弱点を知るのは大人でも怖い。
机に突っ伏していたゴリラ先生が、シャキッと顔を上げて立ち上がった。
まるでスイッチが切り替わったかのように、さっきまでの駄々っ子のような様子は消え、その顔つきはプロの講師のものへと変わっている。
「ゴリラ先生、授業の交代は、もう宜しいのですか?このまま、私が授業を代わりましょうか?」
駕与丁澪が心配そうに声をかける。しかし、ゴリラ先生は小さく首を振った。
「大丈夫です。もう考えはまとまりましたし、問題はありませんから。」
その言葉に、澪はそれ以上は何も言わず、玄真と顔を見合わせ、そっと頷き合う。二人は教室の後ろから、静かに見守ることにした。
ゴリラ先生は、子供たちをゆっくりと見渡すと、黒板の前に立った。
「――さて、今日の課題に入ろうか」
子供たちが姿勢を正し、一斉に視線を向ける。
先生は机の上のノートを軽く叩きながら、穏やかな声で続けた。
「最初に言っておくね。先生は“答え”を教えるつもりはない。先生から見て気づいたことを“こう見えたけど、どう思う?”って投げるだけ。答えは自分で見つけること。そうじゃないと、来週から始まる修行は形だけで終わってしまうから」
まぁ、間違った方には行かないように、訂正もするから、あまり変に緊張しすぎたりは大丈夫だよ。っとゴリラ先生は少し微笑みながら話を始める。
バナナ組の四人の顔に、適度な緊張と真剣なものとなる。
「じゃあ、弓菜からいこうか」
名前を呼ばれた弓菜が小さく肩を震わせた。
ゴリラ先生は微笑み、安心させるように手を振る。
「さっきも言ったが、そんなに怖がらなくていい。ただの確認だから。――弓菜の課題はね、仲間の動きが“見れていない”ように見えるんだ」
「……っ」
弓菜は唇を結び、視線を落とす。自分でも自覚はあった。訓練場所では、動かない的だけでなく、動く的での命中力は悪くない。
風邪魔法のまとった相棒の和弓の腕前は、矢を一本ずつ引くのであれば、大人にも引けを取らないと言われていた。
しかし、チームを組むと、仲間の動きに気が散ってしまい、敵の動きが読めなくなる。
それが、チームでの戦闘でいつもボロボロになる原因だと、弓菜自身も気づいていた。
「でも理由はいろいろ考えられるよ。周りの動きが読めていないのか? 読めているけど自分の動きを合わせられていないのか? あるいは、合わせられるけど体力的に余裕がないのか……。まだまだいろんな原因の可能性はあげられるけど、弓菜自身はどう思う?」
問いは柔らかいが、逃げ道を与えない。弓菜は小さく息を呑み、考え込んだ。
「今すぐ答えは出ないよね?別にいいんだよ。今答えられる答えが考えつかなくてもいい。ただ、考えてみて。何も考えずに無闇に修行しても意味わないからね。」
ゴリラ先生は優しく笑い、次へと視線を移した。
「次は槍真」
「……は、はい!」
槍真は今回のゴリラ先生の指摘はきつめだなっと、弓菜の様子を見て、背筋を伸ばし、緊張した声を出す。
「君は実力的にはこのクラスで一番のようだ。槍に関しては、取り敢えず今は、このまま実力をつけていけば良い。」
「そんなことよりも、君の課題は“伝えること”だよ。意見や作戦を仲間に伝えられてないね。意見は簡潔にまとまっていると思う? それとも、聞いてもらえるような工夫が足りないのかな? 発言のタイミングそのものが悪いのか? ――どうだろう、動画を見直して比べてごらん」
ゴリラ先生の声は、穏やかそうに聞こえる。だが内容は受け入れるにはきつい言葉も多い。
「……自分の中では、伝えてるつもりだったけど」
ゴリラ先生の言葉に、ちょっと悔しくなった槍真は思わず、自分の思いが漏れ出て、眼鏡を掛け直しながらいう。
「うん。“つもり”では伝わらないこともある。というより、伝えているつもりだったというのなら、問題は深刻だよ。動画を見直そうな。そうすれば、何が足りなかったのか自ずと見えてくるはずだよ。それでも分からないなら、分かるまで話をしよう。」
ゴリラ先生の指摘はやはりきついものである。槍真は悔しそうに拳を握った。
槍真には一人で生きて帰ってこられる実力があるし、スライムも数匹であれば初めから狩ることができる。
それだけに、チームでハブられ、仲間との戦闘に慣れていないことを自覚させられるのは、大きなショックだった。
「次、魔李」
「は、はいっ」
魔李らもうすでに泣きそうで、震える小さな声で返事をする。
彼女の課題は、自分でもわかっていた。
「貴女の魔法、どう思う? 威力は十分? 援護は? 攻撃は? 実際に戦ってる時と、動画で見た時で違いはあった?」
魔李ははっとして、うつむいた。
「……違いました。動画で見ると、威力が落ちてたり、援護が遅れてたり……」
魔李は小さな頃、魔法を失敗して、手に火傷の痕が残った。
それが今もトラウマとなっており、魔物を前にすると、魔法を今また失敗したら?死んじゃう?怖い!っと恐怖からパニックを起こすことが多かった。
「そう。実感と客観にはギャップがあるよね。そこに気づけたのは大きいよ。魔李のいいところだ。」
褒める言葉があることに、驚いた魔李はいつのまにか下を向いていた視線を、ゴリラ先生に向ける。
「魔李は自信のなさから魔力を身体で見出している。それがわかっているなら、貴女は次の段階に行きましょう。」
「魔李は、明日からの修行を行います。まずは魔法を怖がらずに楽しもう。取り敢えずまずは、ひたすら魔法を避けて、当たらなければ魔法は怖くないことを覚えよう。」
「また、恐怖を抑えるために、トラップ魔法の練習もしよう。魔物や敵を足止めし、自分の得意な攻撃を行えるようにするために。また実践と同じ量の運動を実践形式で訓練する。魔法がうまくいかなくても、それを避けるだけでも力になるからね」
魔李は真剣に頷いた。
「最後は剣吾」
「お、俺か……」
「君は、この間から特訓をいち早く始めているけど……動画の中の自分はどう? できてる? できてない? 何が足りなくて、何ができているのか、見極められてる?」
「……わかんねぇ」
剣吾は頭を掻いた。ゴリラ先生は笑って肩をすくめる。
「分からないなら、それを自覚するのも一つの答えだよ」
ここで、弓菜が驚いた声を上げた。
「え、ケンゴ、もう特訓始めてたの!?」
「おう。この間さ、余計なことゴリラ先生と玄真塾長に言って居残りになっただろ? あの時、俺だけ課題がちょっと違うって言われてさ。居残り授業じゃなくて、修行の……なんだ、チュートリアル? みたいなのやったんだよ」
「なるほど……」
槍真が感心したように呟く。
ゴリラ先生はそこで口を挟んだ。
「まぁ、他の子より理解できるか不安だったからね。」
お茶目に揶揄うゴリラ先生に、剣吾は先生ーっと名前を呼んで抗議する。しかし、すぐ真面目な表情をして話出す。
「そう。剣吾の場合は身長の急成長で身体のバランスが崩れていたから、基礎の立て直しが先だったんだよ。基礎が崩れたままじゃ、応用なんてできないからね」
それから槍真に視線を向け、声を引き締める。
「槍真も、もう身長が伸び始めてる。基礎固めのトレーニングはきついよ。覚悟しておきな」
「……っす」
槍真は唇を結び、力強く頷いた。
先生は満足そうに頷き、手を叩いた。
「よし。今日の課題はこんなところ! 欠点、利点、得意、苦手――全部書き出して、それを仲間と照らし合わせること。それが、来週からの修行で力になるんだ」
四人は真剣な顔でノートを開き、今の自分と向き合おうとしていた。
その様子を、教室の後ろから見守っていた玄真と澪は、目を合わせて小さく頷き合う。
二人は音を立てないように扉を開け、そっと教室を後にした。




