63. 本当は歩調が、揃っていなかっただけ
時は遡り、槍真が敗れた直後の観客席。
「……ソウマ、すげぇな!」
一番最初に声を上げたのは、やはり剣吾だった。
いつの間にか席を立っていた剣吾は、後ろを振り返り、魔李と弓菜の顔を見るなり、感情を隠しきれないまま続ける。
「指示、全部分かった! あれならさ、ごちゃごちゃしてないから、俺、ちゃんと戦えるって分かる!」
「うん、凄かった……。」
魔李は頬を赤くしながら、何度も頷く。
「私、今のソウマくんの指示なら、慌てずに魔法使えると思う。」
(私が前に出なくてもいいように、ちゃんと考えられてた。)
胸の奥で、言葉が反芻される。
――マリ。ケンゴは頼りないだろうけど、もし魔法が変な方向に行ったら、すぐ俺が止める。
俺の指示を聞けばいい。君は、冷静でいることだけ考えて。
その通りの配置だった。
その通りの距離感だった。
槍真が倒されたあとも、魔李の魔導人形は傷一つない。
――私は、守られていた。
忙しさに流されながら、それでも交わした約束。
励ますための言葉でもいい。
それを、ちゃんと覚えていてくれた。
その事実に、魔李は泣きそうになる。
「動きも、すごく綺麗だった。」
弓菜が静かに頷く。
浮き足立つ魔李を横目に、弓菜は小さく息を吐いた。
(そりゃそうよね。ここまで考えられたら、誰だって嬉しいわ。しかも、これのために朝練してるとか言ってたし。)
――少し遠回りするだけだから、なんていってたっけ?
(嘘つき。私は、マリやケンゴと違って素直じゃないの。みんなが言ったことは、なんとなく一度調べるのよ。)
(少しじゃないじゃない。塾経由で学校行くと、いつもより一時間以上かかるの、調べたらすぐ分かるのに嘘ついて。―ばか。)
気負わなくていい。
アンタのこと、私がカバーするつもりだったのに。
弓菜はそう思いながら、少しだけ、はにかんだ。
「いやー、ほんと凄かったねぇ。」
軽い調子で拍手したのは琥珀だった。隣で真珠も頷く。
「緩風の調べとして見ても、いい試合だったよね、シンジュ?」
「うん!これなら、近いうちにユミナやマリと一緒に探索できそうだね。楽しみだなぁ!」
真珠は嬉しそうに笑う。
「真珠、浮かれるのはいいが、報告はちゃんとまとめておけよ。」
ゴリラ先生がそう言いながら、ちらりとフィールドの槍真を見る。
―その槍真は。
両脇から、ぐい、と腕を回されていた。
「ほらほら、離さんよー?」
陽が半ば冗談のように肩を抱く。
「はいはい。今日はよー頑張ったけん、大人しく捕まっとき」
「え、ちょ、先輩……!?」
反対側から、大我も自然に距離を詰める。
「逃げんなよ。褒める時も説教も全力でやるのが帝亞列島だ!」
「ひゃ、…!」
完全に挟まれ、槍真は固まった。
飴を渡され、頭を撫でられ、肩を叩かれる。
状況が理解できないまま、視線だけが彷徨う。
「……距離、近くない?」
観覧席から、魔李がぽつりと呟く。
「……すごく、笑顔だよね。ソウマくん」
その一言で。
「――は!?」
剣吾が身を乗り出した。
「ちょ、待て待て待て!!」
次の瞬間、剣吾は階段を使わなかった。
手すりを蹴り、ほぼ落下する勢いで闘技場へ飛び降りる。
「ソウマ取るなぁぁぁ!!」
「ちょ、剣吾!?」
弓菜と魔李も慌てて階段へ向かう。
「早すぎ!」
「危ないよ!」
その光景を見て、陽は吹き出した。
「ははっ、なんそれ!」
槍真は、一瞬、言葉を失った。
「え、ちょ……な、なに?」
混乱が先に来て、感情が追いつかない。
その様子を見て、陽がにやりと笑う。
「なーんちゃ? 嫌われるって悩んどった割に……。」
槍真の肩を、ぽん、と叩く。
「めっちゃ愛されとるやんね!」
その瞬間、槍真の顔が、じわっと熱を帯びた。
「……っ。」
否定の言葉が、出てこない。
嫌われるかもしれない。
距離を置かれるかもしれない。
――ずっと、そう思っていた。
でも。
「……。」
槍真は居心地悪そうに、ぷい、とそっぽを向く。
(……俺、何を悩んでたんだ)
胸の奥が、少しだけ温かい。
「ソウマ! 何、囲われとると!」
剣吾が槍真を引き寄せ、前に立つ。
「引き抜き禁止だからな!!」
ひょろい犬が、大きな狼に吠えるみたいに。
「いや、ほんと、なに勝手に囲んでんですか!?」
剣吾が割って入る。
「うちのですから!!」
弓菜が即座に続き、魔李も無言で腕を掴む。
「……?」
包囲され、槍真は瞬きをした。
「距離近すぎです! 取らんでください!」
「はぁ?」
陽がきょとんとしてから笑う。
「取るとか取らんとかやなくてさぁ」
「慌てすぎだろ」
大我が肩をすくめる。
「慌てますよ!!」
剣吾が即答する。
「槍真はうちの司令塔です!」
「……渡さないもん。」
震えつつ、じっと魔李は陽をみながら、短く言う。
その様子を見て、陽は完全に面白がった。
「剣吾だったか?お前必死すぎ、っふ…やろ。」
「なっ……!」
「槍真も、」
顔を覗き込み。
「顔、赤かばい。」
「ち、違います!」
「ほー?」
陽が間を置く。
「まぁ、なんというか、そうやなぁ、あんま大事にせんかったらさぁ、」
にやり。
「俺が貰うばい?」
「だめです!!」
三人が、物理的に槍真を挟む。
逃げ場、なし。
「お前」
陽が笑う。
「ほんと愛されとるなぁ」
陽はヒーヒーっと目に涙を浮かべつつ大笑いした。
大我は、その光景を一度だけ眺めてから、言った。
「そうだな。仲間が大切なら、ちゃんと本人に伝えとけ。でないと、今からの俺みたいに説教はできなくなる。―喧嘩になるからな。」
その直後。
――ガツン、と重い足音。
和やかな空気が、一瞬で冷えた。
「……おい、大弥、」
低く、重い声。
「立て。」
場の温度が、変わった。




