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66. 噂は当てにならないし、兄という生き物はもっと当てにならない

「さて、今日のメニューはここまでだ。明後日の準備がある者はとっとと帰れ。」


ゴリラ先生の号令で、シュミレーション室の張り詰めた空気が緩む。


大弥が重い足取りで荷物を整理し始めたその時、扉が勢いよく開いた。


「リラ先生、お疲れ様。……7号の点検は終わったよ。」


入ってきたのは塾長の柚須玄真だ。


生徒たちの前では塾長と講師の距離を保っているが、その眼鏡の奥の瞳は、怒りで僅かに据わっていた。


「塾長、お疲れ様です。異常は?」


「リスポーンエリアは正常だ。……だが、私の端末の通知は異常だよ。」


玄真の表情は、その綺麗な顔を歪ませ、苦虫を噛み潰したような顔であった。


「リラ先生、槍真くんのあのブラコン兄貴は本当に酷いね。各所で弟の自慢を吹聴して回っているせいで、塾に引き抜きの連絡が止まらないんだ。」


玄真が突き出した画面には、名だたる探索者ギルドの名が並んでいる。バナナ組の面々が、一斉に槍真を振り返った。


「え、槍真。お前の兄貴って、槍磁さんじゃ?」


不思議そうな顔をした、陽が首を傾げて尋ねる。


「あ、そっちも多分、ブラコンではあるんですけど、多分雷槍兄さんの方かと、、。」


槍真は目を逸らしつつ、言いにくそうに声は小さくなる。


「らいぞう?…江辻雷槍!?って!おい、まさか!?」


槍真の話を聞いた大我が、驚いた顔をして、槍真を凝視する。


「あの全国区の!?雷帝ってこと?」


琥珀も驚いたように、槍真を見ると、槍真は困り顔をして頷く。


「……はい。江辻雷槍こと、雷帝であってます。お騒がせして、本当にすみません。」


槍真が申し訳なさそうに頭を下げる中、玄真はさらに声を荒らげる。


「槍真くんが悪いわけじゃないんだけど、なぜ槍真くんを調査隊に入れないのかという抗議まで来ている。」


「……槍真くんに申し訳ないが、本当に不快だ。あの男はいつも、余計なことばかりだ。」


玄真のイラつく様子に、槍真が余計に小さくなり、普段冷静な塾長しか見ない帝亞列島や緩風の調べのメンバーは不思議そうな顔をする。



「……はぁ。塾長、分かりました。私が雷槍に連絡して、黙らせておきます。」


だから、感情的になるのはやめてもらっても?っと槍真の様子を伺いつつ、ゴリラ先生が淡々と告げた。


瞬間、シュミレーション室の温度が数度下がった。


不機嫌な顔を隠さない玄真と、それをどこ吹く風で無視するゴリラ先生の沈黙を破ったのは、緩風の調べの真珠だった。


「ねえ、ゴリラ先生。あの噂、本当なの? …先生と雷帝が、その……特別な関係だったって話。」


ゴリラ先生と大弥、そして槍真の様子を伺いつつ、真珠は聞きにくそうに小さな声で尋ねる。


しかし、他に配慮していても、内容が内容なだけに、槍真と大弥が同時に石化した。


「有名だよ、槍真くん、大弥。あの雷帝様が、今でもずっと惚れ続けている愛しの人として公言している女性。それが、ゴリラ先生だって話。」


琥珀が、噂、聞いたことなかったの?っと大弥に言いつつ、槍真にも、お兄さんから何も聞いてないの槍真?っと遠慮なく聴く。


二人の反応は対照的だった。


槍真は口を半開きにしたまま、え、雷の兄貴と先生が……? 嘘だろ、聞いてない……と完全に思考が停止。


対する大弥は、真っ白な灰のような顔でガタガタと震えだした。



「 雷帝様がリラちゃん先生のこと愛してる?え? 全国区の英雄がライバル……? おれ、俺の、リラちゃん先生が?、いや、いい女だもん。でも、特別な関係ってなんちゃ?」


なにが?え?っと大弥は考え出して、周りの声が聞こえないようすで、ずっと何かをぶつぶつと呟いている。そんな様子に真珠は、琥珀を睨みつつ、大きな声でいう。


「だから、兄さん!この話は慎重に、オブラートに包んでって言ってたでしょ!ダイヤがおかしくなっちゃったじゃない!」


混乱する生徒たちを余所に、ゴリラ先生は固まっている槍真に苦笑しながら歩み寄った。


「槍真、やりにくいよね。黙っててごめん。まあ、私も入塾書類で君の住所を見て、槍真があいつの弟かもしれないって気付いたんだけどね。」


ゴリラ先生は、あいつが前、実家が私の実家の隣町だったって言ってたからだと付け加えつつ、言葉を選ぶように続ける。


「あいつとは色々あって、少し世話を焼いただけなんだ。だからあまり気にしないでほしい。」


ゴリラ先生は懐かしむように微笑んだ。それを見て、ぐはっと声を出して大弥は膝をつく。


それ以上に、玄真の表情が険しくなり、火に油を注いだようにわなわなと震えつつ、玄真は声を低いまま、ゴリラ先生へ声をかける。


「リラちゃん。……そろそろ、詳しく教えてくれるかな?」


玄真が、一歩、逃げ場を塞ぐように踏み出す。声のトーンが落ち、有無を言わせぬ圧が室内に満ちた。


「君はあの男のどこがいいんだ?…アレのいいところは顔だけだぞ。私は、雇い主として、アレにどこまで君が騙されたのか把握しておく必要がある!」


玄真はぎりりっと奥歯が鳴る音も、出しつつ、ゴリラを見つめる。


「過干渉ですよ、塾長。昔馴染みだからって、仕事に関係ないことです。黙秘権を執行します。」


「リラちゃん!! 私は、あの男が君に何を教えたのか……っ!」


「はいはい、お疲れ様でしたー。」


ゴリラ先生は玄真の暴走に対して、冷静に退社し、その様子は取り付くしまもないようで、しれっと背を向け、部屋を出ようとする。


「待て! まだ話は終わっていない! リラちゃん!」


必死に追いかける塾長の姿に、実の兄妹だと知っているバナナ組の4人は、あー……これ、今日今から絶対修羅場だろうなぁ……と、遠い目でその後ろ姿を見送るのだった。



「わかった!試練ですね!リラちゃん先生、俺、貴女を虜にして、見せま、、、リラちゃん先生?どこ行ったっちゃ!?」


宣言しようと叫ぶ大弥に、そこにはゴリラ先生は退出しており、周りの生徒は、その様子に懲りないなコイツっと呆れていたのであった?


カオスを極めるシュミレーション室に、明後日の遠征への不安とはまた別の、不穏な空気が漂っていた。


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