76.見ているものは同じでも、視線の先は交わらない。
新エリア1階層入り口。
やや高い位置に設置された岩棚の上で、二人の女性が並んでいた。
ゴリラ先生と、都留海である。
彼女たちは、作戦通り一時間は待機しており、直接前線には出ていない。
代わりに、宙に浮かぶ複数の魔道観測カメラが、通路の各所を映し出している。
淡く青い光の魔法陣の上には、魔水晶と薄い魔石板が複数浮かぶ。
魔石板はパソコンのデュアルモニターの様にリアルタイムにの映像を映し、魔晶石は地形別にダンジョン内の様子を細かく数値や色を視覚的に見せている。
魔道カメラより物事を映す魔道観測カメラは、一昨日の事前調査で玄真が設置したもので有る。
「……うわ。」
都留海が、映像の一つを見て眉をひそめた。
「ゴリちゃん、これ。」
「うん?」
「なんか散らばり方、変じゃない?」
画面の中では、火液スライムが点在していた。スライム達は密集はしていないが、完全に無関係でもない。
互いの移動経路が、微妙に重ならない配置。確かに思考されている様な動きである。
「火液スライムって、そんなに頭が良くない魔物よね?」
「あー、あんまり知られてないか…。知性は低いけど生存本能強いよ、火液は。」
「そうなの?」
「火の魔力で活性化してるから、液体細胞で単調とはいえ思考力はあるよ。特にこんな時はね。でも、まぁ、それでもⅮランクのままだよ。たとえ群れたとしても、ね。」
「Ⅾランク?ってランク1よね?あんなに奇妙な動きしてても最弱ランク?…凄く、気持ち悪いんだけど。」
「探索者では数字なんだっけ?冒険者の癖でアルファベットランク言っちゃうな…気をつけよう。」
都留海は、統率のとれていて、群れのような火液スライムを気持ち悪がっており、都留海の違和感にゴリラ先生は鋭いなっと感じつつ、口を開く。
「にしても、クレインすごいね!よく見てるよ。プレイヤー…新人達が手こずってはいないのに、よく気づいたわね。流石ダンジョンマスター!」
「同じ称号持ってる上に、遥か実力が上。ソロ特攻型の精神構造どうなってんだろうって人に感心されても、うれしくないわよ!」
ゴリラ先生のからかいに気づいた都留海は、ゴリラ先生をキッっと睨み、嫌味ならいらないわ言い捨てる。
ゴリラ先生はそんな都留海に、口喧嘩では勝てる気しないからっと苦笑し、降参っと片手をひらひらと降ると話を続ける。
「まぁ、これがダンジョン進化時通常だし、統率力が上がってる程度だからね。ボス部屋以外、個々は強くないし、何なら弱いこともあるから覚えておく必要はあるけど、意識しすぎて動きを鈍くする必要はないよ。」
「え、進化?ダンジョン異変じゃなくて?」
「あー、ダンジョンってさ、内部の魔力と影響のある外部の魔力の増量とかで育つんだよ。冒険者省の機密文書でそんな文章見たから…。まぁ、あんまり広げないでね。」
「ゴリちゃん、何してんの…。」
「まぁ、若気の至りってやつだね!」
「よく生きてたわね、アンタ。」
ゴリラ先生は、誤魔化す様に魔道カメラに視線を向けて、前線を映す映像を見る。
学生たち、特にダンジョン塾仲原校の子供達は、慎重に距離を取りながら戦っている。
火液スライムの核を露出させ、核琴線を断ち、確実に処理する。
討伐後すぐ、荷物持ちが回収へ入る。流れる様に行われている。
確認動作が入るため、一見時間はかかっている様に見えるが、ぶれず崩れない。
「……若手は、ちゃんとしてるわね。」
「そりゃ、どこも言い聞かせてるからでしょうね。」
「中でも仲原校の子達は、ちゃんとしすぎよ。むしろ正確すぎて、可愛げないと思うくらいに。」
「機械的っていうなら、アンタんとこの特進も普通クラスの上級生も変わらないでしょ?」
「あの子たちは、出来ないと試験で落とされるからね。」
「あぁ、公開試験の様子見たけど、その辺厳しそうだよね。子供ながら、ある意味試練だなぁって思ったから覚えてるよ。」
「THの子達は、毎月のテストが受験みたいになるから大変だけど、仲原校は試験なしでここまででしょう?一体どういう教育すれば、テストなしで身につくのよ?」
「まぁ、この調査隊で、仲原高の教育課程の全貌が分かるんじゃない?」
「わぁ、悪い顔!」
都留海は視線を別の魔道カメラへ移す。
学生達の少し後方、ベテラン組が映っていた。
武器も抜かず、壁にもたれかかる者。
腕を組み、苛立ちを隠さない者。
確認作業を目視で済ませている者。
「あーぁ、もう端折ってるし、装備確認は見えるだけでも、三人くらいしてないわよ。」
都留海の言葉にゴリラ先生は、特に表情を変えなかった。
「慣れ。」「自信。」「プライド。」
「本当なんの意味もないのにね。無駄に矜持を持つ奴ほど疎かにして、死に戻る。馬鹿によくある特徴だよ。」
ゴリラ先生は無表情でベテラン組を見下ろす。
「おっさん連中は典型例すぎ。頭が沸いてるとしか思えないけど、何故かいるのよね、一定数。必ず…。」
ベテランを映す画面の一つで、無駄に斧が振り下ろされた。燻火蟻の甲殻が砕ける。
『ほらよ。終わり。』
音声も拾われている。
「ゴリちゃんの言った通り、バカね。」
「まさかすぎて、ベテランって言葉使って欲しくないかも。」
都留海とゴリラ先生が呆れてしまっているのも仕方がない。
燻火蟻の甲殻は素材として取り扱われるため、蟻系の魔物は首を切り落とすのが基本だからである。
間違っても甲殻を砕くなんて、探索者を長くしているものではあり得ない。例外としてなら、初心者が慌ててしまってだったり、大群に襲われて真っ直ぐ逃げる時ぐらいだろう。
また、ベテラン組には、火液スライムも核を壊すものもいた。こちらに関しても、火液スライムの核も素材になるため、核の琴線を狙って討伐するのが主流ではある。
しかし、スライム格は、時期によっては底値で千円いかないこともあるので、核を潰して討伐も問題はない。
しかし、 燻火蟻の甲殻は綺麗な状態であれば、大量発生したとしても5千円から値崩れはしないで取り扱われる。
燻火蟻のつるりとした赤い甲殻は軽く丈夫なため、魔道具の材料のほかに、加工してアクセサリーや小物入れなどの活用されているし、人気もそこそこだからだ。
「呆れてものも言えないわ。」
「百道に同じく。」
都留海とゴリラ先生が呟き合うと、すぐに画面越しの別方向から声が入った。
『終わりじゃないよ。』
ゴリラ先生が、ベテラン組のリーダーにした、奈田朝人である。
『スライムの核と、燻火蟻の殻は破損なしで回収して。』
ベテランの表情が歪むのが、画面越しでも分かった。
「……ナッティーはまともね。」
「でなければ、任せてないわよ。百道だってナッタンがいたからTHの子達任せたんでしょ?」
「そうね、ナッティーいなかったら雷帝とクロ、カイトがあんな状態だったし、調査やめて撤退してたわ。」
「バカ3人集も事前告知で色々知ってたはずなのに、視野狭窄になってたしね。まぁ、ナッタンがいるからいいよ。まぁ、ナッタンを信頼している人は私達くらいなのかもね。バカが噛みつき始めたよ。」
都留海がため息をつく。ゴリラ先生も同じような顔をしつつ、画面を注目する。
『素材屋かよ。』
『研究者がそう言うからね。』
『でも、言われなくとも、常識だろ?そんなことも分からないのか?』
その言葉に、空気が一瞬、硬直した。
ゴリラ先生はニヤリと笑い、都留海は眉を寄せる。
「ナッタンつよーい。」
「いやいや、挑発しすぎだって!ナッティ、言い過ぎだよ、大丈夫?」
「ナッタン、クロが私の兄だって知ってるし、私が見てるから怒ってくれてるんだよ。クロいないんだから問題ないのに。バカ真面目だね。」
「過保護は3人だけじゃないのかーい。我らがナッティーは、ゴリちゃんに甘かったね。」
都留海のジト目に、ゴリラ先生はやれやれとわざとらしく頭を振ると、都留海止めを合わせながら答えた。
「我が恩師が、1人だけ特別扱いするわけないでしょ。アンタにも、片江沙綾 《あのくず》にも甘いわよ。」
「沙綾がスカウトで行くって伝えた手前聞くのもアレだけど、まだ仲悪いの?」
「この間のスカウトの時に、兄さんに嫌味言いまくった。片江沙綾 《あのくず》嫌い。」
「ほんっとどうしようもないわね、アンタ達。」
「うるさい。」
ゴリラ先生と百道の軽口の言い合いの最中でも、ベテラン冒険者と朝人の言い合いはたまらない。
『現場の好きにさせろよ。そっちの方が効率いいだろ!』
『好き勝手しているから、素材を無駄にしている。子供でもできることを何故大人ができないんだ?』
『子供たちはちまちまやってるからだろ!現場に出たらそんなちまちまできるかよ。』
『気をつけていればできる。当たり前にやっているもののほうが多いぞ。』
『うるせぇ!揚げ足ばかり取りやがって!』
『ゴリラだって、クロや雷帝だって、若造だろ!』
『あいつらは子供の差分に、魔力上して強くなってんだ!強いからって権限ばっかり持ちやがって!』
『俺たちがやり難いったらありゃしねぇ!』
『揚げ足とってばっかじゃ、進まなねぇだろ!とっとと行くぞ、クソリーダー擬きが!』
都留海が喚く男達を見て、肩をすくめた。
「嫉妬」「恐れ」「不満。」
「全部あるんだろうけど、なんとなく感じているんだろうね。もう、自分たちが、もう前線の中心じゃないって事実を。」
ゴリラ先生は呆れつつ、話す。都留海も否定しなかった。
「兄さんは細かいし、指示も多い。だけど少し無理を、あと一歩頑張ればって程度のことしか言ってこなかった。兄さんの忠告をおっさん連中が、無視して放置したから今になって苦労する。自業自得。」
「いや、クロもキツイ言い方してたからってのもあると思うけど…まぁ、ゴリちゃんの言う通りでもあるからアレだけど。」
色々御託を並べるベテラン達がリスポーンをすればっと言い訳に入ると、画面の朝人が立ち止まり、振り返る。
『ダンジョンは死なないわけじゃないよ。』
『戻れない状況になることも、死ぬこともある。』
都留海は、その場面をじっと無言で見つめた。
「ナッタンは、ここぞって時にちゃんと言う。やっぱり元高校教師なだけあるね。」
「分かる。正直、ナッティーに憧れて講師も良いなぁって思ったから、私はここにいるんだもん。」
「百道は昔からそう言ってたね。」
「ゴリちゃんのが憧れても良かったんじゃない?小学生の時も、教育実習期間のナッティーにお世話になったんでしょ?」
「だから信頼してるんだっての。」
都留海とゴリラ先生の耳は、自然と宥める朝人の声をひろう。
ルーキーに全線させるのは、やらせるのは違うだろっとゴリラ先生の作戦にもケチを付け出した探索者に、朝人の返答を切り替えす。
『逆だよ。ルーキーにやらせることで、貴方達が見るんだ。貴方達が忘れてしまっている、基礎を。』
『誰が、ルーキー達の訓練だと言った?貴方達の再教育がメインだと思ったほうがいい。あまりひどいと、探索省から探索者の脱退勧告を出されるぞ!』
都留海が、ゆっくり息を吐いた。
「……刺さるわね。」
「効果凄いわね。私達や兄達でもこうは行かないかも。」
実際、画面の向こうで、装備を確認し直す手が増えていた。冷熱緩衝。湿度調整。防火縫製。
忘れていたものに予備を貸し切るものや武器の確認を行うもの。
話し合い、動きが、戻っていく者もいる。
「ねえ、ゴリちゃん。」
「なぁに?」
「ダンジョン進化って特徴あったりする?逆の属性変化したりとか?エリア拡張とか?」
「正解。名古屋の文献見た?」
ゴリラ先生は端末を操作し、研究資料を表示すると、端末を都留海に投げ渡す。
「……あ!名古屋のやつ、見落としてた。」
都留海は罰が悪そうに、読み込む。ゴリラ先生は、苦笑いしつつ、見落としやすいから気をつけてねだと言いつつ、付け加える。
「鏡合わせダンジョン。特徴は、属性が反発属性と既存ダンジョンと、新エリアが反転配置。」
「……なっていそうだけど、エリアは配置反転はしてないわね。」
「いや、なってると思う。」
都留海の考えに、ゴリラ先生は反対意見を即答した。
「旧ダンジョン地下十四階層の地形と、いま、彼らが調査している新エリア一階層が、反対地形になってるから。」
都留海はゴリラ先生の話を聞いて、動きが止まった。
「……なんで知ってるの?粕屋7号の地形なんて。」
「潜ったのよ。福岡の中小、全部この半年で踏破してるから。」
一拍。
都留海の顔が、完全に引き攣る。そして、この粕屋郡ダンジョン7号の旧エリアの素材の殆どが、ありふれていて、高くついても一つ五百円程度なのを思い出す。
「……普通、それやらないから!全部って、旨みないダンジョンも含めてよね?」
「うん。」
「そうよね、ここを踏破するぐらいだもん。流石ソロダンジョンマスター。」
「いや、元最―、」
言いかけた瞬間。先程までの和やかな雰囲気から一変、ゴリラ先生がさっきだって、都留海を静かに睨んだ。
「そんな称号、邪魔なだけ。私のように、中途半端な実力では、驕るに足らず。」
短く、はっきりと。しかし、それは都留海に起こると言うより、自分に対して言い聞かせるようでもある。
都留海は肩をすくめる。
「はいはい。ごめんね。…でもね、ゴリちゃん。」
都留海は、ゴリラ先生越しに再び魔道カメラの映像を見る。
「私は、貴女がその称号をまた名乗るのを待っている。」
「だって、私の親友は、誰よりも強くて、優しい人だから!」




