遠足みたいな実戦なのに、、、。
5月後半、初夏の陽射しが福岡の街を柔らかく照らす。
バナナ組の四人は、粕屋ダンジョン3号の入り口に立っていた。
福岡県内には自然発生したダンジョンが、点在している。博多には中級クラスの博多迷宮洞窟、天神には中位の天神迷宮洞窟、小倉には中級の小倉迷宮洞窟がある。都市部にあるため、一般市民も遠足や観光で訪れることがあるが、いずれも管理された設置物ではなく、自然に形成された遺物である。
その中でも粕屋ダンジョン郡は異彩を放つ。
複数の小規模迷宮が密集しており、世界的に見ても珍しい構造である。とういうのも、密集する迷宮同士はつながっておらず、それぞれ独立しているが、その数の多さと近接度の高さは不思議がられているのだ。
今日、バナナ組が挑むのは、その粕屋ダンジョン郡の内でも比較的小さい、粕屋ダンジョン3号だ。
「……森みたいだね」
魔李が小さく呟く。杖を抱え、足元の小石を蹴りながらも、まだ油断している表情だ。
剣吾は片手を腰に当て、周囲を見渡す。
「スライムだろ? 小学生でも倒せるやつだし、簡単そうだ」
映像で見た訓練用スライムを思い浮かべ、軽く笑う。
弓菜は腕を組み、眉をひそめながらも口元には笑みを浮かべた。
「油断は禁物だけど……まぁ、初級階層だしね」
槍真は槍の先で地面を軽くつつきながら理屈を整理する。
「この階層のスライムは基礎訓練用。
危険性はほとんどないはずだ。だから勝てる!」
頭の中で連携や動線をシミュレーションするが、表情は少し緊張している。
魔李は緊張で言葉も出せず、杖を握りしめ、静かにしている。
そんな中、巨大なゴリラ先生は、子供たちの身長の半分以上もある巨大な黒い中華鍋を片手に持ち、座っている。そう、武器でもなく、盾でもなく、鍋である。
「よーし、観察開始! 今回は私、守って戦わない。君たちだけで動け。死なないように逃げろ」
ゴリラ先生の指示より、鍋の方が気になると、子供達の顔には書いてあるが、ゴリラ先生はどこ吹く風であった。
そうして、バナナ組とゴリラ先生はダンジョンへ入っていた。
ーーー
ゴリラ先生は、剣吾に向かって声をかける。
「剣吾、足元見て動けー。落ち着けば……動ける!」
剣吾は慎重に足を運ぶが、目線が左右に泳ぎ、何度もバランスを崩す。
弓菜には冷静に指示。
「弓菜、仲間の動きに惑わされるな。的確に狙えば……動ける!」
しかし剣吾や魔李の慌てぶりに気を取られ、矢は外れてスライムに捕まる。
槍真は頭の中で連携を整理している間に、スライムの触手に引っ掛けられて死亡。
リスポーン後も顔色を変え、次の動きを考える。
魔李は小声で震え、杖を握り直しながら立ち上がる。
タイミングを外してスライムに押され転倒する。
その瞬間、スライムがゴリラ先生に向かって突進。
だが鍋を片手で掲げると、触れたスライムは撫でるように弾かれ、四散して消える。
子供たちはその圧倒的な力に思わず目を見張る。
「……すごい……」
魅入るあまり剣吾は転倒、弓菜は矢を構えたまま動けず、連携は完全に崩れる。
ゴリラ先生は鍋を片手に、寄ってくるスライムを軽く弾くだけで戦闘には加わらず、四人の焦りや連携の乱れを観察している。
リスポーンするたび、目の前にゴリラ先生が現れる。
「先生、車乗ってるんですか?」
「空飛べるんですか?」
「抜け道通れるんですか?」
「壁壊して来てるんですか?」
剣吾は転びながら愚痴る。
「もう……なんで俺ばっか!」
弓菜は苛立ち眉を吊り上げ、
槍真は考えすぎて再びスライムに押され、
魔李は怯えながら杖を握り直す。
本気を出せば安全に倒せる相手だが、過去の退塾記憶が頭をよぎり、焦りと恐怖で実力を発揮できない。
初級の初級階層にもかかわらず、四人は空回りしていた。
ゴリラ先生は鍋を片手にじっと観察し、頭を抱える。
「……得意なことすら使えていない……次の訓練で何を強化するか、しっかり見極めるか……」
こうして、初めての実戦授業はぐだぐだながら幕を閉じた。