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64. 昔から、思いが混じり合わないだけ

「……おい、大弥」


低く、重い声。


大我だった。


「立て」


その一言で、場の温度が一気に下がる。


真珠が反射的に駆け寄ろうとしたが――大弥は視線だけでそれを制した。


ゆっくりと、自分の力で起き上がる。


「……兄貴」


「立て」


二度目は、感情を削ぎ落とした声だった。


大弥は渋々、盾を支えに立ち上がる。

足元がわずかにふらつくが、誰も手を貸さない。


「さっきの戦闘。どういうつもりだ」


大我は真正面から大弥を睨み据える。


「魔法が使えない状態で、万全でもないまま戦闘。しかも盾持って前に出やがる。そして、最後の盾の構えが遅れた理由。説明しろ。」


「……俺は、ちゃんと――」


「ちゃんと、何だ?」


遮るように、声が落ちる。



「ちゃんと戦った?」


「ちゃんと守った?」


大我のものを言わせぬ感情のない声が、これ以上にあるのかというほど低い声だった。


「――それともちゃんと気を遣ったか?」



大弥の喉が鳴った。そしてかぁっと顔が赤くなり、大弥をきっと睨みつける。


「俺は、手ぇ抜いてなんか……!」


言い切る前に。


「――抜いていたよ」


静かな声だった。

普段はとても穏やかで、オルゴールの音色のような優しいはずの声が、刃のように鋭く響く。


割って入ったのは、緩風の調べのリーダー、琥珀だった。


年は離れているが、城戸の弓道場に通っていた大弥にとっては幼馴染みと言っていい存在で、タイプの違う兄貴分である。


大弥の視線が、思わずそちらへ向く。


琥珀は、いつも通りの柔らかな表情で、しかし一切目を逸らさずに続ける。


「君は、君が思っているより、ずっと弓使いなんだよ。」


言葉は丁寧で、優しい。それなのに、逃げ道がない琥珀の矢を思い出すような語り口だ。


大弥の目が見開かれる。


傷ついたような目をしている。


それでも、まだ反発を失っていない目。


(……ああ)


琥珀は、内心で息を吐いた。


(分かりやすくて、正直で)


羨ましい。


「君は、周りを見すぎる。」


一歩、距離を詰める。


「仲間の動き、感情、空気。全部拾ってしまう。それは後方支援としては、優秀すぎる才能だ。」


一瞬、間を置き。


「――でも、」


声が、わずかに低くなる。


「盾使いには、足を引っ張る」


大弥の指が、無意識に握り込まれた。


「無意識に考えていたはずだ。どうしたら、槍真のためになるかって…。」


琥珀は大弥の顔を見ながら、小さくため息にならない呼吸を吐いた。


ー図星。


琥珀は、最初から気づいていた。大弥の才能を昔から知っているから。


「迷った分だけ、判断が遅れた。魔法が使えれば防げた。弓を持っていれば、距離も取れた。」


滲み出そうな黒い心を、淡々と、事実だけを並べて覆い隠す。


「君が倒れたのは、不運じゃない。自分の選択の結果だ。」


その言葉の裏で隠しきれない言葉が頭をよぎる。


(……どうして、どうして?)


琥珀の胸の奥で、別の感情が暴れる。


(どうして、そんな才能を持ちながら、なんでも持っていながら…)


弓使いとして、喉から手が出るほど欲しかった感覚。

流れを読む力。場を察する才能。そして、支えてくれるであろう、同じ年の自分を愛する幼馴染み。


(どうして、それだけのものを持っているのに、違うものを求めて、捨てるの?)


――恨みに近い考えがよぎったとしても、それでも。


琥珀の口調は、どこまでも穏やかだった。


嫉妬は、深く、静かに押し殺す。


「盾をマスターするまで弓を持たない、だったね。」


大弥の背中が、わずかに強張る。


やはり、何事も正しく感情を表に出せる者だけが、この世界で光を浴びて道を往来できるのだろう。


真珠のように才能を然るべき時に、然るべき実力を示せる者は表に出る。

ーーーもう分かりきったことだけど、城戸の弓道場を継ぐのは真珠だろう。


大弥のようになんでも宣言するものに、挑戦する権利は回るのだ。

ーーーあんなに、愛を叫ぶことだって、盾に武器を変更するのだって、叫び続けた結果であろう。


(……ずるいなぁ、ほんっと。)


身内への嫉妬は、厄介だ。


別に、2人の功績を奪いたいわけじゃない。


妹も弟分も可愛いからこそ、感情は行き場を失う。


どろどろと思考の闇に囚われそうになった時、ふと、ゴリラ先生と目が合う。


一瞬。

何も言わず、ただ優しく目元が緩んだ。


―何か言ったわけじゃないのに、なんで分かるかなぁ、この先生は…。


なんとなくこっちも分かってしまう。


多分、きっと、この人も黙って、おんなじ様なものを抱えているんじゃないかな?


だからいつも甘えてしまう。それだけが僕にとっての真実でいい。


琥珀の感情は、静かに蓋をされた。




「それは、甘えだ。」


琥珀が思考の海に飲まれていたら、自然と大我の声が、大弥を断じる。


「出来る武器を封じて、出来ない武器で苦しむ。それで頑張ってるつもりか?」


実の兄への反抗心が、琥珀の指摘で消えた。


大弥は大我に言われることに口答えをせずに、歯を食いしばって聞く。


「ゴリラ先生に、そんなに注目されたいか?」


冷たい声。


「それは努力じゃない。ただの依存だ」


空気が、凍る。


「中途半端な覚悟なら、盾への変更は認めない」


さらに、追い打ち。


「俺は兄貴だ。だがチームリーダーでもある。お前がこのままなら――チームから外す。」


誰かが、息を呑んだ。


大弥は、何も言えなかった。


その沈黙を、破ったのは、ゴリラ先生だった。


「まぁ。」


軽く、肩を竦める。


「言いたいことは、お前の兄貴たちが全部言ってくれたからね」


ゴリラ先生は、大弥顔を覗き込むように腰を曲げて、視線を合わせる。


その瞳は、ガラス玉のように澄んでいて。

そこには、何の感情も映らない。


「もし、言うことがあるとするなら…」


一拍。


「盾に憧れさせた手前、責任もあるからね。」


次の瞬間。


空気が、殺気で満たされた。


「――あんま舐めた探索者してたら、」


静かに、確実に。


「次はそこじゃない。魔力核(魔法神経が集中する臓器)を撃ち抜く。」


誰も、呼吸が出来なかった。


「その芽は、私がきっちり摘んでやる。」


実質的な、死刑宣告。


冷や汗が、背中を伝う。


――だが。


「やっぱ、綺麗な目ちゃーーリラちゃん先生かっこよかぁ。」


大弥は、そう言った。


一瞬の沈黙。


そして。


全員が、力を抜いた。


「……お前、本当に反省してないな。」


ゴリラ先生は肩を落として、ため息を吐いた。



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