65. それでも時は、流れて消える
「もう相手にしてるのも疲れたから、次の話をしよう。」
一拍置いて、ゴリラ先生は胡乱な目で大弥を見つつ、スマホを取り出す。
自分のスマホの中を、チラリと覗いていたゴリラ先生はほんの一瞬、眉を顰めたが、何も言わずに操作する。
ゴリラ先生のスマホとシュミレーション室の大画面モニターと繋がっているのか、モニターは試合場の映像から、粕屋ダンジョン7号の構造図へと切り替わる。
「まぁ、お前たち、座れ。……時間かかったが、ここに集まったのもいい機会だ。今、粕屋ダンジョン7号で起きてることの現状を説明する。」
ゴリラ先生の声は低く、どこか事務的だった。
バナナ組の剣吾、弓菜、魔李、槍真の4人が入塾してまだ3週間弱。
前の塾を追い出された自分たちを拾い、熱血指導で鍛え上げてくれた先生の、少し苛立ったような冷たさに、彼らは一様に首を傾げていた。
「7号ダンジョン地下2階層に、突如新しい道が確認された。バナナ組以外はそれぞれの端末に情報公開されているし、今日はダンジョンから閉め出されているから知っていると思うが…、」
ゴリラ先生は全員の顔を順番に見つつ、話を続ける。
「現在、うちの塾だけでも、玄真塾長と新宮先生、勢門先生、内橋先生が呼ばれている。理由はリスポーンエリアの点検だ。できる人が限られるからな。今のところ、塾長から異常なしとの連絡だ。明後日から大規模な調査隊が出る。」
スマホを操作しながら淡々と語る先生の横で、弓菜が掲示板を確認する。
「先生……バナナ組、新エリア探索資格なしってあるけど、私たちは居残りですか?」
「まぁ、お前たちは、3号を踏破してないからな。」
ゴリラ先生は少し肩をすくめて見せた。
「新エリアは未知の領域だ。だが、浅い地下二階層からの分岐だからこそ、学生や若手の探索者が、調査訓練を伴う形で参加できる。」
中々ない経験が出来る機会なんだがな、と残念そうに続けた。
「初歩の粕屋3号のチームだけ踏破の記録がないと、こういった調査は資格なしで受けられない。」
まぁ、今回は残念ってことだなっと弓菜に微笑みながらゴリラ先生言った。
だが、ゴリラ先生の視界の端に、掲示板の一点を凝視して固まっている大弥が見えて、ため息を吐きそうになる。
「……待て。俺の名前が調査隊・補給部隊への降格になっとる! 盾役の俺が荷物持ちなんて……!」
「見つけるの、早すぎ。まぁ、今日のことは報告済みだし、三講師合同での公式な判断だ、大弥。……弓ならば、通常参加が認められるが?」
「納得いかん! 盾を極めるまでは弓は引かんって決めたっちゃん!」
「リラちゃん先生、ちゃんと見て! おれ、ちゃんと盾マスターするけん! バナナ組ばっかりじゃなくて、おれも見て!」
叫ぶ大弥の姿は、周りからは、恋に溺れているようにしか見えないほどだった。
剣吾も、あんだけ四六時中好き好き言われりゃ、先生もこうなるよなぁと、呆れ顔だ。
だが、学校での硬派な番長としての大弥を知る槍真だけは、強烈な違和感を覚えていた。
(あの、しっかりした大弥先輩が、なんであんなに子供みたいで、必死なんだろう?)
弓使いとして高い資質を持つ大弥は、ゴリラ先生の底知れない何かを、感じ取っていた。
大弥は、ゴリラ先生の何も知らないが、自分を大切にしておらず、いつか、どこかへ消えてしまいそうなことだけは分かった。
この強く、かっこいい人が何に脅かされているかなんて分からないし、それを言い表す言葉を持たない彼は、ただ俺を見て!と無様に叫ぶしかできることはなかった。
「大弥。私は、魔力も練れん奴に、背中を預けるつもりは過去にも未来にもない。……嫌なら残れ!」
先生の冷徹な一言が、大弥の甘えを粉砕した。
絶望に震える大弥に、ゴリラ先生は、手動変換式の弓を目の前に落とした。
「自分の行動は、自分で考えな。」
その突き放すような声に、大弥は何もできず、顔を下に向けて表情を隠す。
泣いているのかもしれない。そんな顔の下げ方だった。
真珠は、大弥の背中をそっと撫で、視線をゴリラ先生と大弥の間で行き来させる。
ゴリラ先生は、何事もなかったかのようにくるりと踵を返し、再び話し出す。
琥珀は、先生が通り過ぎる瞬間を狙い、背後の大我と陽にだけ聞こえるような、絶妙な小声で問いかけた。
「……先生。わざとやりましたね。大弥を撃ち抜いた睡眠矢。先生だって、魔法で作れるはずのものを、わざわざ僕に作らせて、あいつを撃った。」
琥珀は、この現状を、少し揺さぶってみたかった。
ずっと感じている、ゴリラ先生への違和感。その答えが欲しかったから。
大我も陽も反応せず、表情を固めたまま、バナナ組を盗み見る。
彼らには聞こえていない様子に、内心で安堵しつつ、悟られないように視線を戻す。
「…………。」
ゴリラ先生は聞こえていないふりをしながら、スマホを動かして、スクリーンを操作し続けていた。
「先生の魔法で作った矢は、鋭すぎる。練り込みが強すぎて、あの射程で放てば、大弥の魔力回路(神経)ごと焼き切ってしまう。……だから、あえて威力の低い僕の矢を使った。そうでしょう?」
ゴリラ先生は、表情を変えず、聞こえるか聞こえないかの声で応じた。
「……そうよ。でも独断じゃないから安心して。玄真塾長と、新宮先生の指示よ。私が魔法矢を生成すれば、魔力量と密度で相手を殺しかねない凶器になってしまうからね。」
何事もなかったかのように、スクリーンを動かす。
バナナ組以外は後でデバイスを見れば分かるもので、スクリーンが動くたびに剣吾がおぉ!っと歓声を上げるため、彼らはこちらを気にも留めなかった。
「あのスピードで直接撃ち抜けば、今頃あいつは探索者どころか、一生病院のベッドの上よ。……生かして矯正するには、お前の矢が丁度よかった。魔法回路だけを焼くにはね。」
体を完全にこちらを見ることなく、流し目で琥珀、陽、大我に視線を送る。
その目はガラス玉のようで、ぞくりと背中に汗が噴き上がる。
大弥がいない時にだけ出るゴリラ先生の女性口調。
ゴリラ先生は信頼した者と話す時に女性口調になると聞いたことがあるが、その淡々とした語りは信頼というには一層冷ややかのような気がする。
盗み聞きしていた大我と陽は、文字通り凍りついた。
(……命令されたからって、回復するからって、教え子の回路を、躊躇いなく射抜くなんて普通できることかな?ほんと、この先生怖すぎ。)
(……このゴリラ、本当に底が知れない。マジで怖すぎるだろ。)
高校生組が戦慄し、ゴリラ先生に疑念を抱く中、真珠は大弥の様子に痺れを切らし、覚悟を決める。
真珠は大好きな大弥に嫌われたくないが、このまま大弥が落ち込んでいる方が嫌だったから、努めて明るく声を張り上げた。
「もう! やーい、ダイヤ! 戦力外通告! 置いていかれたくないなら、その弓でも引きずって歩きなさいよ!」
真珠の思惑は効果覿面だった。
「……っ、うるさか! 荷物持ちでもなんでもやって、先生に俺を認めさせてやるったい!見とってね!」
ばっと少し目元の赤い顔を食い気味にあげ、指をゴリラ先生に向けて宣言をする。
ゴリラ先生は、彼が弓という本来の武器を、渋々手に取る様子を、どこか遠い目で見つめていた。
その瞳は、いつもの熱血教師の面影はなく、ただ先を見据えた、冷徹な探索者の光だけが宿っていた。
「さて。明後日からの遠征に向けて、準備を始めるぞ。休む暇なんてないからなぁ。」




