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75. 我慢の綻び



大弥は、周囲の様子を観察していると、上手くサボっている琥珀と目が合う。


琥珀は己の口に人差し指で静かにのジェスチャーをする。



(琥珀の兄ちゃんは楽しそうやね。)


(この人、昔っから暗躍するの得意すぎなんちゃ。)


大弥は目のあった琥珀の様子を見つつ心の中で苦笑する。



(色々行き詰まってそうちゃけど、楽しそうに見て回って…。)


(まるで、おもちゃを見てまわる子供みたいちゃ。)


大弥は身内にしかわからなが、静かにノリノリな琥珀を見て考える。



(まぁ、弓使いはどうしてもあるちゃ。)


(周りの話や行動でどげん思考なのかを観察する癖。)


大弥うんうんと、心の中で頷く。



(真珠くらいちゃないかな?こうゆう癖ないの…。)


(真珠も自分の兄ちゃんが、先回りして問題事を潰しちょうなんて思わんやろな。)


(まぁ、そのおかげで、真珠はこういう擦れた癖ないっちゃんね。)


琥珀と真珠のことを考えつつ、大弥は静かに荷物を運ぷ。



大弥も琥珀に負けず劣らず静かに周りに聞き耳を立てている時、大弥は、別のものを拾った。


ーーそう、声だ。



「……あの女、調子乗りすぎだろ。」


「雷帝が味方だからってよ。」


「あの、マッドサイエンティストまで落とすとか!正気じゃねえ。」


「しかも、自分の上司なんだろ?サディスト野郎はよ。」


大弥は、カッと頭が熱くなるのが分かった。

誰のことを言っているがすぐに理解できたからだ。



己の愛する人の悪口である。


今口を開いた奴を睨みつけて、胸ぐら掴んで、殴りつけて、怒鳴りたい気持ちなる。


ふと、琥珀の先ほどの静かにのジェスチャーが頭に浮かぶ。



(琥珀は分かっとったちゃんね。そろそろ不満が漏れるっち。)


(だから怒らずに、静かに聞けっち言っちゃるとか。ほんっと、お節介で厄介なこと言いよる。)


年上の幼馴染みで、己の兄貴分のように振る舞う琥珀は、自分の本物の兄貴とは言うことが違う。そう大弥は改めて思う。



大我も暴走する自分を止めてくれるが、大我は大弥がことを起こしてからで、琥珀は未然に忠告して止めてくれる。


そして、琥珀はベテラン組がゴリラの悪口を言い、大弥が暴れることを見越して、暴れるなよ!っと先制していたのだ。


大弥は、琥珀の考えを読むために己の思考を回す。沸騰しそうな頭をなんとか琥珀の意図することに繋げて押さえつける。


誰にも迷惑をかけてはならない。自分に暗示をかける様に、表立って言わないよう、唇を噛みしめる。手が出てしまわない様、ぎゅっと武器を握りしめて押さえつける。


我慢するから、余計に胸に刺さるが、自分は正式な調査隊のメンバーに選ばれたわけではない。


ゴリラ先生と特別な中ではない。だからこそ、今ここで問題を起こせない。大弥は必死に自分に言い聞かせて、何事もないように調査隊の荷物持ちを続ける。



(ここで問題をおこせば、必ずりらちゃんに問題が起こる!たえろ。耐えろ。)


ギリリッと歯が欠けそうなほど食いしばる。


耳に入った言葉を、心の奥に溜めていく。



(……リラちゃんも、塾長も、あんなこと言われて良い人じゃない。)


聞こえてくる声に、心の声に音が乗らない様にする。今の俺はスタートラインにも立てていないと言い聞かせる。そして、今自分にできることをするためにと大弥は心を殺して耳と目だけをまるで自分の一部ではないかのように、動かす。



見て聞く。誰が誰に対して不満を言うか。誰が顔を歪めるか。誰が若手を見下ろすか。誰が、だれが、ダレガ、、、。



(……覚えておこう。)


 いつか、同じ場所に立つ、そのときまで。






先導するのは、青の海チームのリーダー、ナッタこと、奈田朝人だった。


彼は、淡々と前を歩き、時折、手元の計測器を確認している。



「なあ、ナッタさんよ。こんなとこ、さっさと流して三階行きゃいいだろ。新しい道とは言え、小規模ダンジョンの2階層だぞ。」


誰かが軽口を不満気に叩いた。



「今日は、いつもの粕屋じゃないし、小規模じゃなくなる可能性があるからね。」


だから、今日は基礎からやるよっと朝人は、振り返りもせずに言った。


声が優しいが、厳しい言葉が、ベテラン組には余計に刺さる。



「基礎だぁ?餓鬼のおままごとだろ?講釈垂れてんじゃねぇ!」


どいつもこいつも、素直にゴリラの言うこと聞きやがってと男は憎々し気に言い放った。


苛立ちを隠せない男は、朝人を睨みつけ声を荒らげる。



「説教じゃないよ。ちゃんとした確認だよ。」


朝人は声を荒らげる男に怒鳴られても、乱れはしない。ただ、朝人は少し悲しい気持ちになる方が先だった。



この男は、朝人の同期でもある。


彼は何年も冒険者をしているが、元々気性や態度が雑な人間で、探索者としてあまり実力を発揮できず、常に燻っている様だった。


朝人は男を慰めることもあったし、一緒に探索することも有りその頃は男もここまで酷くはなかった。


それで終われば良い話だが、半年ちょっと前にある女が現れた。





ーーゴリラである。


彼女は年齢制限が取れて1週間も掛からずに、福岡発の単独ダンジョンマスターになった。


同期の男は、みんな同じようにうだつが上がらないものだと思っていた様だった。


みんな同じ様に探索がイマイチのまま、このまま天才なんて現れない。そう、考えていたであろう。


朝人には分からないが、この男には耐え難いことだこの上なかったのだ。


朝人が気付いた時には、男は常に荒々しく暴走気味で、同じように鬱憤を抱える者達と集まり、いつの間にか派閥の様に探索をして、他人の邪魔をする様な男に成り果ててしまった。


ゴリラが現れて半年経ったほどなのに、だ。


だからこそ、この男の前では、朝人は引くことができない。友人と思っているからこそ、堂々とした態度をする。


ベテランと呼ばれるおっさん集団は、そんな朝人の様子に、舌打ちをして何も言わずまた、態度悪くダンジョンに背もたれる。



だが、朝人が友人だと思う、男だけは止まらなかった。



「良い女に見えねぇが、男を拐かす女がいると、仕事しづらくて仕方ねぇ。どんなことをしたんだろうなぁ、あのゴリラ女。」


下世話な笑い声や、同意するように鼻で笑う声が飛び交い、朝人はやめないか!っと言うが、男達はせせら笑い話を続けた。



「ソロだかなんだか知らねえけどよ。」


「こっちは何年も潜ってんだぞ。」


男は怒り狂った様に叫ぶ。その様子に同調するものもいれば引くものもいる。


誰も止められない。


そう思うほどに現場は荒れていた。



「潜ってるだけじゃ、実力も、称号は増えるものではありませんけどね。」


朝人が大きな声で、怒鳴り返す前に、底冷えするほどの冷淡な声で淡々と差し込む声。




 一瞬、空気が止まる。



「……今、何つった。」


男がその声の人物を睨みつける。


勢門藍。ダンジョン塾仲原校の講師で、緩風の調べの担当講師である。



「当方の、代表と同僚のありもしない下世話な話が出たもので、本当のことを少々。」


「後、お忘れの様なので申し上げますが、これは調査という仕事です。リアルタイムで探索省に調査動画は見ていただいております。録画も同時に。分かりますよね?こちらから侮辱罪で訴訟を起こすことも出来ます。」


「あと、この場には研修として未成年の方もいらっしゃいます。教育によろしくない。大概にしませんと、貴方の探索者資格剥奪も踏まえて講義を行う準備もできますが?」


彼女は探索者省の元役人だということは有名で、現在は彼らがマッドサイエンティストと称する玄真の右腕と言われる人でもある。



誰も、彼女の正確な指摘に推しだまる。



「無駄な雑談はよろしい。集中して、奥から魔物にしっかり対処してください。」


彼女の言葉に、通路の奥ずるりと動く音が聞こえる。


視界の端に、魔物の影が揺れた。


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