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85/85

85.崩れた道ほど、小さい方が通りやすい


大弥の頭の中で、何かが噛み合った。


カチリ、と。


目に見えない歯車が、ひとつ、正しい位置に嵌まる。



その瞬間、世界が変わる。


視界が狭まる。


いや、削ぎ落とされる。



凪までの道だけが、一本、浮かび上がる。



それ以外の情報は、すべて後ろへ押し流されていく。


戦闘音は、確かに鳴っているはずだった。



金属の衝突音。


魔法の炸裂音。


咆哮。


叫び。



それらは消えてはいない。


ただ、遠い。



まるで水の中から聞いているように、輪郭を失っていく。




代わりに――。




動きだけが、異様なほど鮮明になる。


灼熱大猿の肩の入り。


次に振り下ろすための筋肉の収縮。


灰火猿の重心の揺れ。


次の踏み込みの方向。


陽の水刃が描く弧。


大我の大剣の戻りと、次の踏み出しの角度。


瑠璃の罠が置かれている位置と、発動のタイミング。


琥珀の魔法陣の展開速度。


響と真珠の矢の射線。


床に散らばった石片の高さと、踏んだ時の滑り。



全部、見える。


全部、分かる。


理解ではない。


反射でもない。



ただ、そこにあるものとして、最初から知っていたかのように認識できる。



その中で。



ほんの一瞬。



真珠の視線が外れた。



灰火猿へ。


全体から。




そして――大弥から。




――今。



(今っちゃ。)



考えるよりも先に、身体が動いていた。 



大弥は、一歩を踏み出す。



大我が灰火猿へ叩き込んだ大剣の風圧が、空気を裂く。



その余波を、半歩引いて受け流す。



真正面から避けるのではなく、あえて遅らせて、影へ入る。




灰火猿の視界が、大我の背に遮られる。



その隙間へ。




身体を滑り込ませる。




『足は速いけど、小さいね。』



足元の石片を踏む。


滑る。


だが、それを利用して重心を低く保ったまま、さらに前へ出る。



灰火猿の右脚が振り上がる。



視線が合う。



認識された。



だが――遅い。



踏み込まない。



横へ流す。



振り下ろされた爪が、肩先を掠める。



じゅ、と肉が焼ける音がする。



(問題はなかっちゃ。)




『チビのくせに、何ができるんだよ。』




痛みはある。


だが、遠い。


熱もある。


だが、邪魔にならない。




大弥はそのまま、重心をさらに落とす。


踏み込むのではなく、沈める。



地面に吸い付くように。



灰火猿の股下へ滑り込む。



爪の戻りが、頭上をかすめる。



髪が焼ける匂いがする。




『お前は探索者には向いとらん。』


(それは、よー知っとる。)



視界が開ける。



その先――瑠璃。



瑠璃の短剣が灰火猿を受け止める瞬間。



その外側を抜ける。



瑠璃と位置が入れ替わる。



灰火猿の意識が、再び前へ向く。


振り返らない。




(全部、分かっちょる。)



『お前はお前や。』


兄の声。


その直後に続く記憶。


振り下ろされる剣。


受け止めきれない腕。


吹き飛ばされる身体。


地面に叩きつけられた衝撃。


肺から空気が抜ける感覚。




(……どうやっても、力も身長も兄貴には届かんかった。)




そのまま。


大弥は速度を落とさない。


むしろ上げる。


灰火猿を二体抜ける。


前方。


灼熱大猿の背中。


巨体。


圧。


熱。


だが、その奥に。


凪がいる。



(でも、立ち止まる理由には、ならんっちゃ。)




踏み込まない。


滑らせる。


足を前へ出すのではなく、体重を前へ落とす。


腰を沈める。


一気に加速する。


灼熱大猿の足元へ。


股下へ。


一直線。


空気が焼ける。


喉が痛む。


肺が軋む。


視界が揺れる。


それでも。


止まらない。



(あの頃は、何回も兄貴と剣で戦って。)




前方。


水の膜。


琥珀の魔法。


それを、真珠が矢で引っ掛けて通している。


薄い。


ほとんど意味がない。


だが――喉を焼く熱が、わずかに和らぐ。




(不意打ちすら、勝てんやった。)


(やけん、兄貴とは違う、弓を持った。)



矢の軌道を読む。


一本、横を通る。


肩を捻る。


避ける。


止まらない。



(弓なら、身長が小さくても戦えるけん。)



(後ろからなら、力なんてそげん関係なかったけん。)




一歩。



もう一歩。



視界の中で。


凪の姿が、はっきりと形を持つ。


崩れた体。


動かない。



(ーーでも。)




灼熱大猿の腕が上がる。


振り下ろし。


その内側へ、さらに踏み込む。



(それでも、それよりも。)



『小さい身体で盾を操る探索者。』


脳裏に浮かぶのは、小さな背中。


だが――誰よりも大きく見えた背中。



(……かっこよかった。)



(動画で見た小さくても大きな魔物と戦っている。)



(盾使い、桃太郎みたいに、ああなりたかった。)




手が、自然と動く。


変形盾に触れる。


慣れた感触。


重さ。


頼りなさと、同時にある確かな安心。


熱が、さらに増す。


皮膚が焼ける。


呼吸が乱れる。




(女の人は、男より力が弱い。)


(だけん、リラちゃんを見た時、無性に腹たった。)


(身体が大きければ、女でも盾使いになれるんやって。)


(俺にないもの、持っているように、見てたっちゃん。)


『創意工夫しなさい。』


『その素早さと視野で、圧倒させなさい。』



(否定じゃなかった、あの時庇われた時気付いた。)


(力も、身体の大きさも大事なんかもしれん。)


(でも、身体の大きさなんかより、力強さより、魂で負けたらいけんのやって教えてもらったっちゃん。)



(俺は――。)




止まらない。


止まれない。


止まる理由がない。



(間に合わせろ。)


(走れ。)



灼熱大猿の影が、視界を覆う。


凪が、そこにいる。


守らなければならない位置にいる。



(何で盾使いになった?)



一瞬。


世界が、遅くなる。


灼熱大猿の腕の軌道。


空気の歪み。


熱の流れ。


全部が、見える。



(……簡単やろ。)




息を吐く。



(憧れたけん。)




最後の一歩。



(強くなりたかったけん。)




盾を、持ち上げる。



(それだけっちゃ!)




ドォンッ!!


凪の目の前で、盾がそれを受け止めた。


衝撃が、全身を貫く。


骨が軋む。


筋肉が悲鳴を上げる。


膝が沈む。


床が砕ける。


足元からひびが広がる。


押し潰される。


それでも。


それでも。


大弥は、倒れない。




――凪の窮地に、大弥は間に合った。

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