退塾から始まる物語。
――5月中旬、真昼。
陽射しはまだ真夏ほど強くないけれど、澄んだ青空から降りそそぐ光は窓越しでもじりりと肌を焼くような暑さであった。
時計の長い針は0、短い数字は1の数を指している。外の木々の葉は風に揺れて、キラキラと反射するが、今立っている廊下は人が集まり熱気がこもっている。
誰かの食べたパンの甘い匂いや、お弁当、カップラーメンの残り香が混ざってひどく気持ち悪い。
我よ我よとみんな寄ってみるのは、塾のロビー掲示板に張り出された紙一枚。
ざわざわと騒ぐ声は廊下で響くのに、音が耳から消えた。
そうはなるかもしれないと感じていた。
でも、大丈夫なんじゃないかと、甘く考えていた自分たちに、それはまるで刃物のように心を切り裂いた。
【退塾】
花ヶ浦剣吾、若宮弓菜、江辻槍真、大隈魔李
その文字は、淡々としているのに残酷だった。
誰も何も言えなかった。他の生徒たちは自分のテストの結果で割り振られた教室へ消えていった。
今は13時18分。午後のはじめの授業は始まって3分が過ぎた。どこの教室からも、授業の声が漏れ出した。ロビーはどこの教室の声も静かに響かせ、心地よく耳を抜ける。だが、教室のあてがわれない、掲示板で退塾を申告された4人だけには、耳障りなノイズだった。
静かにしていた4人のうち、初めに声を出したのは、金髪を逆立てた剣吾だ。彼は健康的な小麦色の手を握りしめて、掲示板を叩き、まるで合否をつけた人に掴みかかるよう合否の紙に向かって叫ぶ。
「ふざけんなよ! 俺たち、そんなにダメかよ!」
声は大きく、ロビーに響き渡ったが、どこの教室も開くことなく、彼にとって耳障りなノイズも止むことはない。
誰も彼らに興味はないと、突きつけるかのように授業は進んでいるようだった。
弓菜は腕を組み、冷ややかに呟いた。
「まあ、予想はしてたけどね。どうせチームプレイができないやつは切られるんだし」
口調は冷めていた。冷静さすらあるような言い方だった。
しかし、彼女もまだ12歳でこの4月から中学生となったばかり。頭でわかっていても、余裕なフリをしていても、無意識に手に力が入り、組んでいる腕に、指が食い込み、肌色に朱が滲んでいる。
それを誤魔化すように、ふんっと掲示板から顔を逸らし、若葉のような髪を揺らす。
槍真は眼鏡の奥で何かを計算するように目を細め、メガネをゆっくりと動かす。カチャっとメガネの音を鳴らし、少し上擦った声で話す。
「統計的に言えば、僕たちの失敗率は高かった。むしろ不合格は必然……」
顔を赤くし、早口で言うその様子は、結果を直視しつつも、何も受け入れられていないのだろう。言葉は途中で途切れてしまった。彼もまた、理屈で結果を覆い隠そうとしても、胸に広がる孤独と惨めさは誤魔化せなかった。
魔李は紙から一歩後ろに下がり、目を伏せた。
「なにも、出来ないから、、、落ちこぼれだから。」
この中で、1番の年長者である魔李は、1番高い背を丸め、身体を震わせ、小さくする。そのせいか、声は小さく震えた。だが、4人以外は誰もいないロビーには、魔李の落ちこぼれの声が静かに響いた。
四人はしばらく黙って掲示板を見つめ、その後、自然と同じ方向に歩き出した。
学年も違えばクラスも違う。けれど“落ちこぼれ”と笑われるときだけは、いつも一緒だった。だから今日も、肩を落として並んで帰る。
今、4人に出来ることはそれだけだった。