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やられてもいい奴だけ、悪戯をしなさい。

教室の空気には、まだ騒ぎ立てた笑いと興奮の余韻が漂っていた。

窓から差し込む午後の陽射しが机の上に広がり、ほのかな熱気を帯びている。生徒たちの顔にはにやけた笑みと、つい先ほどの出来事を反芻するような照れ笑いが混じっていた。


剣吾は椅子にぐったりともたれかかり、汗を拭うことも忘れたように虚空を見つめている。肩が大きく上下し、呼吸は荒く、今にも倒れ込んでしまいそうだった。

「ぐわんぐわんする……」

小声でそうつぶやく姿は、勝ち誇る余裕もなく、ただ全力を出し尽くした中学生そのものだった。


前に立つゴリラ先生は腕を組み、口元に薄い笑みを浮かべながら、ゆっくりと剣吾に歩み寄った。その瞳には余裕と、わずかな悪戯心が宿っている。

「さあ、どうする?」

低く響く声が教室を支配する。

「やはり、謝罪もないから……今から叩くかしら? 本気じゃないけど、覚悟はしてもらうわよ」


その言葉に、空気がぴりりと引き締まった。

冗談半分の挑発にしか聞こえないのに、剣吾の目は一瞬で大きく見開かれる。本気で受け取ってしまったのだ。


「いやいやいや、無理! 無理ですって! 俺、逃げるっ!」

机を蹴飛ばす音が響き渡り、剣吾は反射的に教室の扉へ走り出した。


「待ちなさい、剣吾!」

ゴリラ先生の声が響くが、彼は振り向きもせず廊下へ飛び出していく。全身を使った必死の逃走だった。


机の陰から弓菜が顔を出し、両手で口を押さえながら小さく呟く。

「剣吾……中学生なのに、なんであんなに幼稚なの……」

その目には呆れよりも笑いが勝っていた。


魔李は肩を震わせ、笑いを堪えきれず声を洩らす。

「いや、でも……これは笑うしかないでしょ……!」


槍真は机に両手をつき、思わず立ち上がる。

「剣吾、お前本当に逃げるのか……!」


だがその声もむなしく、剣吾は廊下の端まで疾走していく。

その背中には、決死の覚悟と同時に、どこか滑稽な必死さが漂っていた。


教室に残された者たちは息を呑む。

次の瞬間、ゴリラ先生は窓際に歩み寄り、静かに窓を押し開いた。

「……ふふ、待ちなさい」

その声には不思議な余裕が滲んでいた。


「え、まさか……?」

弓菜が呟く。


ゴリラ先生は迷いなく窓枠に足をかけ、そのまま外へ飛び降りた。

「先生、無理でしょ! ここ4階だよ!」

「ありえねえ……」

生徒たちの驚きが混ざり合い、教室は騒然となる。


だが、次に廊下から響いてきたのは、剣吾の悲鳴だった。

「ひぎゃぁぁぁ! 無理だ、降ろして! 助けてー!」


気づけば、ゴリラ先生はすでに廊下の先で剣吾を俵抱えにしていた。

その鮮やかさはまるで魔法のようで、生徒たちは言葉を失う。


「はい、無事回収完了」

そう言いながら戻ってくる姿は、どこか誇らしげで、しかし自然体でもある。

机の上に俵抱えのまま置かれた剣吾は、顔を真っ赤にしてもがいていた。


その様子を見守っていた玄真塾長が、冷ややかに笑みを浮かべて口を開く。

「剣吾くん。課題を三倍に増やします」


教室中が一斉にどよめいた。

「えぇぇ!? 三倍!? 無理だろ!」

「さすが塾長……鬼畜……」


弓菜は小さく笑い、肩をすくめる。

「剣吾……これは地獄の居残りね」


魔李は笑いをこらえきれず、涙をにじませながら言った。

「でも、ゴリラ先生の腕に抱えられてる姿、面白すぎるんだけど……!」


槍真は頬を赤くしつつ、ため息をついた。

「いや、でもさ……誰も傷ついてないのに、なんでこんなにシュールなんだ……」


こうして教室は笑いに包まれたまま、授業の終わりを迎えた。

生徒たちはそれぞれ荷物をまとめ、明るい声で別れを告げる。

「お疲れ~!」

「さようならー!」


剣吾だけが机の前で泣きそうな顔をして立ち尽くしていた。

「そんなー、俺だけ……居残りって……!」


ゴリラ先生は満面の笑みで彼を俵抱えから下ろし、机に手をついてにやりと笑った。

「逃げた罰として、しっかり課題やりなさい。ほら、君だけ居残りよ」


剣吾は小さく顔をしかめ、天井を仰いで嘆く。

「そんなー、今日の課題もう終わってるのに……!」


ゴリラ先生は柔らかな笑みを浮かべる。

「いいの。まだ遊ぶ時間は残ってるわ」


窓の外には茜色の夕焼けが広がり、笑いと怒りと戸惑いの入り混じる剣吾の居残り授業が、静かに始まっていった。

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