60.気付かないのは、勿体無いと思った。
明けましておめでとうございます。
更新遅くなってすみません。
お正月なので、少し長めです。
今年も宜しくお願いします。
シュミレーション室の床が激しく振動し、訓練用の魔導回路人形が、バナナ組の面々を模した動きで帝亞列島へと襲いかかった。
「始めるぞ! 槍真、お前の実力を見せてみろ!」
ゴリラ先生の号令とともに、実戦形式の訓練が幕を開けた。
相手をするのは、高校生チームである帝亞列島の三人である。
だが、開始早々、小柄な盾役がとんでもないことを口にした。
「あ、兄貴ごっめんちゃ! 俺、今日もう魔法使えん!!」
大盾を構えた大弥が、悪びれもせずにドヤ顔で言い放つ。
「さっきリラちゃん先生に愛(魔法矢)を魂(魔法回路)ばブチ抜かれたけん、魔力の変換ができんとよ!」
「お前っ……!!」
リーダーの大我が、大弥の頭お花畑なフィルターを、きちんと正しく外し理解して、戦場のど真ん中で額に青筋を立てた。
「魔法が使えない時は先に言えってんだろ! お前の大盾、まだ手動で受ける段階じゃねぇんだよ!」
「あーもう、本当に手がかかる子だなぁ!」
黄髪の陽が、苦虫を噛み潰す大我とあっけからんと、能天気な顔する大弥を苦笑しながら、魔法刀に炎を付与し、大弥のカバーに回る。
だが、敵……いや、槍真が操る人形たちの動きは、想像以上に厄介だった。
(……この動き、やりにくいな)
大我は、巨躯を揺らして大剣を振るいながら舌を巻いた。
本来、身体強化魔法を常用できる大弥は、盾使いとしての経験は浅いが、それでも十分な実力を持っている。
だが、今は身体強化の魔法が使えず、盾使いとしては力が足りない。
本来の武器である弓を持たない大弥は、少々動けるだけの小柄な新人盾使いに成り下がっている。
魔法が使えないと先に言われていれば、予備の弓を渡すことができた。
弓使いとしてなら身体強化魔法無しでも素晴らしい実力だ。
だが、常々大弥は盾が習熟できるまで、弓は持たないと頑固にしているため、試合開始して申告したのだろう。
探索の時はそんなわがままを言わせないために、空間魔法に保存させ、いざという時に即座に使える変形魔法弓を腕に付けさせている。
だが、どちらも魔法が使えない今、取り出すことすらできない。
そこから大我は答えを導く。
(……なるほどな。ゴリラ先生、わざとやりやがったな)
矢を魔法回路にゴリラ先生は狙って打ち込んだことを、大我は理解した。
理由は複数ある。
一番は俺たちに警告。魔法が使えなくなることがあること。準備不足であると突きつけている。
大弥は、その辺大雑把だから、俺か陽に魔法が使えない時のシュミレーションしとけってことを言っている。
あとは、ゴリラ先生は大弥の勝手な振る舞いへ、ゴリラ先生の前で何もできない大弥を演出させる罰と、まぁ、ウザ絡みへの嫌がらせもあるだろうなぁ。
そして槍真への置き土産。大弥をあえて戦力外にすることで、帝亞列島にとってまだ、格下であるバナナ組を釣り合いを取れるようにしたのだ。
その証拠に、生身である槍真以外の弓菜、剣吾、魔李の人形は今の本人達より、少々実力に色がつけてある。
槍真がこの人形達を支持し切ってしまえば、大弥が機能していない帝亞列島は、ちょうど五分の戦いか、バナナ組が勝てるように設定してある。
そう、槍真が指示し切れていれば。
ーーーそして、今、槍真率いるバナナ組の色足し魔導人形と、帝亞列島の大弥戦力外の戦闘は、ギリギリの接戦になっている。
帝亞列島の視線のその先には、冷静に、かつ傲慢なまでに正確な指示を飛ばす槍真の姿があった。
「そこ、右。次は左から叩け。死んでも逃すな、剣吾。」
それは、今まで対等な連携を求め、それでも苦戦してぐちゃぐちゃになっていた、動画で見た言葉ではない。
有無を言わせぬ、王様のような強制力。
(何がこいつを変えた?俺たちはただ、自信を持てって言っただけだぞ。動画を見ても、バナナ組は槍真を悪く言う奴ではないように見えらっち。お前が一番分かっているやろって言っただけちゃ。)
数分前に大我の目の前で、陽が不安そうな槍真をみて、思ったことを外からの視点で伝えただけ。
自分達の交流がある江辻先輩。江辻槍佐がし、俺たちにしてくれたようにしただけ。
江辻槍佐は、俺たちにもそうだったが、話を聞くのが上手く誰にも分け隔てなく優しい人で、相手に合わせた指示ができる人だった。
本当に凄い人だけど、どこか影のある人だった。
優しい江辻先輩にもらったものを、そのまま返したが、先輩には伝わらなかった。
だから、槍真が江辻先輩の弟なら返せると嬉々として思ったことを伝えた。
それだけだった。
槍真もやはり、江辻先輩に憧れている。だからこそ、兄と比べて優しくないって思っているようだったが、違う。優しくないわけではない。
槍真は相手に合わせて物事を伝えるのが、向いていないのではないだけだった。
一人一人に合わせて簡単にまとめる指示っていうのは思っている以上に難しい。
槍真自身でも、相手にとって気持ちの良い話し方をするのが苦手だと言う彼に、もうそんなな考え捨ててしまえ!っと言った。
もっと自分らしく、自分が真似しやすい人の真似から入ればいいっと大我と陽で思ったことを言った。
そんなんで、槍真を嫌うチームメイトなら、猿男の名前間違えでみんな見放してる。
だから、お前なら大丈夫っと。あのチームメイトがみんないるっと伝えた。
それから、一緒に身体を動かしながら、この時はこう言う指示がいい、こうでもない、ああでもないと思ったことを思ったようにアドバイスふかせて、言っただけである。
そう、それだけであった。
(この指示の出し方……ゴリラ先生か?)
今までと180度方向変換。そう、槍真の実力が一番発揮できる方法に辿り着いたのだ。
その異変は、当然のように――もう一人の視線にも捉えられていた。
そう、ゴリラ先生だ。
ゴリラ先生は、無意識に口角を持ち上げていた。
牙を見せるでもなく、声を出すでもなく――ただ、獣が獲物を見つけたときのような、歪んだニヒルな笑み。
(……来た)
肘掛けに置いていた拳が、きゅ、と音もなく握られる。
(話が長いと、面倒なやつだと――無視されてきたと聞いている)
視線は、槍真から一瞬も逸らさない。
(探索者は気性が荒い。せっかちで、自分の感覚を基準にする。福岡は特に、ね)
槍真の指示は、優しくない。
だが、曖昧さがない。
(だから、正当な評価を受けられなかった)
ゴリラ先生は、軽く背もたれに体重を預ける。
その拍子に、椅子がわずかに軋んだが、気に留めることはない。
(そこそこ出来る。チームを組まなくても、ギリギリ探索者になれる。だからこそ、不安になる)
視線の先で、魔導回路人形が寸分違わぬ動きで応じる。
槍真の声が、戦場の“中心”として機能している。
(でもね)
ゴリラ先生は、顎に手を当て、親指でゆっくりと擦った。
(バナナ組は、評価されてないだけ)
剣吾、弓菜、魔李――
人形たちは、今の彼らよりも少しだけ“盛られている”。
だが、動きは破綻していない。
(正しく使えば、その辺の探索者に負けない)
槍真が、ためらわずに命令を切るたび、場が締まる。
(そして、槍真)
ゴリラ先生の視線が、わずかに細くなる。
(他人の未来を読む癖があるくせに、自分の伸び代だけは信じきれなかった)
拳を、膝の上で一度だけ、軽く叩く。
(――伸び代の塊でしょうが)
そのとき、ぽつりと。
誰に向けたわけでもない、小さな声が、観戦室に落ちた。
「……気付かないのは、勿体無い」
言い切りだった。
次の瞬間、再び戦場から響く指示に、ゴリラ先生はもう何も言わない。
ただ、獲物が自分で走り出したのを見守る捕食者のように、静かに、満足げに眺めていた。
――勝敗は、きっと。
ゴリラ先生は、口元を歪めて見守った。




