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84.崩壊の足跡はすぐそばに。



帝亞列島や緩風の調べのメンバーだけでなく、灰火猿ですら灼熱大猿の咆哮に耳を塞ぐ。



(配下ですら、耳塞ぐ攻撃なんて、頭おかしいだろこいつ!)




朝日大弥は心で悪態をつきながら、灼熱大猿の吠える攻撃に耳を塞ぎつつ視線を灼熱大猿から逸らさず耐える。


仲間すら巻き込む姿に違和感を持ちつつ、灼熱大猿を視界の端に、前衛の朝日大我や日暮陽、城戸琥珀がダウンしていないことを確認する。



(流石ったい。兄貴たちちゃんと攻撃姿勢やんね。)


皆咆哮終了すぐに、次の攻撃に備えているの確認して咆哮が終わり己も目の前の弓を拾いすぐに構える。



『ギャァ、キキキギャ、ギャァハ。』



咆哮が止むと、灼熱大猿は感極まったような気味の悪い笑い声を隠すことなく響かせた。



(なに?、きみ悪りぃなあ、、まさか!?)



違和感に、周りを見れば、津波黒凪が地面に倒れ伏せている。



「オニキス!」




凪に一番初めに声をかけたのは、大弥だったようだ。


灼熱大猿の嫌な視線が凪に向いていたのを一番初めに気付いていたのも大弥だった。


だからこそ、オニキスが戦線離脱させられたことに気付いたのだ。



大弥が声を張り上げたことにより、すぐ戦闘が再開された。


だが、戦線が目に見えて揺らいだ後である。



「っ、オニキスの支援切れた!」





大弥の声に、城戸琥珀はすぐに凪の様子を確認し、灼熱大猿へ向かう陽と大我に現場を簡潔に伝える。


琥珀の報告に、陽が舌打ちする。


陽はさっきまで軽かった踏み込みが、一気に重くなったのを感じ、すぐに魔力を練る。


動きが鈍った分、先ほどよりも水魔法を多く纏わせた長剣を振るう。


図体も大きい癖に動きの速い灼熱大猿への攻撃は、腕に鈍さが戻り灼熱大猿の腕を逸らし切れない。



ーードンッ!!




逸らしきれない力は、衝撃で陽を襲い、陽の体が横へ流される。


すぐ横にいた大我が、己の肩と陽の肩をぶつけるようにして支える。



「まだ、下がるな!」



「分かって、る、っての!」



大我の指示も余裕はない。


大我も凪の身体強化の補助が切れたことで、なんとか均衡が取れていた力は灼熱大猿に軍配が上がってしまい、元々重かった一撃がさらに重く感じる。


大剣を受けに使うたび、腕の骨からミシッミシッっと嫌な音がなり、肩から指にかけて痺れが通る。



陽と大我の押されている様子に、琥珀は灼熱大猿への攻撃魔法から、すぐに支援魔法に切り替え、凪の穴を埋めようとする。



「タイガー、右腕の軌道が変わる、注意!」





琥珀は杖を振り、守りの水の膜を展開して陽と大我、灼熱大猿の間に滑り込ませて時間を稼ぐ。


そのまま琥珀は、大我の腕に身体強化を、陽の足にも身体強化を付与する。


同時に、別の魔法を組み立てようとした瞬間――灰火猿の一体が間へ割り込んだ。



乙犬瑠璃が動く。



「ラピス、前に入ります。シュガービー、続けて!」





瑠璃の短く、的確な鋭い声に琥珀は瑠璃の足にも瞬足の身体強化をかけ、灼熱大猿に動きの鈍化の魔法をかけてデバフ攻撃を繰り出す。


瑠璃は短剣を交差させ、灰火猿の爪を受け流す。


凪と灰火猿のぶつかり合いは、火花を散らすが、それと同時に、灰火猿の足元の罠が起動する。




金属線が灰火猿の片脚へ絡みつき、床に打ち込まれた魔道杭が熱に耐えながら一瞬だけ動きを止める。




「トパーズ、灰火猿へ攻撃。」



「膝を狙う、避けろ!」





瑠璃の命令の前から構えていた矢を引く金出響。



ずっと狙っていたその隙を、狙 崖の上から響が矢を狙撃する。



響の水で構成された矢は速く、一直線に灰火猿に飛ぶ。



ドスっと鈍い音を立てながら、灰火猿の膝へ刺さり、蒸気が立つ。




「……水よ!」





真珠の小さな声。


続く水の矢が肩口へ入り、瑠璃の短剣が膝を撃ち抜かれた灰火猿の腹を掠める。



連携は成立している。





だが――明らかに余裕がない。





凪の支援が切れたことで、全員の余白が消えたのだ。


大我と陽は、灼熱大猿を正面から抑えるだけで手一杯。



琥珀は大我と陽の二人に合わせた中距離支援を優先したいのに、瑠璃たちに怪我を負わされた灰火猿がその合間を縫って割り込んでくる。



瑠璃は怪我のしていない一体を止め続けているが、もう片方を相手しようとすると、怪我のしていない灰火猿はすばしっこく邪魔をされている。



速いせいで後方弓隊の城戸真珠や金出響の弓が当たらず、牽制も上手くいっていない為、凪が倒れる前のように灰火猿2体同時に瑠璃が相手できない。



響と真珠だって馬鹿じゃない。


当たらない相手に矢を放つのではなく、怪我した方の灰火猿や灼熱大猿へ矢を放ち命中させている。



攻撃は通るのだが、通っているだけだ。



邪魔できているが、倒し切れていないのだ。




そして――その乱れを、灼熱大猿は見逃さなかった。




赤い眼が細くなる。




前線の二人は鬱陶しい。


中距離の魔法使いも邪魔。


灰火猿を止めている影も面倒。


壁上の射手も削ってくる。




赤い目が、愉悦に歪み、口角が上がる。




一番脆い場所がある。



後方。



地面に崩れた支援役。




そこへ行けば、あれを殺せば、後方で守られているものを殺せば、生き物は動揺するっと灼熱大猿はダンジョンの縄張り争いで学習していた。



灼熱大猿の思考回路が固まった時、大弥の背に汗が流れる。



(やっぱりだ。)





灼熱大猿の視線が、はっきりと凪へ固定されたのを見た瞬間、大弥は弓を持つ手に力を入れた。



(元々、見えていた。)



(灼熱大猿のあの目は、最初からオニキスを見ていた。)




支援を潰せばというより、1番小さい奴を潰せば良いと、そう理解している目だった。



だからずっと警戒していた。



だが今――実際に凪が崩れたことで、その狙いが現実になった。




「シュガービー!」





大弥が叫ぶ。



「分かってる!」




琥珀も気づいていた。




だが、動けない。




灼熱大猿の正面を今離れれば、大我と陽が押し潰される。


そもそも、間に灰火猿がいる。


一歩遅れれば、全員が崩れる。



響が新しい矢を番える。


真珠も矢を放ちながら、壁上から身を乗り出す。



「ダイヤ……!」



思わず名前が漏れる。


だが真珠は自分で気づき、唇を噛み締めた。



今、灰火猿を通せば終わる。


灼熱大猿へ意識を寄せすぎるわけにはいかない。



瑠璃も同じだ。



凪の方へ行きたい。


だが、ここを捨てれば灰火猿がそのまま合流する。



そうなれば、誰も凪のところまで辿り着けない。



「……っ。」




瑠璃は短剣を握り直す。


罠の残弾を指先で弾き、次の位置を読む。



止める。



今は、止めるしかない。




その間にも、灼熱大猿は陽や大我、琥珀の攻撃をものともせず、前へ出た。




一歩。



二歩。



三歩。





灰火猿からの攻撃を防ぐのも捨てて、瑠璃が短剣とトラップ魔法を灼熱大猿に投げて攻撃するが、それも効いていないように足は前進む。



四歩。



五歩。



六歩。





響が灼熱大猿に魔力を多めに練った矢を放つ。威力が響ほどではない真珠は、防御を捨てた瑠璃の援護射撃を行う。


ほんの少し歩みは遅くなったが、されどほとんど変わらず灼熱大猿はその巨体に似合う大股で歩みは止まらない。





七歩。



八歩。




灼熱大猿は、凪の前についていた。



灼熱大猿への攻撃に集中していた大我と陽は、ここに来て初めて手負の灰火猿が火炎業球と呼ばれる火属性の上級魔法を放たれ、避けざるを得ず距離をとってしまった。



「くそっ!」



誰が言ったか分からないが、火の所為で、灼熱大猿に誰も近づけず、琥珀も火を消す水属性の上級魔法を使うことを余儀なくされ、近づけない。



瑠璃が持ち場から離れようとしても、灰火猿が邪魔をする。



響の矢は火炎業球によって蒸発して、灼熱大猿に近づけない。



部下の火属性魔法は心地いいのか、灼熱大猿の熱が濃くなる。



凪の視界では、巨大な炎の塊が目の前にいるのだ。





(……いや。)




(いや、)




(いやぁあ!)





熱気で喉が焼けて、凪の声が出ない。



呼吸が乱れて、胸が詰まる。



抵抗しなきゃっと杖を視界に入っているが、指先すら上手く動かない。




(来ないで……!)



(いや……いや、いや、いや……!)





耳鳴りのように、自分の心音だけが大きい。



誰も来れない。



響が弓を持って駆け寄ろうと来たが、怪我をした灰火猿が瑠璃の邪魔をして、怪我のしていない灰火猿が、響に向かって身を捻って、壁上へ飛びかけた。




「トパーズ!」




大我の声。


響は飛び退くことしかできない。



同時に真珠が火よ!と小さく叫び、矢を放つ。



灰火猿の顔面で火が爆ぜ、軌道が僅かに逸れる。



だが――その僅かを作るために。



真珠の視線が、一瞬だけ外れた。



怪我を負った灰火猿は、瑠璃にも魔法を放ち、瑠璃は避けざるをえない。




もう。


戦場の均衡は崩れ去っていた。



誰もが、分かっていた。



もう、立て直せない。




それでも、



それでも――



凪を守ろうとするが、



誰も、動けていなかった。



灼熱大猿は、逃げ場のない獲物を前にした獣のように――腕を振り上げた。



凪の上に、死が振り下ろされようとしていた。

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