バカは単純に力をつける
柚須ダンジョン塾仲原校の道場には、激しい打撃音が轟いていた。剣吾の修行は、道場に響き渡る怒号と打撃音で、壮絶さを極めていた。
剣吾の主武器は剣。だが、身長の急成長で重心がぶれてしまい、剣の素振りばかり続けたせいで、上半身だけ力の使い方がアンバランスになっていた。
ゴリラ先生が彼に課したのは、剣ではなく、重い盾を使った体幹強化だった。
「腰が高いッ!」
ゴリラ先生の怒号が道場に響く。それは、もう何十回と聞いた言葉だった。
剣吾は反射的に腰を落とすが、重い盾に押され、足がずるりと滑った。そのまま盾は転がり、後ろに盾と床に尻もちをつき、床にガランと鈍い金属音と尻もちを付くドンと音が響く。
「いっっってぇぇぇぇ……!」
思わず叫んで尻を押さえる。その横で、ゴリラ先生は腕を組み、静かに剣吾を見下ろしていた。静かすぎて、逆に怖い。
「……剣吾。」
「は、はいぃ……」
「盾は座布団じゃない。それに、尻で衝撃を逃すな。盾で受け止めろ。」
盾が使い方が違うと嘆いてるぞっとゴリラ先生が言うと、剣吾は盾の持ち手を握る。
6
「上半身に頼りすぎだ。」
「……すみません。」
「立て。」
ゴリラ先生のその声に感情は乗っていない。冷たい声に、剣吾は反射的に飛び上がった。
盾を構え、深呼吸する。腰を落とし、重心を意識する。これで完璧――そう思ったのも束の間。
「構えだけは良いな。」
「やった、褒めら――」
「だが、動きが遅いッ!」
ドガァン! 盾に衝撃が走る。
先生のグローブをした拳は、トラックとトラックがぶつかったような音を立てた。
ただのパンチではないっと剣吾は思うが、ゴリラ先生の拳にはまだ魔力は込められていない。
恐ろしいことに、純粋な打撃なのだ。
しかし、剣吾は腕がしびれ、脚が勝手に後退る。
「うあああああッ!? ま、待って、待って、鬼ゴリラ先生! 怖いよー! 重い重い重いぃぃ!」
「泣くな、盾は泣かない!」
「泣いてるの俺ですぅ!」
その一拍後、ゴリラ先生の眉がピクリと動いた。
「……今、鬼、って言った?」
ゴリラ先生は、表情一つ変えず、静かに剣吾を見下ろした。静かすぎて、逆に怖い。
「い、いえっ! ご、ゴリラ先生って、すっごいパワーだなって! 鬼なんて言ってないですよ!ゴリラ先生はゴリラだからっ悪口じゃないでしょう?敬意っす! ゴリラ=強い、みたいな!」
「ふぅん。」
ゴリラ先生は盾の上に乗るようにして、軽く前傾になる。そのまま低い声で言った。
「君が“女性”に向かって言った言葉だけれども、先生、ぜんっぜん怒ってないからね?……特に、鬼って言ったのごまかされないからね?口は災いの門だよ、ね?」
「……先生、笑ってますよね!? 目が笑ってないですけどぉぉ!?」
ガンッ! 再び盾に衝撃。床の板がミシリと鳴った。剣吾は必死に耐えるが、両足が震える。
「ほら、足が浮いてる。腰が逃げてる。防御の基本は、上半身の力を下半身に流して地面に固定することだ。」
「逃げるな、耐えろ。それができていないから、お前は剣を振っても踏ん張れないんだ。」
「先生ぃぃ……俺、剣士なんですってぇ……! 盾とか向いてないってぇ……! 先生の得意武器だろ、これぇぇぇ!」
余計なことを言って怒られてはいるが、剣吾のボヤキは続く。そのボヤキすら、軽くいなすゴリラ先生。
「お前の下半身や体幹を鍛えるのには、剣より盾のが有効的だよ。盾で衝撃を受け止めることで、身体の軸を強制的に意識させる。」
「いや、それ、何回目の説明ですか!?」
「二十七回目だ。さっき数えた。」
「数えてたんですかぁぁ!?」
その瞬間、再び盾に拳が突き刺さる。ドンッと音が鳴り、剣吾は一歩、二歩と下がる。汗が目に入り、視界がぼやける。
――でも、足だけは――踏みとどまっていた。
「ほぅ。今のは倒れなかったな。」
ゴリラ先生が、初めて明確な評価の言葉を口にした。
「い、今の俺、結構すごくないっすか!?」
「調子に乗るな。次は倍の強さでいく。」
「うそだぁぁぁぁぁッ!?」
息を吸い込む音が聞こえたかと思うと、ゴリラ先生の影が跳ねた。拳が空を切る音が、耳の奥で鳴る。
「うおおおおおおッッッ!」
剣吾は叫びながら盾を構える。全身の筋肉が悲鳴を上げる。腕が焼けるように熱く、脚はもう感覚がない。
――それでも。
(倒れたら、終わりだ……! 倒れたら、また一から説教だ……!)
歯を食いしばる。盾の角度をわずかにずらし、先生の打撃を斜めに受け流す。ズンッ、と地面を踏む足が鳴った。初めて、衝撃を地面に逃がせた感覚があった。
「……今の、流したな。力じゃなく、技術でいなした。」
「っは、はぁ、はぁ、当たり前っすよ! 俺、素直な馬鹿なんで!」
先生はふっと口角を上げた。
「よし。そのままの馬鹿でいなさい。考えるより、動け。」
剣吾は、肩で息をしながら笑う。顔は真っ赤で、髪は汗に張りついていたが、その瞳だけは、剣のようにまっすぐだった。
「……先生。」
「なんだ。」
「次、もう一発ください。今なら、もっと上手くやれる気がする。」
ゴリラ先生はゆっくりと拳を握った。
「よく言ったな、剣吾。」
道場に轟く轟音は、その日も夜遅くまで続いた。
剣吾の盾が、先生の打撃を受けても倒れなくなるのには、そこから三週間以上を要した。
遅くなりました。修行編を書いてた話より急遽前に持ってきたので、話を書くのに時間がかかっています。ご迷惑をおかけしますが、すぐにできるだけ1日1話更新を今月までは目ぜして頑張ります。




