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69. 番長を倒した男



東中学校の昼休みの校舎は、いつもより少し騒がしかった。


「なあ、粕屋ダンジョン7号、調査隊出るってマジ?」


「新しい分岐が見つかったらしいぞ。地下二階層からだって!」


「学生も入るらしい。浅い階層だから訓練込みらしいよ。」


そんな話題が、廊下や教室のあちこちで飛び交っている。



この学校では、ダンジョンの授業も課外実習も珍しくない。


だが、それだけで探索者になれるわけではないことを、皆が知っている。


本気でダンジョンに関わるなら、塾や道場、専門の教育機関が必要だ。


一昔前のサッカー選手のような話で、サッカー部に入っているだけではプロになれず、サッカークラブやユースで経験を積むようなものだと、よく例えに出される。


だからこそここまで話が盛り上がるのかもしれない。


「調査隊って、エリートだよな。」


「中学生で参加できるだけで、普通にすごい。」


その中心にいるのが、朝日大弥だった。


廊下の壁に背を預け、腕を組んだまま、数人のクラスメイトに囲まれている。



「アサヒ先輩、7号行くんすよね?」


「補給部隊でも参加できるってヤバくないですか?」



向けられる視線は、期待と羨望が入り混じったものだ。


だが、大弥は大して表情を変えなかった。


「別に。中学生でも、普通参加しとる奴おるちゃけん、対してすごくもないやろ。」


素っ気ない返事。浮かれる様子も、誇らしげな態度もない。


それでも周囲は勝手に盛り上がる。


調査隊。荷物持ち。どんな立場であれ、“選ばれた側”であることに変わりはない。



――その様子を、少し離れた場所から見ていたのが槍真だった。




(先輩も、大変だな。)


それが、率直な感想だった。


学校では飄々としていて、落ち着いていて、無駄に騒がない番長。


塾で見る、あの必死さとは、あまりにも印象が違う。



槍真は、その輪に入る気はなかった。



バナナ組として動画で知られるようになってからも、

注目されること自体が、どこか居心地悪い。


関わらずに、通り過ぎよう。


そう思って、廊下の端を歩き出した。



その途中。



「なあ、あいつさ。」


背後から、ひそひそとした声が聞こえてきた。



「ほら、動画でバズった槍使い。」


足は止めなかった。

だが、声は確実に耳に入る。



「最近ちょっと有名だからって、調子乗ってね?」


「元からただの変人なのにさ。」


小さな笑い声。



「てか、真面目すぎて浮いてるタイプだろ。」


「ノリ悪いし、話つまらんのに長いし、会話続かんやつ。」


胸の奥で、何かが静かに沈む。




(……ああ。)


これだ。



堅物。

変人。

調子に乗ってる。


動画で知られるようになっても、

評価は“ズレたやつ”のままだ。



(別に、いいけど。俺には…。)


そう思おうとして。



「昼休みも一人だし。」


「探索者気取りって感じで、ちょっと痛くね?」


槍真は、視線を落とした。



反論する気はない。


何も反応するつもりはない。


弁解する意味もない。


そっとしておいて欲しいものだが…。



いつも通りだ。



だから――。


関わらずに、通り過ぎる。


そう決めて、歩き出した。


その背中に、声が飛んだ。




「おい、ソウマ。」


低く、よく通る声。


槍真は、内心で小さく舌打ちしながら足を止めた。




(げぇ、見つかった……。)


振り返ると、やはり朝日大弥だった。


いつの間にか、周囲の生徒たちの視線も一斉にこちらへ向いている。


塾を変えて、大弥と同じ塾に通っていることは、割と知られている槍真だ。


みんなからの注目を浴びる理由も、皆好奇心旺盛なのだろう。



「何ですか、ダイヤ先輩?」


出来るだけ平静を装って、心の中では渋々だが、返事を返した。


鋭い大弥には、心は読まれているだろうに、大弥は特気にした様子もなく、顎で周囲を示した。



「お前ら、知っとるか?」


その一言で、ざわりと空気が揺れる。



「こいつな――。」


大弥は、ぐっと親指で槍真を指した。



「俺を倒した男っちゃん。」


一瞬。


時間が、止まったような感覚。



「……は?」


思わず、槍真の口から間の抜けた声が漏れた。


「え?」


「倒したって……アサヒ先輩を?」


「何それ……。」


ざわめきが走る。



その中で。


大弥は、声を荒げなかった。

ただ、ゆっくりと視線を巡らせる。


そして、静かに言った。



「そんな奴に。」


一拍。



「そんな実力者に、お前らが、何か言えるんか?」


低い声。

感情は乗せていない。



それなのに。


空気が、冷えた。


誰も言い返さない。

視線が、自然と逸れていく。


大弥は、槍真にだけ向き直る。



「塾の模擬戦すごかったちゃん、コイツ。」


「コイツの槍捌き、俺の盾が間に合わんやった。」


軽い調子に戻しながらも、視線は鋭い。




「こいつの槍が、盾ごと――ズドン、や。」


胸の前で、貫く仕草。


「正直、こんな凄い槍使いが、同世代におるとは思わんやったよ。」


その一言で、空気が変わった。


周りがざわざわしているが、槍真は唖然と言い返せず、じゃあなっと槍真の肩に手を置く大弥を見ることしかできなかった。


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