受けた恩は倍に返す。
ゴリラ先生の投げやりな提案に、教室の空気が変わる。子どもたちは、自分たちが下す結論が、この後の未来を大きく左右するのだと直感していた。
「……で、どうなの。スポンサーなんて欲しい?」
机に突っ伏したままのゴリラ先生に代わり、玄真が再び問いかける。その視線は、バナナ組の面々を静かに見つめていた。
「わ、わ、私は……っ、欲しいです!」
吃りながらも、魔李が口火を切った。
普段の引っ込み思案な彼女からは想像できない、強い意志がこもった声だった。
彼女の瞳は、これからの成長への期待に輝いていた。
守護魔法や支援魔法が得意な魔李は、これまで魔物討伐の際に、自分だけが直接的な攻撃に貢献できていないことに、ひそかに焦りを感じていた。
「もっと、もっと強くなりたいです。ナガスミテクノロジーがスポンサーになってくれたら、私の攻撃魔法も、もっと威力を増すはずです。そ、そしたら……みんなが、少しでも楽に魔物狩りができるようになると思うんです」
彼女の言葉に、弓菜が頷く。
「魔李の言う通りよ。ダンジョンはいつだって危険だもの」
弓菜は、憧れに近づくために、もっと強くなりたいと強く願っていた。そのためには、道具の力も不可欠だ。
「強い装備があれば心強いし、それに……いつだって命がけなんだから。少しでも生存確率を上げるためにも必要だと思うわ。それに、弓や弓魔法の補助道具も、もっといいものが欲しいし……」
弓菜の言葉は、これまでの彼女からは考えられないほど、現実的で真剣なものだった。
「僕も欲しい。力を伸ばすチャンスだ」
槍真が冷静に、しかし強い意志を込めて続ける。
彼は、このスポンサー契約が、自分たちの戦力を最大限に増強できる好機だと考えていた。
「大手のスポンサーがつけば、最先端の武器や防具、魔法回路が手に入る。ダンジョンで得た経験を、最大限に生かすには、道具の力が不可欠です。スポンサー契約は、それを手に入れる一番の近道だと思います」
三人の意見は一致していた。しかし、剣吾だけは沈黙を守っていた。
「……剣吾君は、どう思うんだい?」
玄真が問いかけると、剣吾はゆっくりと口を開いた。
「俺は……ゴリラ先生が嫌がるなら、いらない」
「「「え?」」」
その言葉に、三人が驚いて剣吾を見る。
「なんでだよ、ケンゴ!」
槍真が思わず声を荒げた。
「だってよ……俺たちは先生に会って、強くなれたんだ。塾追い出されて、先生に拾ってもらって、SNSでこんなに有名になった。それに俺はマンツーマンで修行もしてもらったから、強くなったと思う。」
「でも、それって全部ゴリラ先生のおかげじゃん。今探索者になる為の準備全部。」
剣吾は、ゴリラ先生に教わった修行の日々を思い出す。それは、ただ強くなるための訓練ではなかった。
自分を信じてくれる人がいる、という喜びと、その期待に応えたいという気持ち。それは、スポンサー契約では手に入らない、かけがえのないものだった。
「俺は、先生が面倒なことに巻き込まれるのが嫌ってんなら、俺たちとスポンサーが契約すれば、先生も色々言われるかもしれない。」
「他のみんなは大丈夫でも、俺は頭良くないバカだから、スポンサーの人に、先生が黙っててほしかったこととか、言っちゃうかもしれないし……」
剣吾は、俯きながらも、まっすぐな声で続けた。
「みんなの気持ちも分かるからさ、俺は取り分少なくていい。武器交換も最低限でいい。俺、とにかく、先生やお前らを困らせたくない。だから、いらない」
彼の真剣な言葉は、教室の空気を一変させた。
魔李、弓菜、槍真は、何も言えずに剣吾を見つめる。
彼らが考えていたのは、自分たちが強くなること。し
かし剣吾は、自分たちの成長よりも、ゴリラ先生を守ることを優先していた。
数秒の沈黙の後、弓菜が小さく呟く。
「……そう、ね。今のところは、保留にしましょう」
魔李と槍真も、静かに頷いた。
「保留、だね」
「うん」
その結論に、机に伏せていたゴリラ先生が、子どもたちをちらりと見て、少しだけ身体を起こした。
彼女の表情は読み取れない。しかし、その耳が、子どもたちの議論を真剣に聞いていたことは、明らかだった。




