61. 借り物の王冠と迷子の少年
槍を握る手の感覚が、少しだけ遠い。
足裏が床に触れているのに、重さを感じない。
呼吸は浅く、音だけがやけに澄んで聞こえる。
――ああ。
槍真は、ぼんやりと思った。
(……今、俺調子いい。)
怖くない。
でも、安心とも違う。
胸の奥が、ふわふわと落ち着かなくて、それなのに頭だけが、異様なほど冷えていた。
(なんで、今まで迷ってたんだろう)
答えは、分かっている。
――アイツらに嫌われるのが、怖かった。
指示を出して、嫌な顔をされるのが怖かった。
「槍真くんって、偉そうだよね。」
「お前、本当、冷たい奴。」
「まじで、感じ悪いよな。」
今まで言われた言葉が頭をよぎる。
そう思われるのが、ずっと怖かった。
今までは、気にしないようにしていた。
傷つかないわけじゃない。
でも――仕方ない、って思っていた。
自分はそういう性格だから。
みんなに合わせるのが、下手だから。
だから、一人でいい。
一人で探索に潜ればいい、それでいい。
……本当に?
(――違う。)
胸の奥で、何かがひっくり返る。
違う。違う。違う!
本当は、仲間が欲しかった!
信用できる仲間が欲しかった!
一人で帰るのが、嫌だった。
お疲れって言い合って、一緒に帰りたかった。
――一緒に。
そう、思ってしまったのは。
きっと、バナナ組のみんなと、、、同じ理由で前の塾を追い出されたからだ。
同じ場所で、同じように、居場所じゃないと言われたからだ。
アイツらだけは、俺を否定して欲しくないだと思ったから。
剣吾も、魔李も、弓菜も、大切になっていた。
置いていかれそうだと思った。
だって魔李は膨大な魔力。
だって弓菜は弓の腕は高く、そして風魔法での矢の扱いが期待できる。
だって剣吾は他人の為を特化した剣。
本当にいいみんな何かしら認められる力がある。
そう思ったら、酷く不安になった。
魔法が使えるが、魔李みたいに魔力が豊富なわけではない。
弓菜みたいに、槍と魔法を複合させて魔法特化で槍が使える器用さは俺にはない。
剣吾みたいに、他の人のことを考えた槍を使えるわけではない。
そう思っていたら、自信がなかった。
みんな、成長していると聞く。朝練に態々来ても俺だけ何も成長してないように感じた。
修行始めたばかりとは言われるが、みんな帰りに何かしら手応えがあると話す。
また、俺はみんなに嫌われて、置いてかれる。
頭にこびりついて、離れなかった考え。
今日初めて会った、大我先輩と、陽先輩の言葉が、脳裏に蘇る。
――割と何言っても、あいつらお前のこと嫌わないと思うぞ。
――嫌われるなら、とっくに嫌われてる。
戦いが始まる前は、信じられなかった。
どうしても、仲間を死に追いやる戦いしか出来ないと思ったから。
でも、今なら分かる。
(ああ……そうか。)
嫌われないよ。
だってみんなもう負けたくないもん。
許容されるはずだ。
だって、俺、みんなが馬鹿にされるなんて許せない。
きっとみんな、魔李も、弓菜も、剣吾も同じ気持ちだ。
自由で、勝手で、それでも一緒に戦うと決めた仲間として、塾を追い出した奴らや赤の他人に、こいつらの凄いところを見せつけてやりたい。
それは――槍真の考え方を、決定的に変えた。
(じゃあ、どうする?)
自由な人間ばかり集まる、バナナ組。
剣吾は突っ走る。
弓菜は感覚に引っ張られて動く。
魔李は周囲を見すぎて遅れる。
――まとめる?
――合わせる?
違う。
どうすれば、いい?
どうすれば魅せることができる?
槍真は、ふと気付いた。このチームがいい感じになる瞬間を俺たちはもう体験している。
(……そうだ、ゴリラ先生だ。)
あの人は、戦闘中、迷わない。
「こうしろ」
「ああしろ」
「今だ、行け」
口うるさくて、ちょっと思うところもあった。
でも――
(あれ、自由なバナナ組にとっての最適解だったんじゃないか?)
選択肢を与えない。
悩む暇を与えない。
自由だからこそ、指示は一つでいい。
(……なら)
槍真は、槍を構え直した。
(試してみよう)
そうして、槍真は――冷徹な司令官になった。
嫌われることを、一瞬だけ、完全に捨てた。
それが、この結果に結びついた。
(なんつー詐欺だ……)
遠くで、大我の声が聞こえた気がする。
(無害に見せかけたこの暴君は、自分が暴君であることに無自覚なのが一番タチが悪い。)
――でも。
槍真は、そんな評価を知らない。
ただ、仲間と一緒に戦えている一筋の光を掴んだ今、
少しだけ嬉しいと思っていた。




