子供は大人になりたがる。
夕暮れの光が差し込むころ、バナナ組の四人は塾へとたどり着いた。
それぞれの表情には、家で浴びてきた反応の色がはっきりと刻まれている。
剣吾は珍しく大人しく肩を落とし、小声でいや、心配かけるつまりだったわけじゃないけどさぁ、、、っとつぶやいている。
槍真は剣吾の呟きに朝の兄とのやりとりを思い出して、頬をかきながら、照れくさそうに、気まずそうに歩く。
魔李も両親や兄弟からの褒め言葉を思い出してしまい、赤面が抜け切らず、顔から湯気が出そうな思いで、目を伏せたまま歩く。
ムッとした、弓菜は無言で歩いていたが、拳を握りしめギロリと剣吾を睨む。
「あんたのせいで、学校でも友達に笑われるし、家でも弟に猿呼ばわりだったんだからね!」
イラついた表情の弓菜に、剣吾は今回ばかしは自分に非があるのを自覚しているため、ごめんっと素直にしょんぼりと謝る。
その様子に、怒った弓菜も、思い出して照れていた槍真も魔李もギョッとして、剣吾を見る。
剣吾は3人の様子を見て、恥ずかしそうに頬をかくと、父ちゃんと母ちゃんさっと続ける。
「仲間が大切なら、簡単にしてあるんだからコードネームはちゃんと覚えて、混乱を避けるためにも間違えたら駄目だって。めいよ?を守るためにも、仲間を守るためにも必要だからって怒られた。」
反省してる、ごめんっとしょんぼりする剣吾に、3人は顔を見合わせて苦笑する。
「ほんっと、アンタ私より年上なのに、そんな顔されちゃ怒らないじゃない。」
弓菜はプイッと顔を背けるとすこし足早に塾に向かう。
弓菜の様子に、魔李と槍真が剣吾の肩を叩くと、槍真が早く言い間違えしないようにしようなっと剣吾に言って、魔李はできるまで待つからねっと剣吾に笑いかけた。
ーーーーー
そんな四人が、塾に到着し、塾の玄関を開ける。
塾の玄関扉を開けると、エントランスがあり、そこは職員や来客が利用する応接室に直結している。
職員室も応接室もガラスの扉で、中がエントランスから見える。
職員室はいつも薄いレースのカーテンがされていて中が見えにくくなっているが、応接室磨かれたガラス扉越しに、中の様子がはっきりと見える構造となっていて、使われていないことの方が多いが、今日は来客がいるのがわかった。
「……あれ」
弓菜が立ち止まった。
室内のテーブルを挟んで、柚須玄真塾長とゴリラ先生が座っている。
2人とも、無表情で、すこし違和感を感じる。真面目に話してるのかなっと弓菜は思って。
向かいには、スーツ姿の中年男女。玄真の年齢はわからないが、男女ともに、20.30代で、女の方は会社員みたいで、男は探索者だと言っても良いほど引き締まった男だ。
ゴリラ先生の普段の授業の場とは違う、張り詰めた静けさに剣吾でさえ、どうしても気になってのぞいてしまう。
「……スポンサーだな」
槍真が低くつぶやく。
「まじで!? え、もしかしておれらのか?」
剣吾が思わず、声を張り上げかけ、慌てて弓菜が肘で突いた。剣吾は口を自分で塞いで、慌てる。
剣吾以外の三人は即座にアイコンタクトを交わす。
――剣吾は黙らせないと気を抜いたら騒ぐ。
弓菜は素早く弓を構えるポーズをした後、小さく詠唱する。
風の魔法が弓の形を作ると、空気を震わせ、空気のさざめきを拾い集めた。
「盗音」
その周囲に、魔李が魔法を重ねる。
「隠蔽」
「隠音」
隠蔽魔法は、魔法の気配と魔力を包み込み、外に漏らさない。弓菜の魔法を隠したのだ。そして隠音は、多少の音を周りから悟られないようにする魔法。この場合は剣吾が叫んだ時、できるだけ音が周りに漏れないようにするためである。
二つの術が重なった瞬間、応接室の声が耳に届き始めた。
『……ゴ、先生』
『生徒たちも含めて支援を…』
聞こえづらいが、拾える音の限りでは、支援の話をしていることからも、自分たちのスポンサーであると、子供達は目を見合わせる。
剣吾が思わず「やっぱりおれたち――」と言いかけたが、槍真が口を押さえた。
「しっ。声が大きい。」
魔李が剣吾の前で、静かにのポーズをとると、剣吾は自分の声を槍真の手の上から抑える。
「俺の手いらないだろ。」
槍真が剣吾の手を、払い退けようとしたその瞬間であった。
「……っ!」
突如として耳に集まった音が、ぶつ切りのように途切れた。
重圧のような魔力が応接室を覆い尽くし、外へ漏れる音を根こそぎ断ち切ったのだ。
「な……なにこれ……」
弓菜の額に冷や汗がにじむ。
「妨害、された……」
槍真の声が震えた。
ただ遮断されたのではない。
感じ取れる魔力は、二つ。
(……玄真先生と、ゴリラ先生……同時に……!)
間違いなかった。二人は、こちらの仕掛けを察知して、即座に音を封じたのだ。
「ひっ……な、なんで……?」
状況を理解できない剣吾だけが小声で騒ぐ。
だが、弓菜と魔李の鋭い視線に気圧されて、すぐに口を閉ざした。
ーーーー
どうすることもできず、四人は無言のまま階段を上がっていく。
4階のバナナ組の教室へ、一気にかけ上がる。
階段を登る間、誰も口を開かなかった。
(……なんで、妨害?聞かれたくなかった?)
(バナナ組の名前が出たのに……!)
(……絶対、なにかある……でも、でも!)
それぞれの胸の内に、不安と疑問だけが渦巻いた。
そして、教室に4人とも飛び込んで、扉を閉めた後、座り込んで言う。
「「「「怖!なにあの妨害。ほんと怖い!」」」」
ーーーー
しばらくして、落ち着いた4人は、おずおずと席に座り出す。
授業の時間になったら、ゴリラ先生ではなく、駕与丁澪先生が入ってきた。
柔らかな微笑みを浮かべ、手元の資料を配り始める。。
「皆さん、お待せ、致しました。ゴリラ先生は諸事情によりまだ来られませんので、今日はこれから、個人修行について説明しますね。」
その穏やかな声に、自分たちのしたことが知られてないことに、安堵して少しだけ緊張がほどける。
だが、心はざわついたままだった。
説明が始まってしばらくした頃。
――カツン、と階下から足音が響いた。
続いて、教室の扉が静かに開く。
姿を現したのは、玄真塾長とゴリラ先生だった。
二人とも無言で入室し、ゆっくりと前に立つ。
しん、と空気が止まった。
そして。
ゴリラ先生の低い声が、教室を震わせた。
「……やってくれたな」
その一言に、剣吾以外の三人は同時に視線を逸らした。
心臓が凍りついたように、全身が強張る。
――やっぱりバレてた。
――完全に。
そう悟った瞬間、背筋に冷たいものが走った。




