嫉妬で未来の国母を虐めた?今後の身の振り方を考えろって、その言葉そっくりそのまま殿下にお返しします
ラフィーネは私にとって、少々厄介な幼なじみだ。
はじめて会った時のラフィーネの姿は、鮮やかな赤茶色のふわふわとした髪に、新緑のように眩しい翠の瞳を持つ、それはそれは目が覚めるように美しい少女だった。
家庭とラフィーネ自身の事情を考慮し、ラフィーネは幼い頃から我がベルライト公爵家で暮らしている。同じ敷地内の別邸に住んでいるのだ。
そうは言っても、私とラフィーネは同い年。
もともと遠縁の関係であり、仲良くなるのにそう時間はかからなかったし、同じ家庭教師から学びを受け、食事を共にすることも多かった。まるで姉妹のように育った仲だ。だからいつしか「ラフィー」と愛称で呼ぶようになった。
私たちの関係が少しずつ歪になり、意見が対立するようになったのは、13歳で貴族学院に入学してから。
そして16歳の今。
公爵令嬢である私よりも、勉学も社交もマナーもそして美貌も、何もかもが完璧な子爵令嬢ラフィーネは、学院中の生徒から愛され慕われるまま、つい先日卒業を迎え、華やかな学院生活に幕を下ろした。
はっきり言って私にとっては、劣等感と嫉妬心、そして恐怖心を抱え続けた、なかなか面倒な三年間だった。
◆
煌めくシャンデリアが、広間を隅々まで明るく照らしている。その光はドレスに縫い付けられた極小の宝石にまで届き、小さな輝きを放つ。
光をまとった貴族子女のお喋りを、軽やかに人の波をぬう足取りを、天井のフレスコ画が穏やかな表情で見下ろしていた。
貴族学院を卒業し、いよいよ迎えた若き貴族たちのデビュタント。その特別な夜、煌びやかな王宮の広間に、怒鳴るような大声が響き渡った。
「クラリス・ベルライト!!」
声の主は第三王子、アルフォンス。
その表情は怒りに満ちている。緑の瞳は鋭く、整った顔も感情のままに歪んでいる。
そして名指しされた私の周りからは、波が引くように人々が離れていった。
私が挨拶をしようと口を開く前に、舞台は整ったとばかりにわずかに満足気な様子を見せたアルフォンスが、一際大きな声を上げた。
「ラフィーネをどこに隠した!? 何か知っているんだろう!」
「…………。ラフィー、ですか? 私が隠したとは?」
「この会場のどこにも、ラフィーネがいないのだ。デビュタントに現れないなんて、有り得ない! おまえが何かしたのだろう」
ざわ、と周囲がにわかにざわめく。
王族であるが故に、アルフォンスが学院で最も注目を集める男子生徒だったとするならば、ラフィーネは間違いなく女生徒の中で一番目立っていた。
そのラフィーネの姿がないことを不思議に思っていたのは、当然アルフォンスだけではないようだ。
しかし…………。
「身に覚えはございません。どうして私が、ラフィーのデビュタントを邪魔しようなどと考えるのでしょう」
「とぼけるな! おまえが俺とラフィーネの仲を嫉妬していたことは、わかっている!」
「………………!」
思わず、言葉に詰まってしまう。
まさか、アルフォンスに気付かれていただなんて。
私とラフィーネは、学院で行動を共にすることが多かった。ラフィーネには男女問わず大勢の友人がいたけれど、昼食は必ず私と一緒だった。
そこに同席していたのが、アルフォンスだ。
入学間もなく、ラフィーネの天使のような愛らしい容姿は話題をさらい、それが王子であるアルフォンスの耳にまで届いたのだ。アルフォンスの方からラフィーネに声をかけ、すぐに昼食を共にするようになった。
アルフォンスがラフィーネに好意を抱いていたというのは、周知の事実だった。
そしてラフィーネも、毎度昼食の席では、自身に給仕された料理をわざわざアルフォンスに差し出していた。
「ほら、アルフォンス様。あーんして?」
妖艶に微笑み、自身の皿の料理をスプーンですくい、アルフォンスの口へ運ぶ。アルフォンスが頬を緩めながらそれを咀嚼し、飲み込むのを満足そうに見届けてから、ようやくラフィーネは食事を開始するのだ。
それが毎日。卒業まで続いた。
目の前で繰り広げられるそんな二人の様子を、私はずっと複雑な思いで見つめ続けてきた。もちろん、表情には出さずに。
けれどあの感情を嫉妬と呼ぶなら、確かにしっくりくる。見透かされていた恥ずかしさで、顔から火が出そうだけれど。
動揺する私に追い打ちをかけるように、アルフォンスは声高らかに続けた。
「ラフィーネについて、こちらで調査をした。そしてわかったことだが、ラフィーネの生家である子爵家に、16年前娘が産まれたという事実はなかった!」
明かされた秘密に、広間に大きなどよめきが広がった。
「そもそも十年も前から、いくら遠縁であるとはいえ、子爵令嬢が一人、公爵家に預けられるなんて不自然極まりない。このことから考えられる真実は、ひとつ。ラフィーネは、本当はベルライト公爵の隠し子ではないのか!? そして不貞の子でありながら公爵家にやって来たラフィーネを、クラリス、おまえは長年虐げていたのだろう!?」
まさか、あのラフィーネ嬢が……と、どこからか声が漏れる。
ラフィーネは入学時は確かに可憐な少女ではあったものの、年齢を重ね、今ではすらりと背が伸びた。在学中は何度も首位をとるほどの成績をおさめ、明るく社交的な性格で、自信に満ちた振る舞いはどこか威厳を感じさせた。私が隣にいると、どちらが公爵令嬢かわからない、なんて言われたものだ。
年齢にそぐわぬ大人びた色気を放つ堂々とした美女が、小柄で控えめだった私に虐められていたなんて、想像もつかないという空気感が漂っている。
一方でラフィーネは、紛れもなく学院中に愛された人気者だった。そんな彼女を虐めていただなんて、という非難の目が私にいくつも突き刺さる。
私も公爵令嬢という身分に恥じぬよう、努力を重ねてきたつもりではいたけれど、ラフィーネと比べてしまえば劣り、霞んでしまうようなもの。
そんな事実を突きつけられて、情けなく、悔しい気持ちが溢れてくる。
それでも私は、背筋を伸ばして言葉を紡ぐ。
「それは事実と異なります。まして虐げていたなんて、それこそ身に覚えのないことでございます」
「ではなぜ、ラフィーネはここにいない? 俺とラフィーネの仲に嫉妬したおまえが、屋敷に閉じ込めているのではないか? 今夜俺とラフィーネが、ファーストダンスを踊るのを阻止するために!」
「ファーストダンスを……。殿下、本気ですか?」
デビュタントで踊るファーストダンスの相手とは、婚約することを示唆している。
この国では、学院卒業後の16歳でデビュタントを迎えてからようやく婚約届が受理され、正式な婚約が認められる。
過去には年齢の制限などなかったが、国をあげて全ての貴族子女が通う貴族学院が創設されたことで、この決まりができた。
それまでごく限られた交友関係の中で、親の決めた婚約者と向き合ってきた幼い貴族子女が、突然同世代の大勢の男女の中に放り込まれるのだ。それにより、起こったこととは。
婚約者との相性の悪さに気づいてしまう者。
婚約者が他の生徒よりも劣って見えてしまい、蔑ろにする者。
婚約者以外の異性と浮気をする者。
トラブルは続出し、婚約解消や破棄が相次いだ。
そのため現在では、貴族学院を卒業した直後、16歳でデビュタントを迎えてようやく、婚約を結ぶことが解禁されるのである。
しかしそれ以前に、内々に家同士で婚約が内定している者も多いのだ。高位貴族に至っては、それがほとんどだろう。
デビュタントのファーストダンスは、その相手のお披露目の場でもあるのだ。
しかし…………。
「ラフィーに、殿下と婚約する意思はありません」
「そんなはずはない! 俺を騙そうとしても無駄だ。ラフィーネは誰よりも、俺と近しい距離にあった。気まぐれにおまえに話しかけようものなら、ラフィーネはすぐに間に入って邪魔をして、可愛らしい嫉妬をしていたではないか」
「……それは、」
確かに、そうだった。
でもそれは、アルフォンスに対してだけではない。
ラフィーネは相手が誰であろうと、私が男性に興味を持たれることをよしとしないのだ。
私が男子生徒に話しかけられれば、すかさずラフィーネは間に入ってくる。あざといほどに愛らしい表情や甘えるような口調で、あっという間に自分に目を向けさせ、虜にしてしまう。数秒後には、誰もがラフィーネに夢中となり、私に興味を失ってしまうのが常だった。
それに……。
アルフォンスは自分だけがラフィーネと近しい特別な仲であったと思い込んでいるようだけれど、それも違う。
最近のラフィーネは、アルフォンスの側近候補である三人の高位貴族令息と、ずいぶんと懇意にしていた。三人はアルフォンスなどそっちのけで、ラフィーネとかなり親しくしていたように見えた。その様子は、学院でも噂になっていたのだ。距離を取られて気付かなかったのは、アルフォンスだけ。
けれどそんな話をしたところで、きっと今のアルフォンスは聞く耳を持たない。私の言うことなど、信じてはくれないだろう。
だから、私が伝えるべきことは。
「ラフィーと殿下では、絶対に婚約は不可能です」
「なぜ言い切れる? 妾腹の子といえど、ラフィーネはベルライト公爵の娘。身分のことなら、問題ない。俺は間もなく、立太子するだろう。ラフィーネが王太子妃となるならば、ベルライト公爵もきっと、ラフィーネが自分の娘であると公表する決心をする」
「有り得ません。まず、ラフィーは本当に父の子ではありません。それにベルライト公爵家は、第二王子派閥の筆頭であると、殿下もご存知のはずです」
「まだ言うか。大体兄上が立太子するなど、それこそ有り得ない。このまま勢力争いに負けて落ちぶれるくらいならば、公爵も喜んで俺の後ろ盾になるだろう」
勝手な言い分に、焦りばかりが募る。
どんなに冷静に否定しても、理解しようとしないアルフォンス。こんな場で、大々的に我が家の方針を決めつけられては困る。
「話を聞いてください、殿下……!」
「俺はここに宣言する! 完璧な淑女であるラフィーネを妻とし、共に国のために尽力することを!!」
…………言ってしまった…………。
大勢の貴族子女の前で大きな声ではっきりと、取り返しのつかないことを。
デビュタントの高揚感でのぼせ上がっている一部の貴族子女から、わっと歓声が上がる。アルフォンスを支持するように拍手も起こった。
気をよくしたアルフォンスが、得意気に頷く。
「ラフィーネは未来の国母となる令嬢だ。そんな彼女を虐げたのだから、おまえも今後の自身の身の振り方を、よくよく考えるがいい」
そう吐き捨てて背を向けようとしたアルフォンスに、もう呆れるしかない私は、とうとう突き放すように言い返した。
「それは、殿下の方ではありませんか?」
「…………何?」
怪訝そうに足を止めたアルフォンスの後方に視線を移す。
開かれた広間の大きな扉から、遅れて入場する男性の姿に、誰もが釘付けとなっている。
デビュタントを迎えたことを示す白い正装姿に、短く整えられた赤い髪がとても映える。その下の顔は、はっとするほど美しく────。
すれ違った大勢の貴族子女が見惚れ、注目を集めていることも気にとめず、彼はまっすぐに私の前までやって来ると、にこりと艶やかに微笑んだ。
「遅れてごめんね、クラリス。私と踊ってくださいませんか?」
あまりに自然な仕草で差し出されたその手を取ろうと、手を伸ばした時。
他の生徒と同様にぼうっと見入っていたアルフォンスが、我に返ったように声を上げた。
「だ……誰だ、おまえは? 学院に、おまえのような男はいなかったはずだ」
その問いに、一瞬驚いたようにわずかに目を見開いた彼が、すぐに目を細めて可笑しそうに笑う。
「……ふふ。兄の顔も忘れたの? アルフォンス」
「兄!? まさか、……兄上!? なぜここに!」
「そんなことまで説明しなきゃいけないの? 君と私は、誕生日が二月しか変わらない。つまり今日、共にデビュタントを迎えたんだから、ここにいるのは当然じゃない?」
「いやしかし……!」
アルフォンスの顔色が悪い。
兄である、第二王子ラファエル。その登場に、酷く狼狽えている。二度と表舞台に現れることはないと高を括っていたのだろう。
第三王子アルフォンスは側妃の子。そして第一王子と第二王子は、正妃の子だ。本来ならば幼いながらに聡明さを垣間見せていた第一王子が、順当に王太子となるはずだった。
しかし状況は一変する。
正妃が病に倒れ儚くなったことで、側妃は王宮内で急速に力を増した。それと同時期に、第一王子が毒殺された。
側妃の息のかかった者の仕業に違いなかったが、毒を盛った侍女は終ぞ口を割ることなく処刑され、真相は明かされぬまま。
母を亡くし、そればかりか優秀だった兄が王宮内で殺されたことで、第二王子は心を病み、恐怖で食事もとれない状態になった。そのため王宮を離れ、遠い辺境で療養することが決まった。
それ以来十年間、第二王子が姿を見せることは一度もなかったのだ。
その間、第三王子を支持する貴族は増し、アルフォンスの地盤は確かなものだと思われていた。
デビュタントのファーストダンスは、婚約者のお披露目の意味もある。
私が第二王子ラファエルと踊れば、筆頭公爵家であるベルライト公爵家が後ろ盾になると宣言するようなもの。アルフォンスの磐石だと思われていた次期王の座も、危うくなるかもしれない。
────そう、思い至ったのだろう。
アルフォンスが焦ったようにまくし立てる。
「クラリス、おまえ……! 俺がラフィーネを選んだから、当てつけのつもりか? 兄上は、おまえを利用しようとしているだけだ! ベルライト公爵家の後ろ盾が欲しいだけ。それなのに、急に現れたよく知りもしない相手の手を取るのか!?」
「…………利用、ですか」
何度願っただろう。いっそ、私の立場を利用してくれればいいと。
でも────。
目の前で困ったように微笑むラファエルの手を、私は迷わずに握り返した。
その瞬間、広間にわっと歓声があがった。先程アルフォンスに向けられたものとは比べ物にならないほど、大きな。
「なっ……! どうして、皆兄上を支持している!? 第二王子とはいえ、今日はじめて姿を見たばかりのはずだろう!」
「アルフォンス殿下。まだお気づきではないのですか? この方は、よく知らない相手ではありません。ねぇ、ラフィー?」
「……………………ラフィーネ?」
アルフォンスが怪訝そうにラファエルをまじまじと見つめている。
学院で最も近しい関係にあった、と豪語していたくせに皮肉なものだ。多くのデビュタント生たちは、もうとっくに気がついているというのに。
「まさか…………! 兄上が、ラフィーネ!?」
「化粧って結構顔が変わるよね。すっぴんで人前に出るのが久しぶりすぎて、ここに入って来るのも恥ずかしくて、なかなか勇気が出なくて困ったよ」
「まぁ……。まさか遅れて来たのは、そのせいなの?」
「しまった。余計なことを言っちゃった。せっかくクラリスに素敵だと思って欲しくて、髪や衣装にこだわったのに」
「ラフィーはどんな姿でも素敵よ」
これは私の本心。
けれどラフィーは、照れているのを隠すように俯きがちにはにかんだ。
「クラリスにはみっともないところばかり見られているから、今日こそは格好つけたかったんだよ」
「私、ずっと格好いいと思ってたわよ?」
「今でも毒見してもらわないと、ベルライト公爵家以外では何も口にできない情けない男なのに?」
「…………ラフィー……」
ラファエル──ラフィーが、そんな風に考えていただなんて、思いもしなかった。
私はずっと、ラフィーの力になりたかった。
ラフィーと、はじめて会った日のことを思い出す。
父から遠い親戚の娘を預かった、と紹介されたラフィーは、明るい色を持つ可愛らしい容姿に反し、酷く怯えた目をしていた。
それなのに母も、三つ年上の兄も、ラフィーに対して腫れ物に触るような扱いだった。警戒心を滲ませ、慎重に距離をはかるように。
今思えば幼すぎた私と違い、ラフィーの本当の立場を知っての対応だったのだろうけれど、当時の私はラフィーが不憫で仕方なかった。
だからラフィーが食事も一切とらないと知り、こっそり自分の昼食を別邸に運び込んだ。
私はその時、本気でラフィーが母と兄に虐げられ、まともな食事を与えられていないと思い込んでいたのだ。
実際は毒の恐怖で食べられなかったのだけど、ラフィーの目の前で私が同じ皿の上のものを食べてみせたおかげで、ラフィーは少しずつ公爵家の食事を口にするようになった。
私にとっては、可愛らしくて守ってあげたいと思っていた、妹のようなラフィー。
お気に入りの宝飾品を分け与え、揃いのドレスも仕立ててもらった。
一人では嫌だと駄々をこね、家庭教師から一緒に淑女としてのマナーや貴族としての基礎的な知識を学んだ。
すっかり仲良くなった頃に、正体は王子様だと明かされて、戸惑ったけれど……。
それでも、ずっとラフィーを守るつもりだったのは本当。
学院入学を機に次期王太子候補として、ラフィーは本来の姿に戻るべきだと言い出した父を、説得したのも私だ。
だって恐ろしかったから。
ラフィーが争いに巻き込まれ、彼の兄のように害されることが。
いつかラフィーが王太子になりたいと、その覚悟を決めた時には、私が婚約者として後ろ盾になると決めていた。だからもう少しだけ、ラフィーにはただの子爵令嬢として過ごしてほしい、と。
入学後はじめてのランチタイム、給仕された食事を前に、青い顔で手を止めるラフィーを見て、私の判断は間違っていなかったと思った。
けれど毒見すると申し出た私に、ラフィーは首を横に振って……。
「万一クラリスが私のかわりに倒れたりしたら、その方が私は恐ろしい。絶対に、そんなことはさせられない。私はもう、クラリスに守られてばかりではいたくない」
あの時、ラフィーの瞳に確かな決意の光が宿っていた。
筆頭公爵家の長女としてだけでなく、私は私自身が価値ある人間になるよう、努力をした。入学後は一層に。それこそが、ラフィーを支えることになると信じていたから。
しかしラフィーは常にその上をいく。
成績は首位をとり、完璧なマナーと人脈作り。
いとも簡単にアルフォンスを手玉にとり、毒見係をさせることで、ランチの問題も解決した。
卒業が近付くと、アルフォンスの側近候補とされていた優秀な令息たちにも正体を明かし、味方に引き入れて……。
私の力なんて必要としない。一人で強くなっていくラフィーを、ずっと隣で見ていた。
悔しさと、寂しさと、それから少しだけ妬む気持ち。
いろんな感情が渦巻いて、一人で何でも抱え込んで進んでいくラフィーと、時に言い争いにもなった。きっと私は、ラフィーが私から離れていくのが怖かったんだろう。
そんなラフィーが認めた、今でも消えない毒への恐怖心。長い年月をかけても、拭い去ってあげられなかった。
せめて私の公爵令嬢という立場を利用して、王太子となる足がかりにしてくれたら良い。例え私の存在なんて必要ないくらい、ラフィーがその足元を確かなものにしていたとしても。微力でも、力になりたい。
「ラフィー。ベルライト公爵家が、あなたの後ろ盾となることを約束するわ。あなたは王太子になる器だと、誰よりも私が知っているから」
周囲に聞こえるように、はっきりと声を張った。
その瞬間、今宵一番の歓声と拍手が広間を包み込む。
そんな最中、主役であるはずのラフィーは一人、眉をわずかにしかめて私の耳へ口を寄せた。
「…………ねぇ、クラリス。勘違いしないでね? 私があなたを必要としているのは、あなたが公爵令嬢だからじゃない」
その言葉の真意を問うようにラフィーを振り仰ぐと、翠の瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。
「クラリスはそうやって、私を守って、持っているものを何でも私に与えようとするから。今度は私がクラリスに何でもあげられるように、クラリス自身を守れるくらいに強くなりたくて、ずっと努力していたんだよ。あなたの力がなくても立太子できるように、頑張ってきた。ようやくそれが実って、陛下に認められたからこそ、今日ダンスに誘った。私が言ってる意味、わかる?」
驚きに目を見張る。
ラフィーの言う通りなら、立太子の発表も近いということか。全ての手筈を整えて、ラフィーはここに立っているのだ。それも全て、私のために。
そんな告白が聞こえていたのかいないのか、アルフォンスが焦りを滲ませ、私の前に立ち塞がった。
「……っ、クラリス! 目を覚ませ! おまえは、俺のことが好きだったんだろう!? 今なら間に合う! 俺がダンスの相手をしてやる……!」
アルフォンスの方こそ、今になって私の立場を利用しようとしているのは明らかだ。
私を庇うように前に立とうとしたラフィーを視線で止めて、アルフォンスの正面に立つ。そしてきっぱりと、告げた。
「私がアルフォンス殿下を好きだったことは、一度もありません。それにたとえベルライト公爵家の後ろ盾を得たとしても、公の場で、ただの憶測で一人の公爵令嬢を貶めるような方に、立太子は難しいと思いますよ。今夜の件は改めて後日、公爵家より抗議をさせていただきます」
にこりと微笑めば、アルフォンスは酷い顔色のまま言葉を失った。立ち尽くすアルフォンスに背を向けた私の隣で、ラフィーが拗ねたように顔を覗き込んでくる。
「今夜くらい、最後まで私に格好つけさせてくれたっていいのに」
「言ったでしょう? ラフィーはずっと格好いいわよ」
そう言って、なだめるように笑みを向ける。
私はラフィーのせいで三年間、面倒な感情と戦い続けたのだ。毒見係を奪い取ったアルフォンスに嫉妬し、やたら目立つ行動ばかりをするラフィーに危機感を覚え、その命の心配ばかりして。
全てラフィーの思い通りなんて、なんだか癪に障る。私だって、少しくらい意地を張りたいのだ。
そんな私の思いとは裏腹に、今度はラフィーが周りにアピールするように大袈裟な仕草で手を差し出した。
「クラリス、愛しています。改めて、私と踊ってください」
よく通る声が響いて、とびきり格好をつけて微笑むラフィーが眩しくて、私は観念して彼の手を握りしめた。




