62. 無自覚な暴君と爽やか少年
――粒揃い、か。
大我は、大剣を構え直しながら、口の端をわずかに吊り上げた。
以前、ゴリラ先生から聞いたバナナ組の評価。
粒揃いなんて言うが、動画では馬鹿丸出しで、何言ってんだと思ったりもした。
だが、こうして正面から相対してみると、確かにそうだと頷ける。
ダンジョンマスター様が認める子供。
思うところが、ないわけじゃない。
俺たちだってこのゴリラから学びたいと考え、指南してくれと頼んだ。
だが返ってきたのは、曖昧で、逃げるような断り文句。
悔しさがなかったと言えば嘘になる。
けれど、今ならなんとなく分かる。
俺たちがダメだったんじゃない。
――ゴリラとの相性の問題だっただけだ。
そりゃあ、俺たちは断られる。
その代わり、こいつらが一回生にしちゃ、出来すぎるほど出来る理由も見えてくる。
指示は短い。迷いがない。
魔導人形の動きも破綻していない。
癖まで、ゴリラそっくりだ。
そして――
(……コレが江辻先輩の弟、か)
胸の奥に、一瞬だけ過去がよぎる。
あの人には世話になった。
本当に、世話になった。
判断は早く、声は穏やかで、無理をさせない。
それでいて、必ず勝ち筋へ連れていく。
俺と陽が、ここまでやって来れたのも、あの人が手を差し伸べてくれたからだ。
――だが。
(だからって、その弟に花を持たせる義理はねぇ)
江辻先輩が凄かったからって、その弟に簡単に負けてやるほど、俺たちは楽をしてきちゃいない。
俺も、陽も、大弥だって――形は違えど。
修羅場は、ちゃんと踏んできた。
「サン、合わせろ」
短く言う。
陽は一瞬で察したように口角を上げた。
「了ー解。――ソーマくん、まだ先輩を立てとけってね」
軽い口調とは裏腹に、踏み込みは鋭い。
陽が前に出た瞬間、戦場のリズムが変わる。
撃ち合いのテンポが、わずかにズレた。
槍真の操る人形の動きが、一瞬、鈍る。
槍真自身も気付いたらしい。
遅い?――違う。
敵が早くなった。俺が鈍らされたんだ。
指示は正確だ。だが、先読みが一拍、足りない。
(分かってりゃ、潰せる)
大我は、最初は“見せるための戦い”を意識していた。
観戦席にも分かりやすい稽古戦闘。
だが、槍真の変化を見て、即座に切り替える。
真正面でぶつかるのは、指示を活かしてやるだけだ。
だから――ずらす。
人形の射線を誘導するように、半歩だけ外す。
大我の強みは、ただの力押しじゃない。
(――今だ)
声は出さない。
視線だけで、陽に合図を送る。
陽の魔法刀が、炎を引き裂きながら横薙ぎに走った。
――浅い。
だが、それでいい。
槍真の策は、通れば強い。
だが完璧に通さなければ、代替案がない。
一つズレれば、難度は跳ね上がる。
(まだだ。まだ俺たちの方が上だ)
圧をかけながら、大我は槍真を睨み据えた。
そのとき――。
「……あっ」
背後で、小さな声。
大弥だ。
魔法が使えない。
盾は重い。
判断も、一拍遅れる。
必死なのは分かる。
だが――
(……甘ぇ)
動きに、譲りが混じっている。
無意識に、槍真の槍筋を避けている。
無意識に、倒される位置に立っている。
(……周りを見すぎだ。花、持たせようとしてやがる)
本人は気付いていない。
自分を慕う後輩。
懐に入れてきた人間関係。
弓使いとして、後方支援なら――
それは、正解だ。
だが、戦場では。
「命取りだ、馬鹿ダイヤ!」
叫んだ瞬間には、もう遅かった。
槍真の動きに、迷いはない。
突き。
一直線。
教科書通りの、魔法核狙い。
「……っ!」
盾が、わずかに遅れる。
――間に合わない。
盾ごと、突き抜かれた。
鈍い音。
大弥の体が弾かれ、地面を転がる。
「……やられた、ちゃ」
悔しさより、納得が先に出た声。
その表情に、大我は奥歯を噛み締める。
(だから言ったんだ。盾は向かない)
甘さは、強さじゃない。
だが――。
視線を戻す。
槍真は、倒した相手を見下ろさない。
勝ち誇らない。
ただ、次の指示を組み立てている。
――間違いない。
こいつは、探索者の入口に立っている。
だが。
「調子、乗るなよ」
低く呟き、踏み込む。
経験の差を、ここから叩き込む。
――――――
(いやぁ……粒揃いやなぁ)
陽は魔法刀を肩に担ぎ、戦場全体を見渡した。
二階席。
そして、視界の端にゴリラ。
(俺らは断っといて、試練は与える。ほんと性格悪いよなぁ)
大弥は沈んだ。
あれは、甘さだ。
だが――嫌いじゃない。
(大我の胃が痛くなるのも分かるけどね)
視線を戻す。
江辻槍真。
(……本気や)
指示は短い。速い。
だが――
(重すぎる)
声に、魔力が乗っている。
空気が、微かに震える。
(あー……無意識やな)
便利だ。
だが、思考も削れる。
「右、切り返し――」
だが、陽はもういない。
半拍、早くずらす。
一拍、遅らせる。
「はい、外れ」
軽い声と同時に、刃が走る。
人形が、ワンテンポ遅れる。
(思考、鈍っとる)
見逃さない。
「ほらほら、考えすぎちょるよー」
言葉すら、刃になる。
槍真の眉が、わずかに寄った。
(効いとる)
魔力は尽きかけ、思考が追いつかない。
最後は――経験の差。
大我の一閃が、魔導人形ごと叩き下ろされる。
勝負、あり。
「……ありがとうございました!」
膝をついた槍真は、驚くほど清々しい笑顔で頭を下げた。
その瞬間。
(ギャップ、えぐ)
さっきまで暴君だったくせに、今は部活帰りの少年だ。
「……末恐ろしいわ」
大我が頭を掻く。
「ははっ!もうよかちゃ!」
陽は槍真の頭をわしゃっと撫で、飴を差し出す。
「飴、食うか?」
「ありがとうございます!」
目を輝かせる槍真。
「調子乗んなよ、一回生」
そう言いながら、大我も肩を抱く。
「でも――よくやった」
槍真は、少し照れて頷いた。
その光景を見て。
観戦席から、剣吾が飛び降りる。
――ソウマが盗られる。
そう叫ぶのは、もうすぐだ。




