77.分岐点
糟屋郡ダンジョン粕屋7号、新エリア一階層ボス部屋前。
目測で生きた魔物は完全に消えた。
魔導観測カメラと付属する計測器にも、魔物の反応はボス部屋のみである。
後は、ボスを討伐することでこの階層は調査完了となる。
現場の張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。
――調査でなく探索であるなら、ここで一区切り、ボス部屋に行く前の装備確認をするのが常だ。
今回ゴリラ先生の指示により、ルーキー達はボス部屋には入らないように指示されている。
通常の探索の場合、ボス討伐まで行うことを目標とすることが多く、そのため帰り方が違う。
ボス討伐を目標にする理由。
それは、ボス討伐後に現れる、次の階層の入り口、若しくは、ボス部屋奥に生成される簡易帰還通路があるからだ。
ダンジョンは基本この二つの道のどちらかを、使用して進むものである。
ダンジョンボスを踏破しない場合は、来た道を引き返すくらいである。
基本的に、それ以外の帰還手段は、存在しない。
少なくとも、表向きにはだが…。
実力者とは、普通の枠に囚われないもののことだと言い出したのはだれであろうか?
常識を破るための、魔道無線が鳴った。
朝人が、魔道無線で連絡をしようとした相手からだった。
『こちら、粕屋郡ダンジョン、粕屋7号。調査エリア前、安全地観測地点 探索者ゴリラより連絡。』
淡々とした声が、全員の耳に直接響く。
朝人が鳴らす前に鳴った魔道無線。あまりに良いタイミングで無線を鳴らした相手に、ベテラン探索者たちの表情が一斉に強張った。
『……お気付きいただいているようで、助かります。見てましたよ、全部。あまりの酷さに、探索省に提出するのも憚れる。』
ゴリラ先生の呆れた声に、威嚇するようにあぁ!?っと叫ぶ者もいたが、ゴリラ先生は構わず、話し始める。
『魔導観測カメラの映像をこのまま探索省に提出したら、一発アウト。処罰は免れないからね。初歩の初歩的で、説明するのも馬鹿馬鹿しいけど、常識的に考えて?どう考えても、コンプラ違反だから!セクハラにカスハラに暴言の嵐。』
『ギルドの規約違反の除名及び、探索者ライセンスの剥奪もあり得る。自覚ある?分かってる?』
ゴリラ先生の言葉に、静寂が落ちる。
自分の上司や、元恋人を騒ぎ過ぎという理由で叩き落とすゴリラから、あまりにまともで淡々とした台詞に、誰かが無意識に喉を鳴らす。
さっきまで交わされていた悪口や愚痴。
ゴリラや玄真、雷槍に対する苛立ち。
その全てが、霧散し自分たちの立場の悪さに滑車をかける。
「……チッ。」
「マジかよ!」
「俺たちは弱み握られたってことか……?」
ざわつくベテラン組をよそに、ゴリラ先生の声は変わらない。
『朝人。到着も全ての調査に対しても見てたから、説明はいらないわ。』
「かしこまりました。それよりお願いですから、こちらからより先に連絡するのやめていただいても?」
『あら、そのくらいで胃を抑えていては、大変よ。あと、個人で持っている魔道カメラ、精密規定以下のものも見受けられるわ。魔導観測カメラまで使えとは言いませんが、もう少しよくないと命取りになりますよ。』
淡々とした指摘に、何人かの探索者が顔を引きつらせた。
魔道カメラは、個人配信用の簡易装置だ。
魔力があれば誰でも使える。
一方で――
魔導観測カメラは別物だった。
魔水晶を用い、周囲の魔力量、属性傾向、地形歪度まで可視化する高精度観測装置。
そして何より。
実力者にもなれば、魔導観測カメラは逆探知が可能な代物でもある。これが命運を分ける時だってある。
単純に魔水晶、魔昌石、魔昌板などの割高素材が使われているわけじゃない。
精度が高いほど、位置は割れる。リスポーンできないエリアなどで死にかけた時、瀕死でも探してもらえれば生死は変わる。
それをちゃんと整備していないなんて正気?っと問われた上、考え方を変えると、今彼らがどこで、何をし、どんな顔で愚痴を吐いていたか――ゴリラ先生はすべて把握している状態だった。
『……侮辱の件は調査終了後で良いわ。それよりも、ルーキー達の帰還を優先したい。』
少し間を置いて、ゴリラ先生は続けた。
『だからクレインが、今から入口を繋ぐわ。』
次の瞬間。
ボス部屋前の空間が、ゆらりと歪んだ。
「……は?」
「繋ぐって……今、何て言った?」
空気が、水面のように波打つ。
透明だったはずの空間が、ゆっくりと“形”を持ち始める。
淡い光の魔導回路が円を描き、複雑な文様が幾重にも重なっていく。
――ゲート。
恒久型ではない。
一時的に強引に成立させた、魔導具による臨時接続。
しかも、入口とボス部屋前という、通常なら絶対に直接繋がらない座標同士を。
「……おいおい、冗談だろ。」
「御伽話とか、レアアイテムでの話じゃなかったのか?」
「魔導師って、ここまで、出来ないだろ…普通。」
「魔導具で、異空間を繋ぐなんて!」
魔道具と魔導具。
似ているようで、まったく違う。
魔道具は、魔力さえあれば誰でも使える。
仕組みは単純で、安全性も高い。
ーだが魔導具は違う。
使用者自身が魔法構築を理解していなければ扱えない。
魔法を組み込んで使う道具であり、使いこなせる人間は、極端に少ない。
だからこそ、今目の前で展開されている光景に、ベテランたちは言葉を失っていた。
『迷宮探索スクール THダンジョン塾の四年目生と特待生、ダンジョン塾 仲原校所属の帝亞列島と緩風の調べ《ゆるかぜのしらべ》、フリー含めてU24歳までのルーキーは全員そのままゲートを通過して、入り口へ。』
ゴリラ先生の指示にルーキー達はボス部屋前から撤退活動を始める。
そんな中、静かに手を上げるものが現れる。
「ダンジョンマスターゴリラ。僕たち、緩風の調べは好学のために自力でダンジョン脱出を行いたいと考えています。ボス部屋には入りません。このままゲートを使用せずに、来た道を戻っても良いでしょうか?」
緩風の調べのリーダー、城戸琥珀は物大路せずに、朝人の無線に向かって透き通るような声で言った。
『突風であろうと緩い風であろうと、風の前の塵は皆同じだろう?
――慢心するな、シュガービー。後悔しかせんぞ。』
「意外ですね、僕たちを止めますか?緩風の調べは、火属性に対して対策があります。ボス戦では火力が足りないと思いますが、遠征組も居残り組も日々成長しています。今の道を戻るくらいなら出来ると思います。」
『ダンジョンは、感情泣きものだ。お前の頑張った。成長しているなど、死ぬときには考慮されない。蹂躙されて終わるだけだ。許可できない。例外なく戻ってきなさい。』
「拙速は巧遅に勝る。孫子の兵法で、未熟であっても、慎重すぎて遅いことよりも良いって言うじゃん。タイガー、良いだろ?俺たち、帝亞列島も一緒に残るぜ、ゴリラ ダンジョンマスター様!これで火力問題はないだろう?」
帝亞列島の日暮陽が明るく笑い、琥珀の肩に後ろから手を伸ばし肩を組むと、朝人の持つ無線に軽く声をかける。
『はぁ…。私は止めたからな!お前達の好きにしなさい。私は知らん!』
ゴリラは苛立ったように話して、全体に聞こえるように魔道無線の音量を上げる。
『ここから先は、進む者と残る者で分かれる。』
ゲートの向こう側には、ゴリラと都留海が待つ旧二階層と新エリアの1階層の間。安全地帯の入口がはっきりと見えた。
『緩風の調べと帝亞列島は、ワープは使わず、新エリア一階層に残って、調査内容の検証を続行。』
『このゲートを閉じた後、ルーキーは帰還。私たちは深部調査の専攻部隊と合流する。』
『助けが簡単に、来ると思うなよ。緩風の調べに帝亞列島。我儘を通したのなら、一つだけこちらからも無理を通す。命令だ、リスポーンを頼るな!』
ゴリラ先生の指示に、琥珀達は笑った。
そんな、子供達とゴリラ先生が話している最中にわざと新宮剣は軽い口調で口を開いた。
そうすれば、子供達には聞こえないことを理解していたからだ。
「ベテランの皆さんとご一緒に調査と思ってたんすけど、これじゃあ、自分先輩方について行けないですね、すんません。」
「子供たちが無茶すると困ので、塾的には、子供達の安否が優先ですからね。そう思いますよね、大人の皆様?」
剣だけでなく勢門藍もフォローを入れるように話すと、視線も含めてベテラン組に同意を促す。
「あぁ!?そんな勝手なこと、許されるわけがねぇだろうが!?」
「あー、そうでもないんですよ。確かにゴリラ先生は独断で色々決めててよくないと思われますけど、あんなゴリラでもダンジョンマスターっすもんね。それに、あんなのと、サブマスの塾長様に喧嘩売ったうえに、不利な証拠ありますもんね。あんまり逆らわん方が身の為でいいっすよね!」
辛うじて、文句を言うが、剣は笑いながら軽い言葉で相手を黙らせる。軽い言葉であるはずなのにクリティカルヒットしたベテランの探索者は押し黙る。
「お、脅してんのか!?」
「んなことしてませんって!俺らだって、ゴリラの指示もありますけど、子供達は守らないと行けない仕事だからってだけっすよ!」
「ならいいだろうが!」
剣は吃りながら話しかけてくるベテラン探索者を鼻で笑いつつ続ける。
「いやいや、俺たちみたいな塾雇われは、安定と金のために組織に所属して探索者と二足草鞋っすよ?んで、その金の出所組織のトップと同僚の悪口言われて、口悪い奴と仕事すんのも面倒なんすわ。」
「それに、コレ、規定上問題ないっすよね?組織を優先するの有りな業界ですし、今回は大元ギルドより指示が入ってる仕事して文句言われる筋合いはないっすよー。」
「おい、新宮。お前は好き勝手言い過ぎだぞ。揉め事を起こすな!」
「へーい。藍先生厳しいなぁもう。でもまぁ、あれっす。俺らがいなくても、先輩方なら行けるっすよね?」
言い過ぎる剣に藍が止めに入ると剣は文句を止めるが、ベテランを挑発するように最後発言をした。
ベテランの何人かが一瞬だけ言葉に詰まったものの、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「これ以上関係悪化すると、調査にも響きますから、みなさん向かいましょう。確かにこの人数ですし、自信のある方が多いのも事実ですので、このまま別れて向かいましょうか。」
朝人はため息を吐くように言うと、前を向き、ボス部屋に入る。
ベテラン組が、その背に続く。藍と剣は子供達に一緒に向かったように見せつつ、影に潜む。
ボス部屋の門を越える者も、越えない者も空気の悪いさだけは、別れることなく進んでいった。




