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73.自己責任さえとれば、割と自由に生きていける

三人の姿が、深淵の闇へと消えた。


 ――雷帝。

 ――塾長。

 ――香椎防具店の切り札。


 福岡の探索者界隈で名を知らぬ者はいない三人が、揃って足元から消失した直後だった。


 粕屋ダンジョン七号の入口は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。


 誰もが、穴を見下ろしたまま動けずにいる。


 怒号も悲鳴もない。


 あるのは、理解が追いつかないとき特有の沈黙だけだった。


「……え?」


 どこかで、かすれた声が落ちた。



「ちょっと待て。」


「今、何が起きた?」


「雷帝が……落ちた?」


「いや、落ちたというより……。」


 ざわめきが、遅れて広がり始める。


 だが、その騒めきはすぐに萎んだ。


 理由は、誰もが理解していた。


 あの三人を、後ろから迷いなく蹴り落とした人物が、今もこの場に立っているという事実。


 


 ゴリラ先生は、穴からゆっくりと視線を外した。


 混乱した探索者たちの顔を、一人ずつ見渡す。


 誰一人として、目を合わせようとしない。


 怒りよりも先に、理解が追いついていない表情ばかりだった。



(……まあ、そうなるわよね。)


 内心でそう思いながら、ため息は吐かなかった。


 必要だったから、落とした。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 ゴリラ先生は、一歩前に出た。



「――全員、聞きなさい。」


 声は大きくなかった。


 だが、不思議なほどはっきりと、全員の耳に届いた。


 ざわついていた空気が、ぴたりと止まる。


 無意識のうちに、全員の意識が彼女へと向けられた。



「調査隊隊長は現在、地下への先行調査中です。」


 淡々とした言葉に、何人かが喉を鳴らした。


 落としたとは言わない。


 先行調査。


 その言葉選びひとつで、場を制していた。



「副指揮にあたる玄真塾長。探索者クロも同行しています。」


 一拍置いてから、続ける。



「よって、緊急事態につき。」


 さらに一拍。



「指揮権は一時的に、私が引き継ぎます。」


 空気が、わずかに揺れた。


 反発と戸惑いが混じる視線。


 だが、それはすぐに消える。



「ソロのダンジョンマスター様の判断に、異論はありません。」


 都留海の声が、はっきりと響いた。


 その一言で、場の温度が変わった。


 ダンジョンマスター。


 それは単なる肩書きではない。


 一定以上の難度を誇るダンジョンを、定められた条件下で踏破した者のみが名乗れる称号。


 福岡には大迷宮は存在しない。


 それでも、


 中級迷宮――博多、小倉。

 中位迷宮――天神。


 その条件を越えた者だけが、その名を背負う。


 さらに単独踏破。


 それは才能ではなく、生存確率を無視した異常性の証明だった。


 ゴリラ先生は、その称号を、ただ一人で保持している。



「異論はありますか?」


 問いは静かだった。


 だが、誰も口を開かなかった。


 


「では、続けます。」


 ゴリラ先生は感情を挟まず告げた。



「現在確認されているのは、現在糟屋郡ダンジョン7号の旧エリア二階層から、新エリアにおける魔物分布の偏りです。」


 空中に地図端末が展開される。


 赤い反応が、特定区域に集中していた。



「元より、粕屋郡ダンジョン七号は、水属性魔物が多い混合ダンジョンです。」


「ですが、新エリアは火属性魔物の出現比率が、通常値を明らかに超えています。」


 ざわりと、空気が揺れる。



「ただし。」


 即座に続けた。



「現段階では、異変と断定できません。」


 探索者たちは息を詰める。



「拡張に伴う魔物の一時的移動の可能性もあります。」


「水属性が強いエリアから、火属性魔物が押し出されているだけかもしれません。」


 冷静な分析だった。



「だからこそ、調査は続行します。」


 視線が鋭くなる。



「ただし、全員で行う必要はありません。」


 はっきりと告げる。



「作戦を変更します。」


 


「学生およびルーキーは、現二階層つまり、新エリア最初のボス部屋前までです。」


「掃討完了後、即時地上へ撤収してください。」


 当初予定が三階層だったことを知る者たちが、息を呑む。



「異常が絡むダンジョンでは、常識が通用しません。」


「リスポーンエリアが正常でも、新エリアでは範囲外の可能性があります。」


「経験の浅い者ほど、異常に対応できず命を落とします。」


 冷たい言葉だった。



 だが、現場を知る者ほど正論だと理解していた。



「ベテラン組は温存します。」


「新エリアの初めの階層ボス撃破後、青の海チームリーダー・ナッタの判断でルーキーを帰還させてください。」


 一拍置いて。



「――なお。」


 声が、わずかに低くなる。



「撤収指示を無視した場合。」


 視線が、仲原校関係者の一角をかすめた。視線が、仲原校関係者のいる一角をかすめた。


 帝亞列島。

 緩風の調べ。


 命令より納得で動く子供たち。



「その判断と結果については、自己責任とする」


 止める言葉ではない。


 試すための線引きだった。



(……聞かないって、分かってるもの)


 ゴリラ先生は内心で思う。


 だからこそ、敢えて言った。


 止める言葉ではない。


 試すための線引きだった。


 


「以上です。」


 短く告げる。



「質問は受け付けません。」


 踵を返した、そのとき。


 腰元の魔導式無線が、短く震えた。


 ゴリラ先生は足を止め、指で起動する。



「……生きてる?」


 一拍。



「……生きてる〜?」


 言い直した。


ゴリラ先生はニヤリと笑顔を探索者たちに見せ、あまりにも軽い声で言う。


 無線の向こうで、間があった。



『生きてるけど、姉さんひどいよ!』


 聞き慣れた声。



「で、どう?」


『ええ?速攻、本題なの!?』


「で、どう?」


『抗議があ――』


「で、どう?」


 三度目で、逃げ道はなくなった。



『……了解です。報告します。』


 声色が切り替わる。


『落下距離から推定して、八階層分ほどです。』


「ありがとう。八階層。深いわね。」


『それと。』


 一瞬の間。



『火属性魔物ばかりいます。』


 周囲の探索者が、息を呑んだ。



「八階層全部なの?」


『多分。このフロア、溶岩みたいになっています。』


 確定情報が揃った。



「みんなの服や装備は?」


『こちらのマスター、サブマスターは準ずる装備確認。防火・冷熱緩衝構造あり。』


『調査隊全体にも事前通達してたから、装備面は問題なし。後チームリーダーとして、青の海チームのナッタさんにするのいいと思う。俺たちと同じ装備だったはずだから、問題ないと思う。』



「ナッタに後継するところは、ちゃんと聞いていたのね。」


『そこだけです。』


「そうね。最初から真面目に、人の話を聞きなさいよね。」


 わずかに空気が緩む。



「3人は、火属性への対抗手段はあったかしら?」


『……ありません。』


『だから、姉さん。早く来てほしいです!』


 ゴリラ先生は、小さく笑った。



「先行させた負目もあるので、行きますけど。」


 一拍。



「もう少し、反省してください。」


『え? 姉さ―!』


 通信を切る。


 


 ゴリラ先生は、穴を見下ろした。


(火属性異変、確定。)


(調査レベル、引き上げ。)


 迷いは消えた。


 


「調査隊、聞こえましたね。」


 今度は、明確に全体へ向ける。



「先行部隊の話で、違反確定。指示はそのまま続行。」


「あなたたちは出発後、一時間で新エリア1階層ボス部屋前へ到達してください。」


「到達後、都留海の術式でルーキーを即帰還させます。」


「間に合わなければ、自力帰還です。」


 一拍。



「全隊、進行開始です。」


 その一声で。


 調査は、正式に始動した。


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