ゴリラ裏外伝 お説教はいくつになっても怖い物
ダンジョン塾の塾長室。
夕暮れが差し込む窓際で、塾長は机に腰かけ、冷めかけた紅茶を一口すする。
扉の前で、なぜか妙に小さなノックの音がした。
塾長の柚須玄真は、長年の付き合いから、すぐ相手が誰かを理解して入室するよう声をかける。
「……失礼しますっ」
妙に小さいノックとは違い、扉が外れるのではないかと思うほどの勢いで入ってきたのは、例のゴリラな塾教師だ。
いつもなら胸を張って堂々と歩くのに、今日は肩を縮こませていた。
それを見ただけで塾長は察する。――ちゃんと今日のことは、ダメなことで、怒られると分かっていてやらかしたな、と。
昔からこのゴリラは変に気が弱いところがあり、途中でしまったと立ち止まるかっと自問自答しているはずなのに、なぜかブレーキではなくアクセルを踏む、考える脳筋なのである。
塾長である柚須玄真は、ため息をつきたくなるを飲み込み、静かに彼女を呼ぶ。
「……リラちゃん」
ぴたり、とゴリラ先生が固まった。
柚須玄真と合流のあるものは知っている。彼が、子供を呼ぶように静かにあだ名で名を呼ぶときはお説教が始まる合図だった。
柚須玄真とゴリラは昔から付き合いのある2人で、ゴリラの暴走はいつも柚須玄真によって止められるものであった。
「は、はいっ!」
ゴリラの返事はまるで生徒のようで、背筋を伸ばし、机の前に直立不動で立つ。
塾長は紅茶を置き、指先で机を「コン、コン」と静かに叩き始めた。
その一定のリズムが、じわじわとゴリラの心を締め付けていく。
「……今日、君は何をしましたか?」
「えっ、えっと……その、えへへ……」
ゴリラは誤魔化そうと目をキョロキョロと泳がせ、笑みを浮かべようとするが、すぐに引きつる。
ゴリラが誤魔化そうとするたびに、柚須玄真の目は細くなる。しかし声は穏やかだった。
「子どもたちを、道端で勝手に捕まえましたね」
「び、びくっ……」
ゴリラは目付きと声の態度の違いに肩が震え、顔が強張る。昔から隠し事の苦手なゴリラは、口で今の自分の状態すら擬音語で話してしまうほどバカ素直である。
ゴリラの返答で、柚須玄真はこのまま話を進めることを決めた。
「そのまま抱えてここに運び込んだ。……違いますか?」
「そ、その通りであります……!」
逃げられないと悟ったゴリラは、思わず軍人のように返事をしてしまい、青い顔から赤面する。しかし、表情はイタズラをバレて叱られている子供のような顔をしている。
柚須玄真は、「コン、コン」と指で机を叩きながら、言葉を重ねていった。
「子どもたちは驚き、泣きかけていました。あれでは拉致と変わりません」
「む、むむむ……」
ゴリラは反論しようとしても言葉が出ない。口を開けば「むむむ」としか出てこなかった。
柚須玄真は静かに首を振る。
「リラちゃん。君は、いつも勢いばかり先走る」
「……」
「悪気がないのは分かっている。だが、子どもたちにとっては恐怖だ。信頼を築く前に、恐怖を与えてどうする」
「むむむ……」
ごりらは唇を噛みしめ、まるで父親に叱られた娘のように縮こまる。
普段の豪快さはどこへやら。目尻が潤み、鼻をすする音が微かに響いた。
塾長は「コン、コン」と机を叩き続ける。
「君の情熱は評価している。生徒を信じて伸ばそうとする心意気も、立派だと思う」
ゴリラの顔が少しだけ明るくなる。
だが次の言葉がすぐに落ちる。
「しかし、手段が乱暴すぎる」
「び、びくっ!」
リラ先生は直立のままビクビクと揺れた。
「君は大きな体をしている。声も大きい。腕力もある。その姿で子どもたちに飛びかかれば、どう見えると思う?」
「……お、お化け?」
柚須玄真は塾長の顔で冷ややかに返す。
「野生の凶暴ゴリラです」
「うぐぅっ!」
ゴリラは胸を押さえ、両手を地面に突き肩を落とした。凶暴な、ゴリラっと今日一番ショックを受けた顔をした。
柚須玄真はふっと小さく笑みを見せ、この頼りないゴリラに少し呆れと面白さがで始める。
それから真剣な目で見つめた。
「リラ先生。君は教師だ。子どもを守り、導く立場にある」
「……はい」
「だからこそ、恐怖ではなく安心を与えなさい。……いいですね」
「……む、うむ、かしこまりました。」
ゴリラは涙目のまま、首を小さく縦に振る。
柚須玄真は机の「コンコン」を止め、深く息を吐いた。そして、説教をやめ、塾長の顔をやめ、力無くくしゃりと笑みで顔を崩す。
「全く……君には手を焼かされる」
その声は、叱責というよりも、どこか父のような温かさを含んでいた。
ゴリラは鼻をすすりながら、子どものようにぼそっと呟く。
「で、でも……わたし、子どもたちのこと、すっごく気に入ったんです。あの子たち、きっと伸びます! 絶対です!」
柚須玄真は少し黙り、やがて小さな笑みを浮かべた。
「……それは、私も同じ気持ちですよ」
「えっ……」
思わず顔を上げるゴリラ。その目はキラキラ輝いていた。
塾長は立ち上がり、肩に手を置く。
「だからこそ、君の暴走を正さねばならない。……分かりましたね?」
「は、はいっ!」
リラ先生は大きく頷く。
穏やかな空気が塾長実に漂う。
ゴリラはその空気に、お説教中とは違い、力強く笑う。
「……私の生徒たちを、しっかり育てて、きっと世界に名を轟かせてやります。」
いつもの元気なゴリラの姿に、柚須玄真はいつ見ても復活が早いと呆れる。このままであれば、尾は引かないなぁっと苦笑をして彼女を見ていた。
その時だった。
「きっと世界的に有名になる生徒ら、バナナ組!!きっと世界ですぐ注目を集めます。いいでしょ?」
バナナ組、バナナ組、良い名前でしょう?バナナ組。っと浮かれたように顔に朱が刺し、子供がぬいぐるみに名をつけたような笑顔で、ゴリラは柚須玄真を見た。
塾長の顔で、柚須玄真は無言で「コン、コン」と机を叩いた。
どう説教すればこの子は、突っ走らないを覚えるのであろうか?
「びくっ!!!」
ゴリラは柚須玄真の静かな怒りにまた固まった。
そして――
「む、むむむ……」
結局、最後まで言い返せずに、説教が再開し、子どものように縮こまるのだった。