鍋はしっかり煮ると美味しい
スポンサー契約が保留となり、バナナ組の面々はどこか安堵した表情を浮かべていた。
しかし、その安堵は、一人の少女の強い意志によって打ち破られた。
「あー! 先生に言わなきゃって思ってたの!」
弓菜が勢いよく立ち上がり、先生に詰め寄る。その瞳には、強い不満が宿っていた。
「こんなに動画が再生されるなら、コードネームを仮のままなんていや! 私、もうバナナ女や猿女って呼ばれるのなんて嫌!」
よほど、友人や弟に「猿女」と言われたのがよっぽど嫌だったらしい。
彼女の真剣な言葉に、原因となった剣吾はバツが悪そうに俯いた。
そんな弓菜の言葉を受けて、玄真が口を開く。
「そういえば、槍真くんと魔李くんは決まっていたんだっけ?」
玄真に問われ、魔李は少し恥ずかしそうに「名前の文字からスモモです」と答え、槍真は冷静に「僕も、スピアっと真でスピマにしました」と告げる。
「お前はまだ決まってないんだろ、ケンゴ」
槍真に言われ、剣吾はバツが悪そうに口を尖らせた。
前回の授業で「中二病全開の名前を出し大会を行い却下されて以来、彼は「バナナ男」という不名誉なあだ名で呼ばれ続けている。
「私、名前を変えます!」
弓菜は、これまでの躊躇を振り払うように宣言した。
「本当は……伝説の冒険者チーム、語り部のホークヴェルから取って、“ホークユナ”にしたいの」
憧れを口にする弓菜に、仲間たちが息をのむ。しかし、すぐに彼女は自信なさげに俯いた。
「でも、ホークヴェルは伝説の弓使いで、すごく……すごい人だから。そんな人の真似なんて、私なんかじゃ……」
その不安に満ちた言葉に、ゴリラ先生が顔を上げ、真剣な眼差しで弓菜を見つめた。
「弓菜の弓の才は本物だよ。ホークヴェルに恥じないから安心なさい。それでもと言うなら、強くなればいい。先生はできると思うぞ。」
その力強い言葉に、弓菜の顔がぱっと明るくなる。
「いいじゃん、ユミナ!」
魔李が声を弾ませ、槍真も「ホークユナか。格好いいな」と頷いた。
仲間たちの後押しに、弓菜は嬉しそうに頷いた。
すると、それを見ていた剣吾が、勢いよく立ち上がった。
「よし、じゃあユミナが1人じゃ心細いだろうから、俺も、冒険者チーム語り部のリーダー、桃太郎から名前取って“剣太郎”にするわ。」
剣吾の言葉に、その場の空気が一瞬固まる。
「いや、桃太郎は盾使いだろ!?」
槍真が冷静にツッコミを入れ、魔李も「全然違うよ、ケンゴ」と続いた。
「盾使いの桃太郎は、剣とは違うんじゃないかな……」
弓菜の言葉に、剣吾は「ええーっ!」と叫んで頭を抱えた。
そんな子どもたちのやり取りを、ゴリラ先生は机に伏せたまま聞いていた。
「……まぁ、桃太郎は鞭も使ってたぞ」
ゴリラ先生がポツリと漏らした言葉に、子どもたちは目を丸くする。
「えっ!? なんでそんな細かいこと知ってるの!?」
槍真が驚いて尋ねた。
ゴリラ先生は、少しだけ身体を起こすと、苦笑いを浮かべて答えた。
「私は、フラフラ旅をするのが好きだったから、上京して冒険者してた時期がある。ちょうど同時期に語り部は活躍していたからな。」
少し懐かしむように、ゴリラ先生は語る。
「東京の上級ダンジョンのある程度深い階層に潜っていた者たちなら、知ってる者は多い。受け身な剣吾の剣と、盾使い桃太郎の鞭は、受け身中心だから似てるかもな」
そう言って再び机に突っ伏した。
(チーム語り部の桃太郎やホークヴェルから名前ねぇ。そうか、これが語り継がれるってことかぁ……)
ゴリラ先生は、心の中で呟く。子供達のキラキラした目や、すごい!っという言葉は、優しく鼻歌のように耳をくすぐる。
(うん。そうだよね。私ばかり逃げて、子どもには気を遣われて……うん。よくないなぁ。そっかぁ、狐や狸に会うのは嫌だなぁ。でも、子どもたちのためにはなるね)
芯の底から、狐や狸の相手をして勝算などない。だからこそ嫌だと思うが、それでも、大切なものを成長させ、守るためには、そうするしかなかった。
彼女は、再び静かに呟いた。その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「……狐鍋も狸鍋も美味しいらしいけど、ゴリラは食べても美味しくないし……うん、負けないように頑張るかぁ」
その言葉の意味を理解できる者など、ここには誰もいなかっ




