でルイスの精神を蝕み続け、いずれルイスは愛の毒によって破滅する運命にあることが示されていた。


(そんな……わたしは、ルイス様を救おうとして、逆にルイス様を死に至る愛の毒に突き落としてしまったの!?)


わたしはパニックに陥り、狂信的な夫に助けを求めた。


2. コルテスの再起動(異変の解消)


わたしは、祭壇の前でヴィオラ人形を眺め続けているコルテスの元へ走り寄った。


「コルテス様! この観測結果は何ですか!? ルイス様は救われてなどいない! むしろ、呪詛は進化しているのよ!」


コルテスは、ようやく祭壇から顔を上げた。その目は、以前の狂信的な熱ではなく、冷徹な分析の光を帯びていた。


「デュフフフ……ようやく『道具』が、『真理』に到達したでござるか」


彼は、祭壇から一歩離れ、わたしと対峙した。彼の身体から発せられていた腐敗臭や怠惰な雰囲気は消え去り、再び狂信的な探求者の姿に戻っていた。


「ヴィオラ様がルイス王子の隣にいることは、『物語の摂理』からすれば『救済』である。しかし、我の観測する『深淵の摂理』からすれば、それは『毒の活性化』にすぎん。我は、貴様が『道具』として、この最終的な呪詛の構造を、自力で発見することを待っていたのだ」


「まさか、あなたは……」


「そうだ。貴様が『役割を終えた』と思い、絶望と孤独に陥ることで、貴様自身の心に刻まれた『推しへの呪詛』が、『自己の生存への探求』へと変化するかを観測していた。『道具』が『共犯者バディ』へと進化できるかを試したのだ」


コルテスは、わたしを精神的に追い込むことすら、「呪詛解体」という目的のための合理的な実験として実行していた。


3. 狂信者の告白と真のパートナーシップ


コルテスは、わたしの前に、これまで見せたことのない、わずかな疲労を見せながら、淡々と語り始めた。


「貴様は、我の最高の『知の刃』である。そして、我は貴様の『献身の実行部隊』である。ルイス王子を救うには、『愛の毒』を断つ、この世界の摂理を根底から書き換える、最終的な献策が必要である」


わたしは、自分の命懸けの努力が、すべてこの男の壮大な狂気の実験の過程であったことに、激しい怒りを感じた。しかし、同時に、彼が示した絶対的な信頼――「アリシアなら必ずこの真実に辿り着く」という信頼――に、抗いがたい魅力を感じていた。


「では、教えてください、コルテス様。この呪詛の根源を断ち切るために、私の知恵は、何をすればいいのですか?」


わたしは、もはや「推し活」という自己欺瞞を捨て、「自分の知恵と、この狂人の実行力で、世界を歪める戦い」に身を投じることを決意した。


「デュフフフ……貴様は、ようやく共犯者バディとなったでござる。残る問題は一つ。この呪詛は、ルイス王子とヴィオラ様、そしてルイス王子を陥れたレオンハルト王子の三者が織りなす『三つ巴の愛の悲劇』である。最終献策は、ヴィオラ様とルイス王子の関係を、破壊しなければならん」


4. 破壊の使命とコウタへの予兆


わたしは息を呑んだ。「推し」の幸せを願い続けた自分が、その推しの幸せを破壊する使命を負うことになったのだ。これは、「悪役令嬢もの」の究極の「反・お約束」だった。


「わたしが、ルイス様とヴィオラ様を……」


「そうだ。そして、その破壊の過程こそが、貴様と我の『歪んだ愛の探求』の終着点となる」


コルテスはそう言い残し、別邸の奥深くに隠されていた、これまでわたしに絶対に見せなかった扉を開けた。中からは、酸っぱい悪臭とは違う、上質なアロマが漂ってきた。


「この扉の先に、『最終献策』に必要な、貴族社会の常識を打ち破る情報がある。貴様はこれを観測し、最高の『破壊の献策』を編み出すのだ」


コルテスは、これまで見せたことのない、わずかに憂いを帯びた表情で、わたしに言った。


「貴様の戦いは、ルイスを救うための自己犠牲から、貴様自身の生存と、真理の探求のための戦いへと変わった。そして、この戦いが終わる時、貴様は我を『コルテス』ではなく、『コウタ』と呼ぶであろう」


わたしは、その言葉に微かな未来の予感を抱きながら、コルテスが開けた「謎の部屋」へと足を踏み入れたのだった。


---


第八章 隠された真実と、破壊の献策


1. 狂信者の「真の聖域」


コルテスが開けた扉の先にあったのは、驚くべき光景だった。


そこは、これまでの不潔な研究室とは打って変わって、上質な木材と清潔なガラス器具で統一された、極めて機能的で洗練された「真の研究室」だった。壁には、ヴィオラ人形や祭壇のようなものは一切なく、緻密な星図と、古語で書かれた錬金術の文献が整然と並んでいた。


部屋の中央には、美しく磨かれたクリスタルケースがあり、中には「ヴィオラがルイス王子に贈ったとされる、小さな金のブローチ」が厳重に保管されていた。


「ここは……?」わたしは息を飲んだ。


「デュフフフ。ここは、我の『真の聖域』である。ヴィオラ様の祭壇は、世間の目と、貴様の『道具』としての精神状態を観測するためのカモフラージュにすぎん」


コルテスは、これまで身にまとっていた汚い外套を脱ぎ捨てた。その下からは、意外にも清潔で上質な、仕立ての良いシャツが現れた。無精髭はそのままだったが、その姿は、これまでの不潔な狂信者とはまるで別人、知的な探求者そのものだった。


「ヴィオラ様への愛は真実。しかし、この愛は『呪詛解体の実験』のエネルギーとして昇華されている。貴様がこの部屋に入る資格を得た今、真の課題を観測せよ」


2. ルイスの呪詛とヴィオラの「呪いのブローチ」


コルテスは、クリスタルケースのブローチを指差した。


「ルイス王子の『愛の毒』という呪詛は、このブローチに由来する。これは、ゲームのヒロインが王子に贈る『愛の証』として知られているが、実は、レオンハルト王子側の陰謀により、呪いの触媒が仕込まれている」


わたしは愕然とした。彼女が前世の知識で知っていた「愛のブローチ」が、ルイスを破滅させる「呪いのブローチ」だったとは。


「呪詛の最終段階は、ルイス王子が『ヴィオラへの愛』を確信した瞬間に、このブローチの毒が活性化し、精神崩壊を引き起こす。貴様の『推し活』が、この最終発動を早めてしまった」


コルテスは続けた。


「最終献策の目的は二つ。一つは、ルイス王子を愛の毒から救うこと。もう一つは、ヴィオラ様が呪いの媒介者メディウムとなる運命を断ち切ること。すなわち、ルイスとヴィオラの関係を、愛から『別の何か』へと書き換える必要がある」


3. 破壊の献策:「醜聞の流布」


わたしは、コルテスから提供された錬金術の文献と、ルイス・ヴィオラ・レオンハルトの緻密な相関図を観測した。


(破壊しなければならない。愛を憎しみに変えるのではない。愛を、別の、無害な関係に書き換える……!)


数時間に及ぶ思索の末、わたしは顔を上げた。彼女の目に宿るのは、狂信的な夫に匹敵する、冷たい知性の光だった。


「献策は一つ。王都に『醜聞スキャンダル』を流布します」


「デュフフ。凡庸な手でござるな」


「いいえ、究極の醜聞です。流布する内容は、『ルイス王子が、ヴィオラ様を女性として愛しているのではなく、妹のように庇護すべき存在としてしか見ておらず、ヴィオラ様もそれに気づいて深く傷ついている』というものです」


4. 破壊の論理と共犯者の誓い


· 効果(愛の破壊): この醜聞は、ルイスとヴィオラ間の「愛の噂」を打ち消し、彼らの関係を「兄妹愛」という無害な庇護関係へと強制的に書き換える。これにより、呪いのブローチの毒の活性化条件(愛の確信)を無効化する。

· 効果(呪いの回避): ヴィオラはルイスへの恋愛感情を諦める代わりに、「庇護される妹」としての安定した地位を獲得し、呪いの媒介者となる運命を回避する。

· コルテスの賛辞: 「素晴らしい! 貴様は『愛の毒』を『兄妹の慈悲』という無害なワクチンに書き換えた! これこそ、世界の摂理への、究極の修正である!」


コルテスは、わたしに向かって、初めて狂気ではない、純粋な称賛の眼差しを向けた。


「貴様は、もはや道具ではない。我の狂信的な探求の唯一の理解者、共犯者である。この献策が成功すれば、我々は『世界の摂理』を打ち破り、真の自由を手に入れる」


わたしは、推しの幸せを破壊するという屈辱的な使命を、「ルイスを呪いの毒から救う」という真の目的のために甘受した。そして、この不潔で狂信的だが、誰よりも自分の知性を理解してくれる男との歪んだ絆を確信する。


「承知いたしました、コルテス様。この献策を、あなたの汚れた肉体で、王都に流布してください」


二人は、「愛の破壊」という究極の献策を実行するため、静かに準備を進めるのだった。



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