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83.知らぬ間に、弱点とはバレているものだ。

津波黒凪は、戦闘中に注がれるねっとりとし視線に気づいた。



悪寒しかしないその視線。


それはあの大きくて気味の悪い魔物…灼熱大猿から、注がれる。



視線だけなのに、凪は身体中をなぶられているような気持ち悪さから、冷や汗が噴き出てどうしようもなかった。



(なんで、わたしをこんなに見つめてくるのよ!)


凪は心の中で鳴きごとを考える。

正直悲鳴が上がっていないだけ上出来であろう。



凪にとって、配下の灰火猿1匹ですら1人では戦えない実力である。


実力に関しては、この場にいる学生探索者の全員当てはまることで、優秀と言われる彼らでも、精々灰火猿一体の討伐依頼が受けられるかどうかの実力である。


そんな緩風の調べや帝亞列島のメンバー達とは、凪には大きな違いがあった。


彼女は、火属性の猿系の魔物に会うこと自体今日が初めてて、正直この状況についていけているだけでも奇跡であることだ。


あからさまに、実力に差がある魔物を相手に、混乱することなく支援魔法を使い、合同探査をしたことがあるとは言え別チームである帝亞列島のメンバーにも問題なく支援魔法が使えている。


凪が最年少で、調査隊に出入りを認めらた納得の実力を示している。




(ジロジロ見てこないでよ、気持ち悪い!)


凪は悪態を口にすることなく心に留め、支援魔法を行使する。凪による支援魔法は正確に機能しており、帝亞列島の朝日大弥も日暮陽もしっかり前衛として灼熱大猿へ踏み込めている。


中間後衛にいる緩風の調べのリーダー城戸琥珀が、灼熱大猿に魔法を重ねて攻撃している。


凪が支援魔法を完璧に行使することで余裕が出来、同じサポート役の琥珀は魔法攻撃に勤しめている。


中距離から瑠璃が灰火猿2匹に対して、トラップで翻弄し、短剣で斬り込みに行く。そのサポートをするように、中距離から朝日大弥。長距離から要と城戸真珠が要所要所で灼熱大猿と灰火猿弓を放る。現役探索者として評価されても良いほど、綺麗な連携は崩れていない。


それなのに。


灼熱大猿は攻撃を避けもせず、動くことをしなくなっていて、攻撃は当たってダメージだって入っているはずなのに、ただ、燃えるような赤い眼が、まっすぐに凪を見ている。



その視線は、大きな猿の体とは真逆に子供のような、動物のような無邪気な凶悪さが目にこもっている。


あまりにも異様で気持ち悪いものである。




「……っ。」


あまりの気持ち悪さに悪寒さえ感じ、凪の背筋に、ぞわりと嫌なものが走る。


思わず灼熱大猿の目を見つめすぎたのだろう。



そらそうとしたが、一瞬灼熱大猿が凪の視覚に視線を合わせて、視線を交わってしまう。


それに、灼熱大猿の口元が、ゆっくりと歪んだ。


にちゃり、と。



肉が裂けるように口角が吊り上がる。



焦げた牙の隙間から、熱い息がぬめるように漏れた。




(…笑っている?、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!!)



ヒュッと凪の口から呼吸が漏れた。あまりの気持ち悪さに全身鳥肌が立っていた。


(こいつ、頭が悪くないと思ってはいたけど、最悪!)


(私を見てたのは、弱い奴からなんて、短略的な獣の思考回路ではないわ!)



あれは。


(腹の満たした猫が鼠を悪戯に弄ぶ、、、私たちみたいな弱いものを弄び淘汰すると決めたときに浮かべる笑みだ!)



獰猛で。


気味が悪くて。


どこまでも下衆な笑み。



(確かにこのメンツだと、私は小さいけれど、なぜ…私が対象なのよ!?)




そう思った次の瞬間。


今まで何もしていなかった灼熱大猿が、息を吸って、身体を大きく見せて、それから空気と地面が震えた。



ゴォォォォッ――!!




轟音が弾けた。


その瞬間、視界がチカチカと瞬き、光の粒が弾けて飛び散る。


何が起きたのか分からない。



殴られるような衝撃で、どんな攻撃なのか、判別できなかった。


身体の奥まで揺さぶられ、腹の底を突き上げるような振動が走る。


骨の内側まで震え、足が踏ん張ることを許さない。


――っ!!


凪の身体が跳ねた。


杖を握る指がほどける。


喉が、焼けた。


胸の奥に火を押し込まれたような熱が、一気に駆け巡る。


息が――吸えない。


耳が痛い。


頭が割れる。


視界が弾ける。


世界が揺れる。


足が、支えられない。


ぐらりと身体が傾いた。


膝が抜ける。


床が近づく。


思考より先に、身体が崩れ落ちていた。


どれくらいの時間が経ったのか分からない。


気づいたときには、顔が地面についている。


呼吸が止まっていたらしい。


喉の奥から込み上げてくる気持ち悪さと、肺を締めつけるような息苦しさで、ようやく自分の状態に気づく。


吸おうとしても、空気がうまく入ってこない。


胸が痙攣するように震え、肺が空気を求めてひくついた。


遅れて、耳の奥で音が暴れ始める。


世界そのものが、壊れたように鳴り続けていた。


(……今の……)


あれは。


声?


違う。


声じゃない。


魔力……?


わからない。


でも。


身体の中が、焼けている。


(火……?)


なんで。


なんで――


私の方に。


ぼやけた視界の向こうで。


灼熱大猿は。


まだ、にちゃりと笑っていた。



(なんで、私だけ?)


声にならない凪の疑問は、誰にも拾われることなく、疑問のまま散った。

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