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72.面倒なことは全て投げ捨てるタイプ



雷槍の手の感覚が、まだ肩や腰に残っている。


ついさっきまで、粕屋ダンジョン七号の入口で、あれほど近くに立たれていたせいだ。


普通なら、手や肩に触れられれば嫌悪感が込み上げてくるのだろう。


だが相手が雷槍だと、不思議とそうならない。



自分でも驚くほど自然に受け入れていることに、ゴリラ先生は内心で苦笑した。


この心配性は、会うたびに同じ行動をする。


身体の調子を確かめるように触れて、無事を確認して、ようやく安心する。


今回は特に、まともに時間が取れなかった。


だからなのか、いつもより距離が近かった。


牽制も、確認も、全部まとめて。


それでも――




(……だとしても、触りすぎ。)


あれ以来、雷槍は私を守ることを使命のように感じている。そういう性格だ。


守っているつもりなのも分かるし、そこに恋情が一切ないことも知っている。


何よりこの行動が、雷槍自身の不安を払拭するためのものだと分かっているからこそ、本気で止める気にもなれない。



(まぁ、このイケメンが他の女の人にやる分には、絵面としてはいいんでしょうけど。)


(当事者になると、正直ちょっと面倒なのよね。)


この場にいる者の中で、それを理解しているのは私だけだ。



雷槍の隣に立つのは、勝気な笑顔が似合う小麦色の女性だ。


そういう相手のほうが、あいつにはよく似合う。



そんなことを知らない実の兄は、今日も今日とて見事にシスコンを発動させていた。


玄真の魔力が、肌に張り付くように広がる。


抑えるという選択肢は、最初からないらしい。


不機嫌さを隠しもしない冷気が地面を這い、雷槍への威嚇として周囲へ滲み出す。


探索者たちは即座に察し、巻き込まれてなるものかと自然と距離を取った。


その様子を見て、雷槍の悪戯心に火がついたのが分かる。


玄真の反応を楽しむように、わざと距離を保ちながら挑発を続ける。


結果として。



人溜まりの奥から、香椎海翔まで引っ張り出してしまった。


――ああ、これは面倒な流れだ。


この前のスポンサーの件では、うまく誤魔化せていた。


昔馴染みだと気づかれず、内心しめしめと思っていたのに。


この様子を見る限り、どうやら誰かに入れ知恵されたらしい。



(……狸の爺さんだろうな。)


脳裏に浮かぶのは、からからと笑う香椎源八の顔。


ワシを騙せると思うなよ、小娘――。


そんな声が聞こえてきそうで、余計に腹が立つ。



結果として。


ゴリラ先生を中心に、三竦みが完成してしまった。



(……そして、目立ちすぎ。)


ここは現場だ。



私情を持つのは勝手だが、持ち込む場所じゃない。


ましてや、集団での大規模調査隊行動中である。


それが分かっていないのが、よりにもよってこの場の実力者たちだという事実が、一番嘆かわしい。


ゴリラ先生は、三人から視線を外した。



(……はいはい。面倒くさいなぁ、もう。)


「私、用事あるから。」


誰の返事も待たず、踵を返す。



向かう先は、喧騒から一歩外れた場所。


そこにいたのは、周囲の騒ぎをまるで他人事のように眺めている女性だった。


百道都留海。


数少ない、私の正体を知る友人。



「百道。」


低い声で呼ぶ。



「騒動の中心人物が来ちゃった。」


都留海は一瞬ぎょっとした顔をし、すぐに苦笑する。



「アンタ、魔李の魔力暴走の件。」


開口一番、苦情だった。



「正確な状況を塾に連絡しなさいって、メールで言ってたでしょう。」


「なんとなく嫌な予感がして確認したから被害が出ずに済んだものの、私がうっかりしてたら大事故だったわよ。」


「ごめんごめん。」


都留海は一瞬だけ目を瞬かせてから、いつもの軽い調子で手を振った。



「悪気はなかったのよ。」


続けて、悪びれもなく笑う。



「でも、リラならあの程度、簡単に捌けるでしょ?」


さらに続く。



「それに、あの子たちの才能を潰さないためには、

 THを追い出して君に託すのが一番だと思ったんだもの。」


「……やっぱり正解だったみたいね!」


都留海は、多少なりとも事情を知っている数少ない一人だ。


仲が深い分、判断が雑になる。


それが彼女の悪い癖でもある。



「あんたの『君ならできる』は、こっちからしたら、ただの丸投げなのよ……。」


ゴリラ先生は、額を押さえた。



「百道。ちゃんと自覚、持ちなさい。」


「まあまあ。」


都留海は肩をすくめる。



「それよりさ。」


顎で、さきほどの三つ巴を示した。


「あっちの三塔、まだ言い争ってるけど大丈夫?

 放っておくと、そのうち本気でやり合うでしょ。」


「……塾長、もう魔法使ってるし。」


問題ごとを引き寄せるの好きなぁっと他人事の様に、都留海はカラカラ笑う。



「引き寄せてらわけじゃない、勝手に寄ってきてるの。」


そんな雑談を交わした、その時だった。



足元を走る、わずかな歪み。


魔力の流れが、明らかにおかしい。


ゴリラ先生は即座に視線を落とし脆くそうな地面を軽く足で突くと、ボカリと音を立てて穴が開く。


(……この魔力は異常。この脆さも、調査案件ね。)



しかも、魔力も穴も浅くなく、どちらかというと小規模ダンジョンにしては深めである。


都留海も気づき、覗き込んだ。



「これ、下手に突撃したら、事故るやつじゃない?」


「ええ。実力者じゃないと危険。」


その瞬間、頭の中で判断が固まった。



(……態々殴って止めるより。)


(頭を冷やしてもらう方が、早い。)


ゴリラ先生は踵を返した。



雷槍、玄真、海翔。


まだ空気を張り合っている三人の背後へ、音もなく立つ。


言葉はない。


ただ位置を取る。


視線を横へ流す。



その先。


大我に抑えられ、真珠に説得され、陽にも掴まれている朝日大弥が、それでも身を乗り出しかけていた。


ゴリラ先生は、ほんの一瞬だけ大弥と視線を合わせる。


言葉はない。

表情も変えない。


ただ、その目が告げていた。


――いい加減にしないと、次はお前。


大弥の身体が、ゴリラ先生の殺気に気付き、ぴたりと止まる。



その直後だった。




雷槍の背中に、強烈な衝撃。



「ちょ、姉さん!?」


返事をする暇もなく、雷槍の身体は深淵へ消えた。




「次、あんた。」


驚く玄真にも容赦はない。

背中へ蹴りを叩き込む。




「リラ――!?」


続けて、海翔の背後へ回り込む。




「同罪。」


三人の姿が、次々と穴へ落ちていった。


周囲が凍りつく。


日本の英雄。

塾長。

福岡屈指の探索者。


それらを、後ろから無言で蹴り落としたのだ。


誰も、声を出せない。



(……まあ、驚くわよね。)


(でも、問題ない。)


背後で、息を詰める気配。



「――俺も……」


大弥が声を上げかける。



「ダメっ!」


真珠が勢いよく抱きつき、必死に首を振る。


――大弥では、死ぬから。


大我と陽が遅れて掴み、無言で肩を押さえる。



大弥は抵抗しかけたが、先ほどの視線と殺気と今の光景が脳裏に焼き付いて、動けなくなった。


ゴリラ先生は、それを一瞥する。



(……分かったなら、それでいい。)


興味を失ったように視線を切り、都留海の方へ戻った。



「……やりすぎじゃない?」


半笑いで言われる。



「効率重視。」


「ほんと、ブレないわね。」


「仕事優先だからね、普通に。」


淡々と答える。



面倒なことは、後回し。


それに、問題ごとは、できるだけぶん投げた方が気持ちがいい。


今は、それでいい。



――そして。



そんなカオスの中心から少し離れた場所で、琥珀は壁に背を預け、周囲の探索者に紛れて悠々とプロテインバーを齧っていた。


(……いやあ。やるなあ、先生。)


英雄も、塾長も、香椎防具店の切り札も、まとめて落とされた。


怒鳴りも説教もない。

ただ必要だから落とした。


それだけ。


琥珀は、口の中でプロテインバーを転がしながら静かに笑う。


(これは…楽しい調査になりそうだなぁ。)


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