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ゴリラ先生を怒らせた。

「さて」

ゴリラ先生は、コツンと教卓に盾代わりにしていた鍋を置くと、そこから紙を取り出した。


「今日の探索は酷かった。だから反省文を書こう。短くていい。どうして戦闘が上手くいかなかったのか、どうしてリスポーンしなくちゃいけなかったのか、考えてみるんだ」


机に白い紙が配られる。書き終わったら、鍋に入れてくれっと普段ならクスリと笑いそうなところだが、鉛筆を握る子供たちの指先は重い。


剣吾は、机に突っ伏すようにしてぼそりと呟いた。

「……何度も言うけどさ、スライムなんかにやられるなんて、信じられねぇよ」


「小学生でも、ちゃんと、倒せるのに……」と魔李が返す。魔李は泣きそうな顔をして俯きながら話す。


槍真は鉛筆を握ったまま、しばらく動けなかった。頭の中では分かっている。焦らなければ槍を突けた。だが――それができなかったのだ。

「……俺は、慌ててばかりだった」小さく書きつける。


弓菜は悔しさを誤魔化すように紙をぐしゃぐしゃにしそうな力で握った。

ぐしゃぐしゃの紙に「死ぬのは怖くなかった」そう書いてしまった。強がりで、認めたくなくて、笑いにしてごまかそうとした。


だが――その言葉を見たゴリラ先生の眼が、すっと細まる。


「……ほう」


声は低く、重く。

それだけで教室の空気が変わった。


ゴリラ先生の背から、見えない何かがあふれ出す。

子供たちはそれが何か分からない。だが、呼吸がうまくできない。胸が圧し潰される。喉が詰まって空気が入らない。


「本当に……そう思っているのか?」


低く問いかける声。

殺気のような、けれどそれ以上に重い――それは威圧だった。


ダンジョンに潜り、無数の戦闘を潜り抜けた者だけが身につける、存在そのものを揺さぶる圧。

魔物ですら動きを止めるその重圧を、未熟な中学生の探索者たちは真正面から浴びていた。


剣吾は机に手を突きながら、口をぱくぱくさせる。

弓菜は涙をこらえるように目を固く閉じ、必死に息を探す。

槍真は胸を押さえ、肺が小さくなったかのように呼吸を繰り返す。

魔李は震える指先で鉛筆を落とし、喉からかすれた声を漏らした。


――怖い。

――苦しい。

――死ぬ。


そう錯覚するほどの重圧だった。


そのとき。


コン、コン――。


教室の扉が二度、静かに叩かれる。


入ってきたのは、どこか幻想的な二人の姿だった。

ひとりは、美しい女性のようにも、端正な男性のようにも見える中性的な顔立ちの人物。透きとおるような声と、鋭さを帯びた眼差しを持つ男――塾長、柚須玄真。

もうひとりは、やわらかな笑みをたたえた穏和な女性――駕与丁澪。玄真の助手であり、同時にゴリラ先生の指導係でもある。


玄真の声は静かに、だが確かに響いた。

「……ゴリラ先生。君の威圧は強すぎる。今すぐ収めなさい」


その声が届いた瞬間、張り詰めていた重圧はふっと霧のように消えた。


解放された子供たちは一斉に咳き込んだ。

肩を上下させ、必死に空気を吸い込む。涙で滲む視界の中で、ようやく自分たちが生きていると確かめるように。


剣吾は机に額をつけたまま、ぐったりと息を吐いた。

弓菜は頬をぬぐいながら、震える声で「……死ぬかと思った」と呟いた。

槍真は何度も深呼吸しながら「何……今の……」と繰り返す。

魔李はしゃくりあげながら、胸に手を当てたまま震えていた。


彼らはまだ中学生。

未熟で、未完成で、脆い。

だからこそ――その体験は、深く心に刻まれていくのだった。

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