50.子供の頃は、闇雲にやたら喧嘩する。
朝の光が、路地裏に差し込んでいた。
剣吾、弓菜、魔李の三人は、塾へと向かっている。
6月中旬の今は、体育祭の練習真っ只中である。
普段から彼らの学校では、制服と体操服とジャージでの登下校が許されているが、指定の体操服とジャージはダサいという認識で学生の意見が一致している。
だが、3人とも制服ではなかった。
ダサい学校の体操着から制服に着替え、また塾で訓練のために、動きやすい格好として、また運動着やジャージに着替える手間を面倒くさいと考えているからだ。
それでも、弓菜はダサい服装をどうにかするために、学校指定外の薄手のジャージを羽織り誤魔化している。
剣吾はその辺無頓着で、気にせず学校の体操服姿だ。
魔李は制服に着替えなおすことが多いが、今日は弓菜に合わせて、体操服姿だった。
剣吾は昨日からの修行の疲労で、両腕と背中に大量の絆創膏を貼り付けている。
「ねえ、マリ。聞いて!ゴリラ先生の指示無茶苦茶じゃない?目隠ししながら矢を股に当てろよ!しかも動く的!見えないって言ったら、音と気配をよんで矢を的に当てろとかって!頭おかしくない?機械の気配って何よ!」
隣を歩く弓菜が、疲労とイライラを隠せない様子で魔李に愚痴をこぼした。
「目隠しされたから、的を探すために探索魔法するでしょ、普通?でも、探索魔法なんて一々かけてたら、魔力枯渇起こしちゃう!」
「魔法の矢を出すのに魔力消費大変なのに、探索魔法をかけてたら、魔力消費が激しいのよ!」
「それを言ったら、探索魔法を使わずに場所を特定すれば、良いって。何も見えないのに、こっち?あっち?って考えながら昨日なんて、冷静さを失って二時間で魔力切れよ!ほんっと!どうかしてるわ!」
弓菜の心の中は、自己嫌悪とフラストレーションで渦巻いていた。
魔李は弓菜の愚痴を聞きながら、そっと安心感を覚える。
(私だけじゃない。みんな、修行に行き詰まっているんだ……)
その会話に、少し離れたところを歩いていた剣吾がたまらず割って入った。
寂しがり屋でかまってちゃんな剣吾は、魔李にすがるように泣きついた。
「おい、マリ!ユミナの愚痴なんて聞いてる場合か!」
「俺だって、剣士なのに、急に重い盾持たされてるのおかしくない!?」
剣吾は涙目だ。
「下半身の特訓だなんて言われたけど、重すぎてフラフラしてるのに、レベル上がって、魔法やら武器やら飛んできてよ!吹っ飛ばされるし、転がされるし!酷くないか!?」
弓菜は、魔李が剣吾に取られることと、会話を邪魔されたことに腹を立てた。
「剣吾、うるさい!」
弓菜が鋭く言い放つ。
「マリは私の幼馴染みであり、私のお姉ちゃんみたいなものなんだから!私の話を聞くのが最優先!ケンゴの話を聞く暇なんてありませんー!」
「なんだと!ユミナは目を瞑ってメイソーみたいにやってるだけじゃん。そんなの、子供の頃にやるもんじゃんか!」
剣吾は弓菜の訓練を馬鹿にした。
「あんたの修行は元々、先生に馬鹿扱いされてたんだから自業自得でしょ!どうせ、また余分なことでも言ったんでしょう!」
弓菜はさらに剣吾を責めた。
(ユミナ、正解!)
魔李は心の中で、剣吾が余計な一言が原因で修行の難易度が跳ね上がったことを知っているため、冷静にツッコミを入れた。
「普通はしないわよ、おばか!」
弓菜は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「お前の普通が間違ってるんだろ!ユミナの頭でっかち!」
剣吾はさらに悪口を重ねる。
「射るわよ、バカ!」
「なにを、さるおんなぁ!」
「っ痛ぇ!?」
槍真は、制服姿で自転車に乗って追いつくと、自転車を降り、剣吾の背中にわざとぶつけた後、低い声で言った。
「おい、馬鹿と女子諸君、そんなに大声出すな。」
剣吾は自転車にぶつけられ、反射的に痛みに声を上げた。
「ユミナが気が強いとはいえ、女の子に食ってかかるな、馬鹿。マリが困ってるぞ」
槍真は、魔李が一歩引いて困っているのを見ていた。
槍真は剣吾に向き直った。
「ケンゴ。お前、盾が上手く使えなくて苛立ってんなら、塾に朝練来ればいいだろう!」
「なんだと!お前だってイライラしてるくせに!」
剣吾が反論する。
「そりゃイライラもするさ。俺の学校、朝登校が少し遅めな分、遠いのに、態々遠回りをして塾に来た上、朝練をしたからな」
槍真は頭を掻いた。
「はぁ!?遠回りして朝練!?」
弓菜と剣吾が同時に声を上げ、弓菜は続けた。
「ソウマくんの学校って、うちの学区外で遠いじゃない。なのに、態々遠回りして塾で朝練をするために通ったの!?」
魔李は驚きながらも、すごいね、ソウマくん!と素直に感心した。
槍真は魔李に褒められ、顔を赤くして、そっと顎を引いた。褒められ慣れていない槍真は、回りくどい言い訳を始める。
「別に、すごくない」
槍真は視線を逸らし、すぐに言い訳を始めた。
「うち、家の敷地が広いから、昔から朝早い朝練はしていたし、自転車で来るのも体力増強のトレーニングになるから……。それに、正直、色々思うことも、イライラすることもあるけど、俺がちゃんと指示できないと、君たちに怪我させるから。俺が一番しっかりしなきゃならないんだよ」
剣吾と弓菜は、槍真のこの照れ隠しの言葉に、口論を忘れ、一瞬言葉を失った。
「もー、ソウマったら!」
弓菜は笑いながら、槍真の背中を軽く突く。
「なんだよ、お前。かっこつけやがって!」
剣吾も楽しげに槍真の頭をわしゃわしゃと撫でた。
魔李もクスッと笑いながら、ソウマくん、ありがとうと心から感謝を伝えた。
中学生らしいわちゃわちゃとした楽しい会話を弾ませながら、四人は塾へと足を速めた。




