名刺交換は、なんだか緊張する。
ーーー時は少し先戻る。
ダンジョン塾仲原校の応接室にて4人の者が向き合った。
初めまして、と片江沙綾は穏やかそうに微笑みながら、この塾の塾長柚須玄真に、名刺を差し出した。
手元の名刺には、「ナガスミテクノロジー・営業部片江沙綾」と印刷されている。
福岡でも有名な魔導電子基盤企業。柚須玄真はやはり来たかっと表情に出さない。
向かいに座る柚須玄真は、差し出された名刺を同じく、穏やかそうに受け取り、ありがとうと自分の名刺を渡しかえす。
柚須玄真の隣に座るゴリラ先生も、気配を消すように静かに、しかし穏やかな笑顔を貼り付けている。
そんなゴリラ先生を食い入るように見つめるのは、香椎防具店店主の息子、香椎海翔である。
彼は、玄真塾長とは面識がありますのでっと前置きをした上で、ゴリラさんは、僕の名刺はいりますか?っと不躾な質問をゴリラ先生に香椎海翔は行う。
「えぇ。初めてお会いするので、いただけますでしょうか?」
ゴリラ先生は、ゴリラ先生っと名前の書いてある名刺を香椎海翔へ渡し、また、香椎海翔は自分の名刺をゴリラへ渡す。
こちらも、福岡にあるのは勿体無いと言われる有名店、防具専門店の香椎防具店の倅である。香椎海翔の名刺の横には、調達専門家っと書いてあり、ダンジョンに入って防具を宝箱から探す専門家であることが書いてある。
そしてこの場にいるものは皆思う。
どうにか、優位に話を進めたいーーーと。
片江沙綾と香椎海翔は、ゴリラ先生の正体が何者なのかを知りたいのである。
ゴリラは笑顔を貼り付けたままであるが、内心は気が気ではない。片江沙綾も、香椎海翔も自分と面識がない人ではない。
ゴリラがゴリラのように鍛え上げる前に、彼女とは気の合わない関係だったし、彼とは面識があると言うには寂しいほどの仲であった。
ゴリラではなかった時に、冒険者チーム《輝夜姫》の勝手な動画配信で、全国に顔が公開されてしまった。
大楯使いの冒険者、、、として、公開され、実力もそこそこあったため、福岡でも、柚須家の娘は冒険者として大成していると知られてしまった。
ーーこれは現在、冒険者を正規ではない方法で、活動停止しているゴリラとしては、今になっても足を引っ張られるほど迷惑している行為である。
ゴリラは、元々動画嫌いで、顔を晒す機会が少なかったため、冒険者チーム《輝夜姫》の行いはありえないことである。
それが尾を引いて、ゴリラは一層メディア露出もしなければ、柚須玄真とは塾や兄の家、自分の自宅以外では、共に出かけず敢えて外部に情報という餌を与えていない為、ゴリラが柚須玄真の妹だと塾以外では漏れていない。
ゴリラ先生の担当のバナナ組以外は子供達も知られないようにしているし、バナナ組が知っていることだって、駕与丁澪と柚須玄真、ゴリラによって前もって話し合い、頃合いを見て話すことになっていた。
この間のタイミングはある意味タイミングよく、駕与丁澪が上手い具合に柚須玄真とゴリラ先生が兄妹であることを、バナナ組に伝える良い機会であったのだ。
また、駕与丁澪により、ゴリラ先生は兄妹似ていないのを気にしていないかのように話をしていたが、他人から似ていないと言われるのは、嬉しくないだろうからっと口止めをお願いしてあり、バナナ組には通知されている。
これで、バナナ組の子供達を動揺させて、聞き出そうとする者に、防衛をしているのである。一見、危険な賭け事のようにも、不用心な様にも見えるだろう。
だか、知らない人から、柚須玄真とゴリラは兄妹ではないかっと言われ、事実を知らなければ、子供達は混乱し、危険な行動に走る可能性や信頼されていないと不安に感じる可能性がある。
また、2人が兄妹であることを知っているからこそ、聞き出そうとするものへ警戒心がまし、子供達は怪しいと思えば逃げるし、ゴリラ先生が悲しむ可能性のあることは、態々話すことのない。
こうまでして、ゴリラ先生は自分が柚須玄真の妹で、冒険者として有名になった盾使いの1人と知られたくなかった。
理由は色々あるが、ゴリラ先生は、動画で顔まで晒されて活動するのに疲れたからと、チームも解散し、それぞれが好きに過ごしていると伝えている。
ーーーまぁ、ゴリラのその説明に、どこまで兄や講師仲間が納得したかは分からないが、ゴリラはもう面倒ごとが嫌だった。
だから、ゴリラは片江沙綾と香椎海翔がゴリラの正体を隠す。柚須玄真は、妹が嫌がることをしたくないため、妹を守る。これがダンジョン塾側の意見である。
そして、片江沙綾と香椎海翔はそれぞれ別の組織の人間であるが、柚須玄真に保護されているこのゴリラの情報や、柚須玄真の妹情報が欲しいのである。
そう、あまりに掛け離れた姿なのである。冒険者になる前の柚須家の娘とゴリラの姿は。
だが、双方の人間は、妙に共通点があり、それも含めて探っている。
行方がわからない柚須家の娘とゴリラは、柚須家の関係者で、女性で珍しい大盾使い、、、。だが、見た目や魔力の有無に違いがあり、片江沙綾も香椎海翔も同一人物かそうでないかも含めて、それぞれの企業の会長や店の店主から探る様指示され、スポンサーを立候補すると言う名目でここに座っているのだ。
つまり、この話し合いは、4人による、自分たちの知りたいことを探るための、会話で殴る殴り合いの会議であるーーー。
そして、にこやかに名刺のやり取りをしたここからは、互いが互いを牽制し、嘘や真が混ざり合う、化かし合いがここに火蓋が落とされたのであった。




