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醜い心は顔に滲み出る。

「柚須塾長は、本当に生徒想いだと評判ですね。最近では、バナナ組だけでなく、4年生の後方支援チーム緩風ゆるかぜの調べや2年生の帝亞列島ダイアレットウさんなどの、複数のチームに対してのスポンサーを募っているとか?」


沙綾の言葉に、玄真の目は一瞬だけ鋭くなった。バナナ組は分かりやすく動画にしているので、簡単に見破られて問題はない。だが他の生徒チームのスポンサーの話はまだ公にはしていない。


どこからか情報が漏れているのか?予想か?


玄真はゴリラ先生から沙綾のことを、短慮の癖に、なんでも知りたがり、相手の気持ちなんて二の次の上部だけ情報屋気取りのクズ女と聞いていたので、ここまで塾のことを調べていることに少し驚く。


だが、この場で探りを入れられているのは、予想できないわけではない。


玄真は、何事にも余念なく、用意周到に準備を進めることが得意である。


自分の顔の良さを全面に出した笑顔で応える。


「ええ。より良い学習環境を整えるために、様々な可能性を探っていますよ。」


玄真のこの顔は、感情を読み取らせない戦略で、相手が女性なら簡単に赤面し、相手がこちらのペースに巻き込まれるのだが、沙綾はその顔を見て、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした。


玄真は見逃さず、悟られないように警戒心を高めていた。


そのとき、海翔が口を開いた。

「ナガスミテクノロジーさんは、ダンジョン塾仲原校自体に支援したく、スポンサーをされようとしていらっしゃるのですか?」


海翔の質問は、沙綾の真意が知りたかった。


先ほどから沙綾の言葉は、玄真とゴリラ先生へ個人的な質問ばかり。



確かに、香椎海翔は片江沙綾と同じように、柚須家の長女の行方が知りたい。だがこれは、心配からくる者で、沙綾とは真逆の気持ちなのだろう。


片江沙綾の様子から、同じように柚須家の長女の行方を知りたがっているように見えるが、片江沙綾は柚須家に攻撃的に見えて、海翔は協力はし難いっと眉を動かした。



また、海翔が気になっているのは柚須玄真のようすである。


海翔にとって柚須玄真とは、友人の兄で、難攻不落な人。唯我独尊な人。他人は自分の役に立たせる者と思ってそうな人。飄々とした人で、食えない人。そんなイメージだったのだ。そんな玄真は、


また、研究のための素材は、探索者泣かせで、探索者ギルドからもある意味有名だった彼が、この半年で大きく変わった。


まず、難攻不落といわれた氷のような男は少し、丸くなり笑顔が増えた。


探索者省やギルドに依頼の難易度で、玄真への納品に遅れが出ると、その都度交渉して値下げさせるその様子は我田引水で人の心がないとまでいわれていた。


だが半年前、そう目の前のゴリラが来てから、本当に刃物のような性格は少し穏やかになった。


だからこそ、昔のようにゆったりとした柚須玄真を不必要に傷つけるようなやり方は、彼にとって許容できるものではなかった。



沙綾は海翔の質問に、少し煩わしそうに、答える。


「はい。ダンジョン教育の未来に、大変な可能性を感じていますので。」


彼女はそう答えながら、心の中で舌打ちした。海翔の言葉が、自分のペースを乱したからだ。


彼は、ただの防具店の倅ではない。一流の防具店、香椎防具店の倅である。また、自社のナガスミ・テクノロジーと香椎防具店は提携先であり、お得意様である。関係性的に、沙綾は香椎海翔へはお利口さんにしないといけないのだ。


(邪魔しないでよね、やりにくいじゃない)


海翔のゴリラ先生や柚須玄真を庇うようなタイミングの質問に、彼女の計画を邪魔するこいつが、少し煩わしかった。


応接室は再び静寂に包まれた。しかし、先ほどとは違う、刺すような静けさだ。


次の言葉を、誰が、どのように放つのか。それぞれの思惑が複雑に交錯し、緊張感は最高潮に達していた。



こほんっとわざとらしい咳をした後、沙綾はゆっくりと声を整え、玄真の目を見据える。



「名刺が拝見させていただきましたが、柚須さん……っておっしゃるんですね。珍しい名字ですよね、柚須って、、、私、1人しかお会いしたことありませんよ。」


意味ありげに沙綾は、口元を歪ませ、笑みを携えた。海翔の遠回しの声かけもなかったかのように、また質問を始める。




「はい、珍しいようですね。」

玄真は何事もなかったように、会話を終わらせる。


しかし、今度の沙綾は、空気を読むことなく、言葉を続ける。



「私、福岡県立博多区総合学園ダンジョン学科の卒業生なんです。当時、同じ年に、同じ名字の女の子がいまして……あなたに、よく似ていらっしゃったんです、、、妹さんですよね?」



玄真の眉がわずかに動く。口元には動揺の色は見せないが、その瞳が一瞬鋭くなる。

沙綾はその反応を見逃さず、さらに言葉を重ねる。


「その方は、特待生として無償の奨学金を受け取り、寮も無料で、飛び級制度を利用し、、やはり並々ならぬ努力を強いられていました。

ーーーやっぱり、帰る場所がなかったからでしょうかねぇ?」


沙綾は表情に出してせせら笑っているようだった。


お前たち柚須家の者達が、小学生で追い出した妹の話だよっと心の内で呟き、内心は盛大に意地悪く嫌味を玄真にぶつける。



そう、先ほどの玄真の笑顔を向けられた時、虫唾と苛立ちが募った。



普通なら魅了される、魅力的な玄真の顔だが、彼女には、柚須家長女の自分に対して呆れ果てた顔がちらついていたのだ。



沙綾の声は柔らかく丁寧だ。しかし、遠回しに問いかけるその調子は、玄真の記憶をゆっくりと揺さぶるようなものだった。


無言のまま座る玄真は、あらかじめ心の中で構えを作っていた。


だが、過去の妹の姿が思い起こされ、胸の奥が締め付けられる。


沙綾が話しているのは、確かに彼女のことだ。隣で他人のふりをする妹は、とても優秀だった。そして、スタンピートで亡くなった妹も幼いながら聡明だった。


沙綾の言葉が、玄真の記憶の中で二つの影が落ちる。玄真の罪悪感を呼び起こす。



その様子に、隣のゴリラ先生は唇を引き結び、肩越しに兄の反応を気にする。


自分が口を挟めば、沙綾に質問のチャンスを与えてしまう。

だが、兄が不快な思いをするのを見たくない。


ゴリラは心配と悔しさが入り混じり、微かに体を傾けて圧を和らげるような態度を取る。



沙綾は口を挟んでこないゴリラに、やはり知らなかったのね。玄真塾長は自分の話を細かく部下に話すタイプではないみたい。っとゆっくりと笑みを増し、玄真の目を細める。


「ご兄妹のことを尋ねるのは失礼かもしれません。でも、こうして伺うのも……当然のことですよね。妹さんが上京され、世間的に有名な冒険者になられたのは、周知のことですから。」


玄真は黙って沙綾の言葉を聞き、わずかに口角を下げる。

過去の無力感、家族を守れなかった罪悪感が、わずかに動揺を示す。


その瞬間を、沙綾は見逃さない。ここで反応すれば、さらに問いを続けられるだろう。


香椎海翔は無言のまま、両腕を組み、目で沙綾の手元や表情を追う。微かに前かがみになり、状況を監視している。つまり、この話し方は、わざと揺さぶるために言っていると理解した。


海翔は混乱していた。沙綾が話している内容は、柚須家の長女のことだ。


ゴリラ先生が柚須家の長女ならば、食ってかかっていてもおかしくない。


目の前のゴリラは、かつての友人とは似ても似つかない。魔力の質も、体格も、別人と言ってもいいほどだ。


それでも、この状況であるのに、まだ一時期より柔和な雰囲気をまとう玄真の隣に座っている。ーーーどうして?


どうして彼女は何も言わない?彼女は本当に、あの行方不明になった柚須家の長女なのか?


2年半もの間に、そこまで人が変わるものなのか?


いや、でも、時折見せる仕草が、昔の彼女と瓜二つだ。それは、俺が見間違えるわけない。


玄真さんとの信頼関係も、短期間で築けるものではないだろう。海翔は確信が持てず、ただ見守るしかなかった。


沙綾はその空気を感じ取れず、微笑を保ったまま質問を続ける。



沙綾は、玄真が何も答えないことに苛立ちを覚えていた。


柚須家の長女といい、柚須のものは昔からそうだ!自分はどんなに努力しても彼女には敵わず、その上、柚須玄真は彼女を追い出したくせに、何事もなかったかのように、大事に思っていると振る舞っている。


その偽善的な態度が、彼女の嫉妬心を煽る。




「…柚須さん。妹さんが、あんな風に行方不明になって、何の心配もなかったんですか? 何の相談もなく、突然活動停止して、今も居場所を公表しない。妹のこと、愛してないんですか?」


沙綾の言葉が、部屋の空気を一気に凍らせた。それはもはや遠回しな探りではなく、明確な非難だ。


ゴリラ先生の表情が、一瞬、こわばる。兄の顔が、わずかに苦痛に歪むのが分かった。


玄真は、沙綾の言葉が自分だけでなく、亡くなった双子の妹と、家を出るしかなかった自分にも向けられていることを理解していた。



「片江さん、それはあまりに失礼じゃないですか?」


海翔が、ついに口を挟んだ。彼の声は低いが、明確な怒気が含まれている。彼は柚須家の事情を知っている。


玄真がどれほど苦しんでいるか、理解していた。沙綾の言動は、もはや交渉の範疇を超えている。


「あら、香椎さんは関係ないでしょう?」


沙綾は冷たく言い放つ。彼女の目は、海翔ではなく、玄真の動揺を捉えていた。


この男は、まだ妹のことを気にかけている。ならば、この方法でいくしかない。



「いえ、関係あります。柚須塾長とは友人ですし、ゴリラ先生とも…昔から知っています」

それに、提携先の企業として、この発言はあまりに失礼だ!っと海翔は言い切った。


海翔の言葉に、ゴリラ先生の目が一瞬、大きく見開かれた。彼が自分を庇っている。


それは嬉しいことだったが、同時に、自分の正体がバレるかもしれないという危険を孕んでいた。


ゴリラ先生は、小さく手を挙げて、話す。


「香椎殿、庇っていただけるのはありがたいのですが、人違いされてます。


また、初めて聞く話ばかりですが、あまりに柚須玄真塾長へ失礼では?」


沙綾は、海翔とゴリラ先生のやり取りに一瞬たじろいが、海翔の賭けも失敗に終わり、ゴリラ先生は柚須家の長女であるかを選択肢は消えた。


また、沙綾は、ゴリラ先生が突っかかってくるとは思わず、言い返すために、口をひらこうとする。


玄真は、海翔とゴリラの介入で冷静さを取り戻した。


そうだ、この小娘の挑発に乗る必要はない。これは、単なる失礼な尋問だ。


妹のことで心を乱されてしまったが、ここはビジネスの場。毅然とした態度で臨むべきだ。


玄真は、沙綾に静かに、しかし冷たい怒気を込めて答えた。


「片江さん。私の家族について、あまりに不躾で失礼ですね。あなたの会長がどうお考えか存じませんが、あなたの言葉は、ビジネスの場として許容できるものではありません。ナガスミ・テクノロジーさんに、今回の件について苦情を入れることも検討させていただきます」


玄真の言葉は、沙綾の顔から余裕の笑みを完全に消し去った。


彼女は、玄真がただの気弱な塾長ではないことを思い知らされる。


彼の言葉は、彼女の挑発を打ち砕き、自社の権威を逆手に取った強烈な反撃だった。


応接室は、さらに重くなった。沙綾は、海翔の存在が邪魔になったことを理解した。


この場で、彼と対立するのは得策ではない。彼女は、一度引くことを決めた。


「…そうですね。少々熱くなってしまいました。失礼いたしました」


沙綾は、作り物の笑顔を再び貼り付け、椅子に座り直した。しかし、彼女の目は、獲物を逃がさない捕食者のそれだった。


そして、沙綾は、柚須玄真の動揺から、彼女の考察が間違っていないことを確信した。


ゴリラ先生は、柚須家の長女ではない。


だが、柚須玄真は、長女の行方を既に知っているっと。

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