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勇者と真実

…この中で嘘をついているとしたら、果たして誰だろうか。頭の中で思考がぐるぐると回る。勇者がスライムに殺されてしまった状況を、頭の中で綿密に再現する。


僕は勇者の遺体の様子と3人の発言の中に、小さな矛盾を見つけた。本当に小さな矛盾だが、今はこの矛盾から真実を導き出すしかない…!


スライムのコアを狙うのが難しいなら、まずは少しずつ分離させて弱体化させていくんだ。テトラに教えてもらったことを思い出すと、僕は少し勇気が湧いてくる気がした。




「改めて聞きたいことがあります。勇者様の死因は何ですか?」


僕が尋ねると、剣士は呆れるように言った


「見たらわかるだろう、スライムによる窒息死だ。」


そう、勇者の死因は窒息死だと僕も思っていた。


「スライムは一度付着するとなかなか離れない。だが、スライムが顔を狙って攻撃してくることはほとんどない。だから実際にスライムに殺されてしまう人は多くないが、実際にスライムが冒険者を殺した事件も過去に起こったことがある。スライムとはいえ、相手はモンスターだ。命を失うこともある。彼は運が悪かったんだ。」


剣士は饒舌に喋り続ける。


「僕の手にもスライムがついて、なかなか離れないんだ。これが顔に張り付いたと考えると恐ろしいよ」


そう言って、剣士は右手に付着したスライムを見せた。  


「勇者様はスライムに窒息させられそうになった。そこで、魔法使いの彼女は回復魔法を使おうとした。」


「…はい、そうです。」


魔法使いは静かに答える。


「いったい何の魔法を使おうとしたんですか?」


場の空気が張り詰める。


「ですから、勇者様の怪我を回復する魔法です。あっ、いや、その…」


「窒息しそうな人間を魔法で回復することは不可能です。回復魔法は人間の治癒能力を一時的に強化する魔法です。しかし、いくら怪我を回復させても、酸素の供給が経たれてしまうと人間は死んでしまいます。」


僕はそう言いながら歩き出し、勇者の遺体に近づく。


「勇者様の本当の死因は窒息死ではない。だから、あなたは回復魔法を使おうとした、と間違えて言ってしまった。」


僕は手を伸ばし、仰向けになっている勇者の遺体を動かそうとする。本当の死因は、今まで見えていない所に隠されていたのではないか。


僕の手が勇者の遺体に触れそうになった瞬間、何かによって手を強く弾かれた。


「必死だったんです!仲間が死にそうな時に、冷静な判断なんてできませんでした!私は何とか彼を助けようとして、回復魔法を使おうとしたんです。」


視線を動かすと、僕の手を弾いたのは、魔法使いのか細い右腕だった。


そして、いままであまり見えていなかった彼女の右腕の様子が目に入る。その右腕には深い傷跡が残っていた。僕は、また一つおかしな点に気付く。僕は怯まず質問をする。


「これが、スライムと戦っていた時についた傷ですか?」


見られてはいけないものを見られてしまったかのように、魔法使いは手を引っ込める。


「みなさんは本当にスライムと戦っていたんですか?」


僕の問いに、魔法使いは口を強く閉じ黙り込んだ。僕はスライムと何度も戦ってきたから分かる。スライムと戦っていたのであれば、こんな深い切り傷がつくはずがない。スライムの攻撃で痣はできるが、深い切り傷はできない。


「彼女は精神的に疲れているんだ、あまり詰めるような話し方はよしてくれ。あと、さっきも言ったが遺体を勝手に触ろうとするのはルール違反だ。」


剣士が間に入り、僕の体を止める。




ここで怯んでいてはいけない。真実に少しずつ近づいている手ごたえがある。勇者がスライムに殺されていないのであれば、他にも矛盾が生まれているはずだ。魔法使いは確実に嘘をついている。だったら、同じ現場にいた剣士も同様に嘘をついているのではないか。2人で協力して、何かを隠そうとしているのではないか。




その時、光の反射で勇者の指輪がきらりと輝いた。


脳内に稲妻が走ったようなひらめきが浮かぶ。そうか、これだ。勇者がスライムに窒息させられ殺されたのであれば、明らかにおかしい点がある。僕はスライムのコアを狙って刺すように、剣士を鋭く問いただす。


「勇者様はスライムが顔に張り付いた後、どうしていましたか?」


「どうって、それはひどく苦しんでいたよ」


「苦しんで、勇者様はどうしていましたか?」


「…苦しみながら溺れるように死んでいったよ。悪趣味なことを聞かないでくれ」


「そんなに苦しんでいるのに、勇者は顔のスライムを取ろうともがかなかったんですか?」


「…もがいてたさ。当たり前だろう。あんまり思い出したくないんだ。全部を言わせるな」


「そんなにもがいていたのに、どうしてスライムは顔だけに付着しているのでしょうか?体や手にも付着するのが普通ではないでしょうか?」


ライムの言葉に、剣士は黙り込んだ。剣士の右手には、今も分離したスライムが張り付いている。


「スライムは一度体に付着するとなかなか離れない。あなたがさっき言った言葉です」  


僕がそう言うと、剣士は「おい、止まれ!!」と剣を構えた。


僕はその声を無視し、どうにか勇者の遺体をひっくり返した。背中には深い傷跡があり、大量に出血した跡が残っていた。やっぱりだ。


勇者の死因は、この傷による大量出血だ。顔に張り付いたスライムはただの偽装で、勇者が死んだ後に何者かによって付けられたのではないか。




「剣士、あなたが勇者様を刺し殺したんじゃないですか?」 僕は問いただした。


剣士は黙り込む。


「魔法使いの彼女の右腕にある深い傷は、あなたが勇者様を回復させないために彼女を攻撃してできた傷じゃないでしょうか?そして、彼女を脅し、勇者様はスライムに殺されたと言わせている。そう考えると、彼女が泣いていたことも、全てに辻褄が合います。」




剣士は嘲るように笑いながら言った。


「…君の推理は終わりかい?僕は言っただろう。僕の力では勇者を殺せないと。勇者様はこの国で最強なのは常識だ。子供でもまともな教育を受けていたらそれくらい知っているだろう。」


「その通りです」


僕は反論せずに同意した。その矛盾には僕も気づいていた。だから、ずっと考え続けていた。その矛盾を解決するストーリーと証拠を。


「でも、あなたが勇者で、死んだ彼が剣士であれば、矛盾はありません。勇者の力があれば、剣士なんていとも簡単に殺せます。」


僕が辿り着いた真実は、殺されたテトラは勇者ではなく、剣士だったというものだ。そして、この剣士が本物の勇者で、剣士であるテトラを殺した。勇者は、剣士テトラに何かしらの恨みがあったのだろう。


「…はははっ、確かにそうだ。だが、そんな証拠はどこにもないだろう」


男は返す。


「勇者の指輪がなぜスライムで汚れていないのか、考えたんです」僕は続けた。


「勇者が剣士を刺し殺した後、死んでしまった剣士に勇者の指輪を付ける。そして、剣士の顔に分離させたスライムを張り付ける。そうすれば、スライムに殺された勇者を偽装することができる。そして、指輪がスライムで汚れることはない。」


男はゆがんだ笑みを見せる。


「あなたの右手に付着しているスライムは、この偽装をしたときに付いたのではないですか?体に付いたスライムはなかなか離れませんからね」


「…僕がそんな分かりやすい証拠を残すわけがないだろう。考え方が安直すぎる。」


「ええ、普通の人であれば、スライムを触って偽装した証拠なんて残しません。ただ、あなたはそれ以上に隠したいものがあった。右手に残っている、勇者の指輪をつけていた跡です。スライムを右手に付けていれば、自身が勇者であることを自然に隠せるとあなたは考えた。」


「…。」


「それに、僕は以前、テトラさんに助けてもらい、握手をしたことがあるんです。でも、その時は彼が勇者だと気づきませんでした。こんなに目立つ指輪なのに、握手までしたのに、気付かないなんてことはあるでしょうか。僕の記憶が正しければ、彼の右手には、本当は指輪なんてついていなかったんです。」


男は、その顔から笑みを消した。




「…君、意外と賢いんだね。君は元々奴隷だと聞いていたから舐めていたよ」


彼は、自分自身が勇者であり、死んだのは剣士であることを認めた。ダンジョンの一階だったら、剣士も魔法使いも油断しているため計画を実行しやすいだろうと考えていた。実際、2人とも油断をしており、隙だらけだった。魔法使いを攻撃し、回復魔法を使えない状態にしたのも、全ては剣士を殺すという計画のためだった。


だが、僕にはまだ分からないことがあった。なぜ勇者が剣士を殺して、その遺体を勇者に見せかける必要があったのか。




「なんで仲間を殺したんだ!何か恨みがあったとしても、話し合いで解決するべきだろう!勇者が、そんなことしていいのか!」


「…そろそろ時間かな」


男がそう呟くと、突如、剣士テトラの遺体が燃え始めた。男はあらかじめ遺体に時限魔法をかけていたのだ。


「僕の計画は失敗だ。君が騎士団を呼んでいるうちに、この死体は燃やしておくつもりだったんだ。そして、勇者が死んだという嘘の噂を君に広めてもらい、僕は姿を消すつもりだった。そうすれば、僕が本当は生きていることを隠し通せるだろうと考えた。」


「そんなことのために、仲間を殺したのか…?」


ライムの問いに、男は虚ろな目で答えた。


「勇者なんて仕事、奴隷みたいなもんだよ。自由なんてない。人のために自分を犠牲にし続けないといけない。死ぬまで誰かを助け続けないといけない。人のために自分を犠牲にして働いてきたんだ。命を懸けて人々を助け続けてきたんだ。だから、1回くらいなら良いだろうと思った。自分のために誰かを犠牲にすることがあっても」




僕は、うまく言い返すことができなかった。自由のないことの苦しみや、自分を犠牲にし続けることの苦しみはよく分かっていた。


男は商人に「すまないが商人、計画は失敗したから報酬は無しだ。今回の話はすべて無かったことにしてくれ」と言い残し、姿を消した。僕は必死で彼の姿を目で追いかけたが、見つからなかった。テトラの遺体は赤い炎に包まれ大きく燃え上っていた。僕の心は怒りとむなしさでいっぱいだった。僕の推理に、行動に、意味はあったのだろうか。




魔法使いは、緊張の糸が切れたように泣き崩れた。 剣士が殺され、自身は勇者に脅され、どれだけ怖くて悲しかったことか。もし誰かに事件の真実を話したら、今度は自分が勇者に殺されるかもしれない。彼女の恐怖と悲しみは計り知れない。僕は彼女の様子を遠くから見守ることしかできなかった。




商人は僕に近づき、深々と頭を下げた。


「すまなかった!!わしは、金欲しさに嘘をついていたんじゃ。あやつに奴隷出身のライムなら騙せるんじゃないかと言ったのもわしじゃ」


「…嘘をつかれていることくらい慣れていますから平気です。」


僕は淡々と答えた。奴隷として今まで生きてきた僕は、人に騙されることや、裏切られることには慣れている。


「あなたは僕にずっと嘘をついていますよね。本当はお金がないのに、僕の世話をしてくれていたこと、ずっと気付いていました」


僕は、商人が嘘をついていた理由が何となく分かっていた。そんな商人を僕は責める気にならない。


「…本当にすまなかった」


商人はもう一度、僕に深く頭を下げた。




「というか、そんな話をしている場合じゃありません!このままだとダンジョンごと燃えてしまいます!早く騎士団を呼ばないと…!」


赤い炎が少しずつ燃え広がっていた。僕は商人を背負い、少し気まずく感じながらも魔法使いに声をかける。


「あの、まずはここから逃げましょう…!歩けますか?」


魔法使いは顔を上げ、涙をぬぐいながら僕に言った。


「ありがとう、探偵さん。あなたのおかげで、私は嘘をつき続けずに済みました。」


僕はあの勇者の嘘を見破ることはできたが、結局は逃げられてしまった。僕の推理に、行動に意味はあったのかと自問自答をしていたが、その魔法使いの言葉になんだか救われたような気持ちになった。


魔法使いは自分の力で立ち上がり前を向いた。僕達は騎士団を呼びに街へと駆け出した。

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