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「長所すぎる」欠点


ここはダンジョン塾仲原校の弓用トレーニングルーム②。


静かな一室に、弓を引く弦の音だけが響く。


しかし、矢が的に刺さる乾いた音はなく、代わりに壁や床にぶつかる鈍い音が響き、的に当たっていないことがよくわかった。


弓菜は目隠しを乱暴に外し、床へ投げ捨てる。彼女の額には、体力の消耗と精神的な疲労からくる汗が滲んでいた。


顔を上げると、部屋の入り口にゴリラ先生が立っていた。


弓菜は、先生が部屋に入ってきたことを、微かな足音で理解した上で、わざと手を止めたのである。



「もぉおお!当たんないし、きついー!」



弓菜は思わず弓を床に放り出し、しゃがみ込んだ。その瞳は涙で潤んでいる。


ゴリラ先生は、弓菜の様子を「うんうん」と納得したように頷くと、そのまま踵を返し、トレーニングルームから出て行こうとする。


「待って、ゴリラ先生!これ、本当に人間ができることで合ってる?無理じゃない!?」


弓菜は、的に一つも刺さらず、霰のように無秩序な方向に飛んでいる矢たちを指差し、必死に叫んだ。


ゴリラ先生は立ち止まり、腕を組み、弓菜をまっすぐ見つめた。



その無表情には、一切の甘えを許さない真剣さが宿っていた。



「一流の弓使いは必ずできることだ。君が逃げてもいい。修行を放棄する自由はある。」


「ーーだが、他のチームメイトは着実に前に進んでいるぞ。置いていかれても、先生は責任を取れないからな。」


その厳しい言葉に、弓菜はムッとしつつも、思わず「はぁ」と大きなため息をついた。


「それに、弓菜には体力増強のトレーニングも並行して課されている。ぐずぐずしていると、周りに頭一つや二つ置いていかれるぞ。」



その言葉を聞いた瞬間、弓菜は、自分がこの「無茶な」修行を課されることになった、数日前の教室での授業を思い出していた。



剣吾の盾の修行が始まったばかりの頃、ゴリラ先生はバナナ組の四人を教室に集めていた。


「剣吾の課題は前も話したが、重心の矯正と体幹下肢の筋力増強のトレーニング。」


「では、他の仲間の話に移ろう。弓菜、君の課題はなんだ?」


ゴリラ先生の問いかけに、弓菜は腕を組み、真剣な顔で考えた。


「ええと、一番はやっぱり体力不足かな……。探索が長引いたり、連戦になると、弓を引く指の力が持続しないし、やっぱり後半になると死亡率も高いし、何より軌道がきれいじゃない。」


弓使いにとって致命的な課題を、弓菜は正直に認めた。ゴリラ先生は頷き、他のメンバーに視線を向けた。


「他には?」


すぐに口を開いたのは、情報処理のプロである槍真だ。彼は人差し指を立てて、興奮気味に話し始めた。


「ユミナは多分、視力も良すぎるんだ。前、目標が遠すぎて、俺らが発見できなかった魔物を、ユミナが即座に発見したことがあるだろう?あれ、すごいんだよ。と言うより、凄すぎる。僕は米粒サイズでも見えなかったからね!でも、そのせいで、広すぎる視野に一気に来る情報量に対応できていない。つまり、ユミナは……」


槍真がくどくどと説明を続けようとするのを遮り、弓菜が叫んだ。


「もっと簡単に言って!」


剣吾と魔李は笑いを堪える。槍真は少しムッとした顔で「つまり、情報処理が下手で、マルチタスクでパニックになる!」と言い直した。


次に、魔李がおずおずと手を上げた。


「あの……、さっきユミナ、スポンサー契約の話を盗み聞きするために、ゴリラ先生に弓スキルの盗音魔法を使ったでしょう?あの時、私、思い出したんだけど、、、。」


魔李は、弓菜とゴリラ先生に視線を交互に送りながら、小声で続けた。


「魔法使いの魔法と違って、武器のスキルは、一定以上の身体能力が必要になるんだって。だから聴力が良くないと盗音魔法は成功しないって、魔法の本に書いてあったの。」


「だから、弓菜は視力だけじゃなくて、聴力もすごく良いんじゃないかなって……。ダンジョン内で物音に敏感すぎるのも、そのせいなのかも……」

魔李は自信がなさそうにだんだん小さく説明を行う。そこにゴリラ先生は、よく知っていたな正解だっと魔李をほめる。それに照れたように笑う魔李。


弓菜は、自分の優れた感覚が、実は足枷になっているという指摘に戸惑い、首を傾げた。


「私、遠見のスキルも持っているわ。目も耳も他の人より良いのは、欠点なの?」


ゴリラ先生は、黒板に弓菜の名前を丸で囲みながら、静かに言った。


「長所も短所も紙一重だね」


先生は、弓菜の持っている資質と、技術、そして性格を分析し始めた。


「視覚、聴覚が良いことは、弓使いとして最高の資質だ。また、君が風属性魔法を併用した弓の早打ちが得意な技術者であることも知っている。その技術も高い。風属性の弓使いは魔物によるが、利点の方が多い」


弓菜は褒められて少し得意げになるが、先生の次の言葉で表情が引き締まった。


「しかし、君の長所である優れた感覚から入ってくる膨大な情報を処理し切れていないのが、一つ目の欠点だ。」

「そして、君は性格上、出来ることは自分で処理しなくてはと力が入りすぎて、周りが見えず、魔物ばかりをターゲットにしている。そのせいで仲間との連携が出来ていない」


先生は、弓菜がすぐに魔物を処理する能力は単独戦闘では重要だと認めつつも、弓菜の真の才能はそこではないと指摘した。


「風属性の弓使いは、単独戦闘よりも複数戦闘の方が向いている。君が持つ速さを武器にするには、持久力が必要だ。だが、君は速さを優先してきたから、当然、持続力(体力)が育っていない。それが二つ目の課題だ」


弓菜は、反論の言葉を見つけられずに、ただ黙って頷いた。


自分の問題点が、根こそぎ指摘された気がした。


「さて、欠点がわかったところで、次はそれを克服するための環境に移るよ」


ゴリラ先生は立ち上がり、バナナ組を連れて、塾の隣にある大きな建物へと移動し始めた。

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