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67.隠し事が多い人の周りには過干渉が増える。


「――リラちゃん! 逃げるなと言っているだろう!」


廊下に響き渡る塾長の悲痛な叫びを背に、ゴリラ先生は流れるような歩法で角を曲がり、物理的に追求を振り切った。


「あー……。先生、完全に塾長を撒いたな。」


剣吾が呆れたように呟くと、槍真も眼鏡の位置を直しながら、ため息をついた。


「……実家を出た兄貴に、今度帰ってきたら直接聞いてみるよ。僕もさすがに今の話は寝耳に水だったし。」


「ゴリラ先生と玄真塾長、喧嘩にならないかな? 大丈夫かな? 事務所とか……。」


魔李が心配そうな顔で、掲示板の予定表を指し示した。


「喧嘩は大丈夫そうじゃないか? ゴリラ先生、強そうだし。それより、ゴリラ先生も調査に行くんかな?」


剣吾の質問に、魔李が頷く。


「多分そうじゃないかな? 私の修行は、駕与丁澪かよいちょう・みお先生って書いてあったよ。」


「体内の魔力を操作する練習だって。明日以降も一週間くらいは、駕与丁澪先生と修行みたい。」


魔李の話に、弓菜も予定表を見つつ続く。


「私は弓の自主練みたいね。追跡弓の練習プログラムがびっしり書いてある。一週間後にゴリラ先生との訓練になってたから、テストかも……最悪。槍真達は?」


「俺も同じ感じのスケジュールだな。シミュレーション訓練とランニングの交互訓練になってる。プログラムもしっかり書いてあって、弓菜の次の日にゴリラ先生の訓練になってるから、確認されるんだろうね。」


「俺も盾と……? 扇橋蓮おおぎばし・れんによる剣の訓練って! 誰!? え!?」


皆と違うことが書いてあるのに驚き、剣吾は思わず大きな声を出した。それを聞いた琥珀が、剣吾を見ながら口を開く。


「蓮先生は、近接武器全般を教えてくれる先生だよ。僕たちも教えてもらってたけど、みんな調査に行くから、居残りみたいだね。盾も剣も教えてくれるけど、ちょっとクセの強い人だから、頑張ってね。」


琥珀の話に、え? 俺やっていける?と剣吾は眉を顰める。


「まあ、とにかく、ゴリラ先生がいなくても出来るようになってるなら、ゴリラ先生はきっと調査隊に混ざるはずよ!」


弓菜がそう言った瞬間、槍真が眼鏡のブリッジをカチャカチャと鳴らし、険しい顔をした。


「そうなると……明日の調査隊は修羅場かもしれないな。塾長も、ゴリラ先生も、うちの雷槍兄さんも、同じ場所にいるんだぞ?」


「それに加えて、先生に……なんて言うんだ?先生になんていうんだ?しやきょうさく(視野狭窄)?もうもく(盲目)?な、ダイヤパイセンもだろ?」


剣吾はいまだに、どこ行ったのリラちゃん先生〜!と場違いなことを言っている大弥を見ながら、呆れたように零すと、バナナ組の面々は深い同情の目を、同行する琥珀、陽、大我、真珠へと向けた。


視線を向けられた四人は、まるで苦い泥を噛み潰したような、なんとも言えない顔で沈黙するしかなかった。







ところ変わって、夕方が過ぎ、日が落ちた事務局。


一人になったゴリラ先生は、漏れるため息を止められず、背もたれに深く腰を掛ける。


あの後、ゴリラ先生は玄真に追いかけられつつも上手く巻き、駕与丁澪の元へと玄真を誘導して仕事へ送り出した。


姿勢が悪いことにも気に留めず、気が進まないまま端末を操作し、本日何度も着信があった特定の番号を呼び出す。



『やあ、僕の愛しの女性。それとも、姉さんと呼んだ方がいいかな?』


スピーカーから漏れる、華やかで自信に満ちた声。

全国区の英雄"雷帝"として知られる、江辻雷槍だ。


「……ライ。そのふざけたことを考える頭を、私自慢の盾でかち割るわよ。」


『おっと、勘弁してよ姉さん。君の盾は、冗談で振り回されても僕が大怪我するだけだろ?』


雷槍の声には、恐怖よりも深い親愛と、自分をここまで育て上げた師への絶対的な敬意が混じっていた。


『でも、僕が君に惚れ抜いているお陰で、変な虫がつかないだろう? 僕なりの恩返しだよ、姉さん。』


「……お前のそれは、恩返しではなく嫌がらせだ。おかげで塾長が……私の周りの連中が、余計な勘繰りをして困っている。」


『ははは、ごめんごめん。でも明日、調査隊で会えるのを楽しみにしてるよ。君の盾が、またどれほど鋭くなったのか、この目で見せてほしいな。』


通話を切り、先生は深くため息をついた。


雷槍が流している噂は、ルーキーとして活動する彼女に"雷帝の所有物"というレッテルを貼ることで、不要な接触や害意を未然に防ぐための、彼なりの献身的な盾なのだ。


先生は窓の外に目をやった。


事務局の机からは中庭が見える。


そこは、演習場の戸締りギリギリまで練習していた者たちが、荷物や武器を片付ける場所でもあった。


塾は三十分以上前に今日の営業を終えているにも関わらず、月明かりの下、大弥は演習着のまま着替えることもなく、ボロボロの身体で、力もまともに入らない指先を使い、魔法に頼らず弓を組み立て直している。


「……どいつもこいつも、バカで、過干渉なのよ。」


先生は、わずかに震える自分の指先を反対の手で強く握り締め、再び冷徹な探索者の仮面を被った。


「……大弥、いつまで遊んでいる。さっさと帰って寝ろ。コンディションを整えないと、明後日に響く。」


窓を開け、夏に差し掛かるにしては冷たい風と共に声を飛ばす。


不意に声をかけられ、ビクッと肩を跳ねさせた大弥は上を見上げ、ぱぁっと顔を赤らめて綻ばせる。


「リラちゃん先生! 見ててくれ、俺は必ず明後日、俺の実力を証め。」


その叫びは途中であったが、ゴリラ先生は無視して、窓とカーテンを遠慮なく閉めた。


最後まで話を聞いてもらえず、ピシャッと窓を閉められても、それでも大弥は嬉しそうに、ゴリラ先生から声をかけられた窓を見上げて笑顔になる。


――いいよ、リラちゃんがどんな態度をとってきても。


だって、冷たそうにしてても、気になって声をかけるくらいには、リラちゃんは優しくて、俺のことを放っておけないの、知っとるちゃもん。



夜は、ゆっくりと帳を下ろしていった。

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