SNSは難しい。
夕刻のバナナ組準備室。
日も傾き、窓から差し込む橙色の光が、机の上の紙束や魔道具の影を長く引き伸ばしている。
四脚の椅子を囲むように、教師陣が集まっていた。
柚須玄真が議長役のように姿勢を正し、声を落ち着かせて切り出した。
「――さて。本題に入ろう。バナナ組にも、次の段階としてSNS配信を導入してもらう」
静かな言葉だったが、その内容は十分に重い。
ゴリラ先生が、腕を組んだまま即座に低く言い返した。
「反対だ」
その短い一言に、空気がわずかに緊張する。
⸻
「理由を聞こうか」
玄真の声は落ち着いている。
ゴリラ先生は、言葉を噛み締めるように続けた。
「カリキュラム的に早すぎる。基礎体力も座学も、まだ整っていない。まずは土台だ。基礎が固まらぬうちに、外へ姿を晒すのは危うい」
玄真は頷き、すぐに切り返す。
「確かに基礎は重要だ。だが、彼らの性格を考えろ。粗忽者が多い。だからこそ今、俺たちの目の届くうちに配信に慣れさせるべきだろう」
「目の届くうちに?」
ゴリラ先生の声はわずかに険しくなる。
「笑われるだけだ。実力が伴わなければ、ただの晒し者になる」
そこで、資料を整えていた駕与丁澪が穏やかに口を挟んだ。
「……もしよろしければ、少しデータをお見せしてもいいですか」
机に並べられたファイルには、若手探索者の配信実績がまとめられている。
「ご覧の通り、配信を始めた直後は炎上する者も少なくありません。しかし、それを越えて支援者を得た子たちは、若いうちから装備・回復薬の支援を受けられています。スポンサー契約は活動の大きな支えとなるのです」
淡々とした説明。けれど、澪の声は柔らかく、反対する者にも耳に入りやすい。
「スポンサー、か……」
ゴリラ先生は資料を一瞥したが、すぐに首を振った。
「外の視線に頼りすぎれば、鍛錬を怠る。今の状態で支援を得ても、実力が伴わなければ潰れるだけだ」
玄真が笑みを浮かべる。
「潰れるかどうかは、導き方次第だろう? 俺もSNSは好きじゃないが、探索の記録は未来の財産になる。炎上も含めてだ」
「炎上を肯定するのか」
「成長の物語に変えられるからな」
二人の言葉が、少しずつ熱を帯びていく。
その空気を切るように、扇橋蓮が両手をひらひらと振って笑った。
「ちょちょっ、二人とも硬いっすよー!そんな睨み合うことじゃないじゃないっすか。」
「それともゴリラちゃん、何か身構えないといけないことでもあるの?」
笑顔なのに、どこか鋭く、攻撃にすら感じる言葉だった。
「……蓮先生。」
ゴリラ先生が眉をひそめる。
「だってそうでしょー? そんなに気にしなくてもみんなしてることじゃないですか!」
オーバーな手振り身振りで戯けたように、扇橋蓮は語りだす。
「ほら、うちのバナナ組のやつら、どうせ変なテロップ入れるような盛り上がり方はしないですって。それに、最初から完璧なんて誰も期待してないんだしぃ?
」
「むしろ“あーやっぱりやらかした!”って笑われるくらいが、今っぽいってやつっすよ」
軽口に場が少し和み、澪も思わず小さく笑った。
だが、ゴリラ先生は依然として頷かない。
「私は……安全を優先したい。冒険者名を決めるどころか、まだ全員が基礎連携も満足に取れないのだぞ、、、。」
玄真は机に肘を置き、少し前のめりになった。
「だからこそ、だ。君のもとにいる今、教えられるだろう。正しい使い方も、危険な発信も。今逃したら、彼らは勝手に外で覚える。……それでいいのか?」
「……」
ゴリラ先生の視線が揺れる。
その様子を見て、蓮がまた口を挟む。
「ほらほら、ゴリラちゃん。案外“映っちゃう自分”のこと心配してるんじゃない? もしかして照れ屋?」
「……黙れ」
にらみを利かせる先生に、蓮は肩を竦めて「やっぱり」と笑った。
会議は長引いた。
説得と反論、補足と茶々。
夕焼けはすっかり暮れ、窓の外に夜の帳が降り始めていた。
それでも結論は出ず、けれど四人の会話はまだ続いていた――。




