子、親心知らず
バナナ組・家庭の余波
ー剣吾の家ー
「剣吾、あんた……これ」
母がタブレットを突きつける。
「え?なんで母ちゃん、俺らの探索動画見てんの!?ってか、なんでチャンネル知ってるんだよ?」
タブレットの中には、剣吾がチームメイトを呼び間違え、慌てた隙にスライムに飲まれ、死ぬところの場面である。
ーぴんぽんぱんぽーん。ー
ー動画を、見ているみんな!ゴリラ先生だよ。みんなはまず探索者名として、コードネームを利用することも多くなるからね!ー
動画の中でデフォルトされたリボンをつけて、バナナを抱えたゴリラが画面に出てきて分かりやすく説明する。
ー動画配信の時や、重要な探索のお仕事の時に、コードネームで呼び合うから、お友達やチームのみんなの探索者名はしっかり覚えて、混乱しないようにしよう!ー
ーモンスターの前では何があっても、動揺せずに、まずは敵に注意しようね!ー
ー動画のバナナ男くん(仮)みたいに、チームの仲間のお名前を間違えちゃうと、チームのみんなも動揺しちゃうこともあるよ!あと、魔物から目を離すと怪我をしたり、死んじゃったり、なんてことも!リスポーンされるといっても、死んでいいわけではないので、みんな注意して冒険をしよう!ー
流れてくる動画に顔を真っ赤に変色させる剣吾は、タブレットの画面を見て固まる。
「……お、おれ……」
「探索中は集中しなさい! 簡単にしてあるんだから、チームメイトのコードネームくらい覚えなさい! 恥ずかしいでしょ!」
「そ、そんなこと言われても!」
言い訳をしながらオタつく剣吾を剣吾の母は睨め付け、母は剣吾を黙らせる。
そこに、新聞を読んでいたはずの父が、タブレットの画面を見て、低い声で割って入る。
「これはよくない。流石に、だめだぞ剣吾。」
「だって!」
「お前が、これからいろんな人とチームを組む上で、名前を間違う奴は信用されないし、名誉の問題だ。」
「な、名誉って大袈裟だろ、親父!」
父親の真っ直ぐと見据える視線に、耐えかねた剣吾は、自分が悪いと分かっていながら、言い訳をしてプイッと目をまた逸らす。
「剣士は自分勝手な戦いで、よくチームの混乱を招く。お前には、その勝手な戦い方が少なくて素直なところが父ちゃんはいいと思っている。」
剣吾の父の優しい声に、剣吾はそらしていた顔を父に勢いよく向けた。
「俺は、お前が強くて、優しくて、人を守るために剣を振っているのを知っている。だがその良い剣腕を違うことで足引っ張ったら勿体無いっといっている。」
「それに、今までのように、学校や塾で知っている人に、笑われるぐらいはともかくとして、……全国に配信されているのだろう?」
「コードネームは思い入れがある人の方が多い。こんな動画ばかりであれば、バナナ組を解散させる年齢になった時に、お前だけ名誉を守らない野郎だと1人になるぞ。嫌なら治しなさい。」
お前はできる子だよ。だって、父ちゃんと母ちゃんの子なのだから。
「~~っ!?」
剣吾はしっかりと両親の顔を見て、声が出なくなる。2人の顔はただ、心配する両親の顔で、剣吾はやらせない気持ちが溢れ、ゆっくりと肩を落とした。
ーーーーーーー
ー槍真の家ー
大学生の兄が、スマホを片手に目を潤ませていた。
「槍真……すげぇな……!」
「……えっ」
槍真はなんのことか分からず、己の兄を見上げて首を傾げる。
槍真の兄は、これ、お前達の配信!っとすこし興奮気味に話す。槍真は首を傾げながら、兄のスマホを覗き込み、ギョッとする。まさか、編集に時間がかかると思っていた動画がその日にアップされ、あまつさえ、その半日どころか、6時間そこらの時間でバズっていたからだ。
「いつも会話が長すぎて、周りに無視されてたお前が!それで、いつも泣いて帰ってきたお前が。」
兄の様子にかーっと顔が熱くなるのを自覚しながら、槍真は、お兄さん、大袈裟だよ。っとすこし大きな声で兄に話す槍真。
「いやいや、大袈裟じゃない。凄いことだぞ!」
っと兄は負けじと大きな声で槍真の話に反応した。
「俺が槍真を甘やかした自覚はあるし、槍真がたくさん話す姿が可愛いからと、うんうんなんでも頷いて話を聞きすぎた自覚も俺にはある。」
「槍真も俺に懐いてくれるからと、毎日、俺が槍真を遊びに誘ったり、槍の稽古をつけたりしたからさぁ、俺との時間ばかりだっただろう。」
「だから兄ちゃんはさぁ、俺が槍真と友達とのコミュニケーション撮る時間を駄目にしたって、、、。お前の成長を俺が駄目にしたと、思っていたからね。」
槍真は兄の弱音に驚いた。自分の兄は、すこし歳が離れていることもあり、自分には弱いところを見せず、自分の道調べのような人だったからだ。槍真は兄に何も言えずに兄を見つめるしかできない。そんな槍真を置いてきぼりに、兄は話し続ける。
「お前の優しいのも知っている。お前の優しさが、嫌な奴らに変な消費されて行ったのもさぁ、聞いたよ。
お前が、進級テスト、いや、テストだけじゃなく、色んな時に仲間外れにされたり、意地悪されたのも。」
「ずっと心配だった。それと後悔してた。お前は、俺より実力ありそうだから塾行けって俺がいったし。」
「でも、この動画見たら、みんなのことをちゃんと見ている槍真と、それと同じくらいの熱量で接するチームメイトと先生が映ってた。」
いい仲間に出会えたなぁ。そう呟く兄に、槍真は顔を見せずに、兄の身体に己の頭をぐりぐりと押し付ける。
兄は迷わず、槍真の頭を撫でた。
「でも、大げさだよ。俺の仲間は、人のコードネームも覚えられないバカと、きついこと言ってくる猿みたいな女と、自信のない女と、ゴリラな先生だから。みんな変だから、聞いてくれてるんだよ。」
悪口を言うが、それも信頼しているからこそだと感じた兄は、感極まったように槍真の肩に腕を回し、がっしりと握りしめた。
「……本当に、立派になったな」
「いやいやいや、やめろって! 流石に、変な空気になる!」
「そして可愛くて、良い子だ。ほんと自慢の弟だ。」
「ブラコンやめて!ねぇ、いい話だったのに、俺の話聞いてないよね?」
「何より、天使のようにいい子で、優しくて、可愛いのだから、、、。攫われないよね?」
「兄さんの妄想はいりだした?」
槍真の兄の暴走に、槍真が振り回され始める。
それを見ていた槍真の母が「あらたら、うちの子はほんとにおしゃべりだから……」と微笑みながらため息をついた。
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魔李の家
「魔李……すごいじゃない!」
リビングで動画を見ていた母と姉が、興奮気味に叫んだ。
父までもが眼鏡を押し上げ、感嘆の声を上げる。
「慌てながらも魔法を発動させ、なおかつ敵を倒すとは……! 克服だな!」
「こ、克服って、驚いて、ズレた奴だから!そんな大げさに……!」
「すごいすごい! あんなに攻撃魔法は前に出たら、出せなかったのに!」
「しかも一撃で!」
「ほんとによく頑張ったな」
魔李は家族の誉め殺しに、顔を真っ赤にして、膝を抱え込んだ。
「……やめてよもう……恥ずかしいから……」
しかし家族は止まらない。朝からみんな忙しいはずなのに、リビングのテレビに大々的に映し出される動画は何度も何度も、巻き戻され、魔李はついに両手で、顔を塞いだ。
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弓菜の家
「バナナ女ー!」
「猿女ー!」
弟がリビングで大声を上げていた。
次の瞬間。
「ふざけんなあ!!」
バキッと関節技が極まり、弟が床に転がった。
「ぎ、ギブッ! ギブギブギブ!!」
「やかましいっ!」
容赦なく締め上げる姉を見て、傍らの兄が苦笑した。
「……弓菜」
「なに?」
「名前、もう決めてあるんじゃなかったのかい?」
「……あれは、まだ、その、私のあこがれにちなんでつけた名前だし、その憧れには、程遠いから、、、。」
小さく、困ったように笑う。
兄は少し目を細め、彼女の頭に手を置いた。
「……そうか」
「……ん」
なおも床で「ギブー! ほんとに折れるー!」と叫ぶ弟を無視して、弓菜は頭を撫でられながらほんの少しだけ表情を緩めた。




