チラシ配り
机の上に肘をつき、いろんな角度から頬を拳で圧迫してみる。遊んでいるわけではないが、仕事をしているわけでもない。
退屈と眠気に耐え切れず、大きなあくびが出てしまう。それも一度だけではない。あくびが治らないしゃっくりのように何度も繰り返し出てしまう。
僕が探偵の仕事をはじめて数ヵ月。商人が貸してくれた空いている部屋を事務所にして、僕は次の依頼が来るのを今か今かと待っているところだった。
生活をするのに十分な依頼は来ているから、仕事は順調ではある。だけど、思い描いていた探偵のような仕事はあまり多くない。そして、依頼の数もそう多くはない。依頼が無ければ、探偵はすることがなく、無職とほぼ変わらない。
仕事内容の多くは、浮気調査だ。次に多いのは、無くしものの調査。財布とか、指輪とか。あとは冒険者がパーティーを組む際に、候補者の素行調査を依頼されることもある。
小説の世界みたいに、殺人事件なんて頻繁に起きたりはしない。いや、実際には勇者が死んでしまうという大きな事件が起きたのだが、僕が目の当たりにしたのはその事件だけだ。
この国の治安は割かし良い。勇者が死んでしまったことは、まだ世間には知られていない。もしその事実が広まると、確実にこの国の治安は悪化してしまうだろうが、今は以前と変わらない日常が続いている。
平和なのは良いことだ。でも、そろそろ大きな事件も解決してみたい。不謹慎かもしれないけれど、探偵を仕事にした僕にはそんな気持ちが生まれてきていた。
殺人事件は起きなくていい。もう自分の周りで人は死ななくてもいい。でも、怪盗からの予告が来たとか、遺産に残された暗号を解読して欲しいとか、そういう仕事ならやってみたい。
そこで僕は一つの作戦をピコーンと閃いた。
「その謎、解決しませんか?名探偵に初回無料で相談できるキャンペーン中!今だけ!」
そんなチラシを手書きで作り、印刷し、街中で配ってみることにした。奴隷育ちの僕は文字を書くことができないから、文章は商人にお願いして書いてもらった。僕は全体のデザインとか、探偵っぽい僕のイラストとかを担当した。僕自身絵は上手くないはないが、味が合って悪くはない、と個人的には思っている。
事件が起こるまで指をくわえて待っていても仕方がない。事件は自分から探しに行かなきゃいけない。
僕は勇気を出して、右から左へとリズムよく街を歩く人たちに声をかけ、チラシを配っていく。
「おー、それ配ってんのか?」
早速、男の人がチラシに興味を持ってくれた!
「はい!謎で困っているんですか?!」
僕の胸は高鳴り、ワクワクが止まらなくなっていた。ついに謎が来た!いったいどんな謎だろうか、さっきまでの眠気が嘘のように吹き飛ぶ。
「おぅ!謎が鼻に詰まって息がしにくいんだわっ」
その男の人はそう言うと、チラシをくしゃくしゃに丸め、びっくりするような大きな音で鼻をかんだ。そして、彼はそのまま去っていった。
「ええ…。」
僕は結構引いた。
その後もチラシを配り続けるが、なかなかその場で良い反応は貰えない。
まあ、チラシには連絡先を書いてあるし、後で連絡が来ることもあるだろう。僕はそう考えることにして、とりあえず目の前を歩いてくる人にチラシを配りまくった。
「あのあのあの!お兄さん!!…いや、見た目的に年下かな?…弟さん!!」
突然、明るく元気な声が耳元で聞こえた。
「え、あ、僕のことですか?」
いきなりだったので、弟さんと呼ばれたことにはうまくツッコめなかった。
声がする方を見ると、僕より少し背の高い赤髪でポニーテールの女性が、少し屈んで、まん丸い目で僕の方を見ていた。見た目はお姉さんという感じで、確かに僕より年上っぽい雰囲気があった。
屈んだ彼女の胸の谷間がふいに目に入り、いけないと思いすぐに目をそらした。
「はい!あなたの事です!!もしかして、探偵をされているんですか?他の人がチラシを貰って話していたところがちょっと聞こえて!」
彼女は勢いよく話を進める。これはもしや…
「もしかして、解決してほしい謎があるんですか?これ、チラシなのでよければ…」
僕は彼女にチラシを渡して質問をしててみた。さっきのチラシで鼻をかんだ男が脳裏に浮かぶ。僕は期待をしすぎないように注意した。
「へったくそな絵ですね!!」
チラシを見た彼女の最初の一言は、僕が描いた絵の感想だった。
「うう…」
僕は心がキュッとなった。味のある良い絵だと思っていたのに…。
「あ、ごめんなさい。つい言葉が。うっかり。…へぇ、初回無料で相談できるキャンペーン中なんですね、それはありがたい!」
彼女はチラシを持ちながら、片手でゴメンねのポーズをする。可愛らしいそのポーズに、キュッとなった僕の心も少し癒された。
「実はうちの猫がいなくなっちゃって…。ヌコスケって言うんですけど…。もうずっと見つからなくて。」
さっきまで元気だった彼女は、そのことを話すと途端にしょんぼりした。目はうるうるとしていて、今にも泣きだしそうだ。
「ヌコスケ失踪事件…。この謎、解決してくれませんか?」
期待していた依頼では正直なかった。断ろうかとも少し思った。でも、彼女のしょんぼりした顔を見てしまうと、僕は断ることができなかった。




