まわりをかんさつせよ③
『佐藤さん。すみません。こんな夜中に。』
「いえ…ふぁ…どうされました?」
『その…寝付けなくて。散歩をしようと思ってるんですけど、こんな時間ですし…』
「あぁ…わかりました。どちらに?」
『初めてお会いした公園で。そこまでは明かりもありますし、人通りもあって安全なので。』
「そうなんですね、わかりました。」
『お願いします。それでは。』
夜中。丁度浅い眠りになったタイミングで枕元に置きっぱなしにしていた携帯が鳴った。
半目で携帯を操作して誰かわからないまま出れば、相手は明司さんだった。
相手が相手なだけに脳がだんだん覚醒していくが、その覚醒に間に合わずに遅れてあくびが通話に乗った。
明司さんはそれに特に何も言わず、電話をした要件を話してくれた。
電話越しながらも不安そう、申し訳無さそう、というのが伝わり、話を聞きながら体を起こしてベッドからクローゼットへ。
要件としては「今すぐに」ということでかっちりしていく暇はないだろう。
ハンガーに掛かっている灰色の半袖Uシャツを取ってすぐに着て、同じくハンガーに掛かっている黒の薄手のジャンパーをひったくって着る。
その下、プラスチックケースの引き出しを足で引いて、一番上にあった黒ジャージのズボンを取って引き出しを足で戻す。
服を着る音も通話に乗せたまま、合流場所も聞く。
あの場所なら、徒歩だと数十分かかるな、相手より早く着けばいいが。
合流場所についても納得した事を返せば、相手は自身の返答をしてすぐに電話を切った。
ズボンを履いて、靴…サンダルでいいや。
携帯、身分証とかの大事なカードの入ったケースを持ったのを確認して寝室を出る。
歩きながら携帯を操作して、翔へメッセージを送る。
「依頼人とあの公園散歩してくる」
「わかりました。」
送ってすぐに返信がきたので既読だけつけて画面を閉じる。
由実さん、明司さん、どちらの依頼に関しても現状行っているのは「見守り」の部分だけだ。
探偵として調べる、ということは一切していない。というかしなくて良くなった。
由実さんの方は、話を聞いている限り警察に行ってない。
ばーさんからも警察のケの字も出なかったし、本人からも出てない。
それに、翔が相手しているなかで「警察に行ったのか」と質問して「信用していないのでしていない」と回答をもらっている。
ストーカー被害に会って襲われもしたんなら信用度は低くても警察に駆け込むのが正しいだろう。
そうでなく、偶然会ったばーさんに話をして、得体のしれない探偵に話して相手を見つけて捕まえて、なんて。
対象者にどんだけ執着してんだ。
明司さんの方も、あれ以降仕事が遅くなった帰りに1、2回一緒に帰ってほしい、とお願いされただけだ。
その中でも警察のケの字も出てない。
男性、ということで相談するのが恥ずかしい部分もあるのだろうが、対象者の気性にもよるが、住まいを特定されるという命の危険性を一旦考えないといけない事までされているのにしない、という事は俺はあまり考えられなかった。
それに、俺が探偵であるという広く一般的に言えば「何かしら解決してくれる役職」というのがわかった途端、対象者を見つけてほしいだなんて。
見つけて、一体何をするんだ。
互いに、捕まえたとて、見つけたとて、そこから先は相手方が警察に突き出すなりするなら手伝いくらいはしてやろうか。
ちゃんと、そうするなら。だが。
さて、とりあえず会ってどうしようか。
明司さんの方は、雑談しながら散歩コースを回ってればいいだろう。
散歩コースの該当は数本が電球切れを起こして付いてなかったり、悲鳴を上げてる該当が数本ある。
だから、夜に回るのは男女ともに危険だ。肝試しで歩くなら論外だが。
それがわかっているから俺を呼んだんだろう。
俺ももし歩くなら翔を一緒に歩かせる可能性はある。
というか、家で映画見てれば寝るしそんな事しないか。
そこを歩いて話して回って…ぐらいか?
起きたついでに資料にもまとめた事を思い起こしながら歩いていれば、目的の公園に着いていた。
生きている該当が道を照らす中、歩いて明司さんと初めて会ったベンチへ向かう。
誰もいない。どうやら先に着いたようだ。
意外と疲れた、とベンチに腰をおろす。
こっから歩くのか…帰りてぇ~。
面倒くさいゲージが溜まり始めて中間ぐらいまできたなーと感じた所で、俺が来た方と同じ方向から人影が見え、立ち上がる。
人影は次第にしっかりと人になり、相手がわかる。
明司さんだ。
黒い半袖シャツにジーンズ材の半ズボン。虫が好きそうな格好だ。
黒縁の眼鏡をかけていてるということは、本当に寝ようとして寝れなかったんだろう。普段はコンタクトしてるって言ってたし。
こちらの顔を視認できたのか、明司さんは少し駆け足で近づいた。
『すみません。お待たせしてしまって。』
「いえ。お気になさらず。…行きましょうか。」
『はい。』
会って早々、謝罪を受けるが待った事自体気にしていない。
なのでそれを伝えて、散歩コースへの道を先んじて歩いた。
明司さんもそれに流されるまま、隣を歩き始めた。
『本当は寝ようと思ったんですけど仕事の事を思い出して寝れなくなってしまって…』
「ですよね。眼鏡かけられてますし。」
『…覚えてたんですか?仕事ではコンタクトだと。』
「仕事というか、普段はコンタクトだと仰ってたので。眼鏡をしているならコンタクトレンズは外しているでしょう?外すなんて長時間目を開けない時とかでしょうし、そうかと思っただけですけど、当たってたみたいですね。」
『流石探偵さんですね。』
「ハハ。ありがとうございます。」
『職場の上司も、佐藤さんぐらい記憶力の良い、察せれる人だと良いんですけどね…』
「…何があったのかお伺いしても?」
『些細なことですよ。離席時にパソコンの画面をつけっぱなしにしたり、椅子を出しっぱなしにしたり、ウォーターサーバーの水を取り替えなかったり。それらを出来ない人が多くて。』
「はぁ。」
『そこら辺、気付いた人がやったり、注意したりすれば良いんですけど、それが上司だと…』
「あー…言いづらいってやつですか?」
『言うのは簡単です。その後、数日たった後とかに同じことして注意したら、逆ギレするんですよ。「もっと前に言え」とか「お前がやればいいだろ」と。』
「あ~」
『さっき言った椅子とかウォーターサーバーの水とかなら良いんですけど、パソコンの画面は…触れる事自体、機密事項を見る可能性もあることを思うと触れないじゃないですか。だから、自分でやって欲しいんですけど…全然してくれないしキレるしで…』
「それは…」
『それにプラスして日頃のストレス吐き出すみたいにグチグチ言って来ますし。俺に関係ないことですよ?俺に言われても同仕様も無い事を言われてもですし…すみません。ちょっと熱入りすぎました。』
「気になさらず。まず周りの些細なことに気を配れるのは素晴らしいことですし、上司の、目上に当たる方に注意できるなんて明司さんは凄い方だと思いますよ。」
『…そうでしょうか。』
「ええ。それに、機密事項を自分が見てしまう危険性も考えているなんて、頭良く回りますね。自分だったら勝手に画面消してますよ。それか触りません。」
『まぁ、一番は触らないのが良いんでしょうけど…会社の大切な情報をさらしていると思うと…』
歩きながら、予想通り寝れなかったこと、その予想を伝えたら称賛されて、流れで寝付けなかった理由を聞けたことが知れた。
理由の詳細を聞く限り、明司さんは物怖じしないタイプなんだろう。
SNSやドラマを見る限り上司に物を言えない社会人がいる中で言えるのはそこに分類してもいいだろう。
その上、社畜と言うか、ルールに厳しいというか、完璧人というか。
だからこそ、警察に行かなかったのか?
というか、出会い系で求めた相手にもそれくらいのを求めたりしたのか?どうだ?
…いや、そこら辺は考えなくていい。
適当に、気に障らない程度に相手を上げる言葉をかけて歩いていれば、街頭がまだ生きている所まで来ていた。
これ以降は悲鳴を上げる街頭と事切れた街頭しか無い。
そこで、反対側から誰かが歩いてきた。
2名。身長的に恐らく男女か?と思い、歩幅を大きくして明司さんより少しだけ前に歩けば、それは見知った顔だった。
隣には、別の依頼者、由実さんが。
「…翔じゃん。」
「啓介さん。」
『あ!探偵さ…』
丁度、街頭の明かりの範囲に互いに入り、互いがわかる。
それは、こちら側のことも。
翔に声をかければ、翔も俺に声をかけ、由実さんも俺に気づいて明るい声で俺に声をかけたが、俺の後ろにいる相手に目を向けた辺りで声を途切れさせた。
こちらも止まって、後ろにいるであろう明司さんの方を振り返れば、俺から数歩離れたところで止まって、由実さんを見ていた。
さっきまで全然普通だった目の開き具合が眼球全てさらけ出すんじゃないか、ぐらいの開き具合になっていた。
由実さんから話をもらったタイミングとその内容、明司さんから話をもらったタイミングとその内容。
それがほぼほぼ同じ過ぎて、安易も安易すぎるが「互いが対象者」だろうと考えたのだ。
もしかしたら、被害に会った時期が全然違うとかもあり得るし、安易すぎるか~と思っていたら合致した。
そんなこっちからしたらラッキーが起こり得てしまって、口角が上がりそうで口元を手で隠した。
そんな事をしてれば、明司さんが大股で俺、ではなく由実さんの方へ歩いていそうな歩き始めたので、翔達にかち合う2歩前くらいで明司さんの前に入り、体で止める。
「どうされたんですか?」
『どいてください。アイツです。』
「何」
『見つけてほしい相手です!あの女!』
上がりかけた口角を戻して、至って驚いた、という風でどうしたのかと問えば、明司さんはさっきまでの落ち着きを無くして答えた。
由実さんを指さして、依頼した対象者であると、声を上げて答えた。
勢いのままに体で押されそうであったので止めれば、「啓介さん」と翔の声が後ろから聞こえて振り向く。
すると、真後ろに由実さんがいた。
『見つけた。私にグチグチ文句言いやがった奴。』
『お前も俺に文句言ったよなぁ?』
「ちょ、どっちも落ち着いて。」
『どけ!!』
『どいてください。』
「いやいや、落ち着いて。」
あまりにも真後ろで声が出なかったが、由実さんの方も明司さんが依頼した対象者であると口にした。
由実さんは冷静な声色だが、明司さんは熱くなった声を後ろで上げている。
熱くなってる明司さんの方に体を向けて落ち着くように言葉でも行動でも伝える。
が、熱くなった明司さんは止まらずに俺をどかそうとしてきた。
そう簡単にどかせるような体重ではないので動かないでいれば、後ろから由実さんが同じように声をかける。
温度の違う怒りを間から受けてどうしようかとしていれば、明司さんの腕が動いた。
それで、由実さんの二の腕を掴んで俺からズラすように引き出した。
自身も同じようにズレて、俺が間に挟まらない形で2人が対面してしまう。
『痛い!やめてください!』
『全然見つかんねぇと思ってたらようやっと…』
『離してくださいって!』
明司さんが掴んだ手を離そうと由実さんが明司さんの腕を何度も叩くが、性別的な力量差がどうしてもある。
流石にと、再度合間に入ろうとして、由実さんが体を左右に大きく振ることで勢いで明司さんの拘束を解く。
そして、持っていた鞄をあさり始めたので嫌な予感がして、その腕を止める。
「ストップストップ。ふたりとも落ち着い、って。」
『絶対許さない。痛い思いもさせたし。』
「おいおい…」
腕を止めたが、それすらも由実さんは振り払ってカバンからカッターを取り出した。いつも持ってんのかよ。
流石に触れないと手を上げて、丸腰の明司さんの前へ。
と、思えば、ちらりと後ろを見た時、明司さんはバックポケットを触っていて、そこからどこで手に入れたのかバタフライナイフを持っていた。
下手したら両側から刺される。そう考えて翔に目を向ければ、俺等を超えた先に目を向けていた。
『何されてるんですかー?』
声を聞いて明司さんに体を向けるよう振り返れば、白いパーカーシャツを来て、Gジャンジャケットを羽織った青い髪の青年がいた。それは、以前の依頼で窃盗犯を捕まえてくれた警察の顔だった。
彼は、俺と目を合わせ、状況を見て目つきを変え、大きな歩幅でこちらへ歩いてくる。
近づけば見えるだろう由実さんの手に持っているカッターに明司さんの持つナイフ。
知っている警察が来たことで安心して上げていた手を下げる。
「よかった。警察さ、ん~!」
『なんで!』
「っ、ぁなにしてるんですか。」
『離してください!!やだ!』
『ちょっと!何してんですか!?』
下げた瞬間に、明司さんがナイフ持った手を雑に振り上げて降ろし始めたので止める。
その後ろで殺意を感じて体を強張らせた。
が、近い所で翔の声と何かを掴む声、そして由実さんの否定するような声がしたので問題ないと安心する。
その様子を見た青髪の警察はちゃんと声を上げて近づいてきた。
彼の後ろから、赤髪の、それこそ、あの時にこの青髪の警察と同じように動いていた警察が走って近寄ってきた。
そして、状況をみて携帯を出して誰かに電話をかけた。
『俺ら非番なの!!来て!えーっと…』
『すみません。警察のものなんですけど。』
『なんで警察がいるの!?』
『おい仕組んだだろ!』
「いやほんとに偶然で…」
「そんな事ある?」
赤髪の警察も、赤のデザインシャツと半ズボンで警察らしくない。
それに非番だと電話口でもはっきり言っている。
近づいた青髪の非番警察は、俺の後ろにいた由実さんの方へ寄って、取り押さえてくれた。
赤髪の非番警察も、電話を終えながら俺の方へ寄って明司さんの方を取り押さえた。
どちらも警察がいることに文句を言ってはいるが、翔も言うようにこれは本当に偶然だ。
安易な予想をつけて話し合いなり警察に連絡するなりしてくれ、と思って鉢合わせさせたが、刃物類を持ち出されることになるとは。
下手したら明日のニュースに俺と翔が乗っていた可能性だってある。
前回といい今回といい、運が良くて助かった。
前世で何か良いことでもしてくれたんだろうか。
俺等の代わりに非番警察が取り押さえてくれて数分、非番じゃない警察がやってきて、由実さんと明司さんに手錠をかけた。
そして、互いに連行されて行った。
『すみません。この件についてお話聞いても大丈夫でしょうか…?』
「はーい。いいですよ。」
俺等は、連行して行った人達とは別の警察に、事情聴取をさせられた。
そこで、探偵であること、双方の依頼を受けて仕事をしていて、「偶然」互いに出会ってしまってああいう状況になったということを説明した。
出会わようとしたのは仕組んだことだが、それを確定付ける証拠も何も無い。
俺と翔のメッセージのやり取りですら残してないんだから。
全部、俺等の予想が合致して、互いに意図を汲んで行動したから起きたこと。ほぼ偶然同意義だろ。
それだけの説明をして、名刺も渡せば警察側は納得して引き下がった。
「ご協力感謝します」とよくある挨拶と一礼をして、彼らは帰っていく。
「いやぁ…まさか警察さんが来てくれるなんて。」
『声が聞こえたので。寄ったらまさか…』
「ご面倒おかけして申し訳ないです。」
『いえ!非番なのに動いたコイツが悪いんで大丈夫ですよ。』
『いたい!危なかったんだもん。』
「まぁ、おかげで助かったので。ありがとうございます。」
彼らが帰った後、残った非番警察と少しだけ会話をした。
青髪の非番警察は困ったように正義感が勝ったと告げた。
翔が非番である彼らに対応サせたことを謝れば、赤髪の非番警察が青髪の方の背中を叩いて気にするなと返してくれた。
青髪の非番警察が痛さに声を上げたが、やはり正義感が強かったらしい。
どうにせよ、怪我をせずに済んだので素直に感謝を伝える。
「それじゃあ、俺等は失礼しますね。」
『はい。お気をつけて。』
『あの。』
そのまま帰ろうとして、青髪の非番警察が帰そうとしたタイミングで、赤髪の非番警察が呼び止めた。
それに表情だけで疑問を伝える。
『あなた、探偵なんですね。』
「そう…っすね。」
『名刺とかありますか?』
「あぁ、ありますよ。…はい。」
『ありがとうございます。それじゃ、お気をつけて。』
きっとさっきの事情聴取を聞いたんだろう。否定はせずに答える。
すれば、名刺を要求されたので、免許証とかを入れていたケースに1枚奇跡的に入れていた名刺を取り出して渡す。
受け取った赤髪の非番警察は笑顔で受け取って、先程の青髪の非番警察と同じように帰りを促した。
探偵の名刺を受け取って何が嬉しいのか。
気にして帰れなくなっても面倒なので、笑顔を貼り付けて翔といっしょに帰る。
数日後、知らない番号から仕事用の電話に連絡があり、受ければ名刺を渡した赤髪の警察だった。
聞けば、あの時捕まえた2人に関してで、双方普通に逮捕して、罰を受けることになったらしい。
そうですか、と適当に流して電話を切って、ため息を吐く。
そこへ、丁度飲み物を持ってきてくれた翔が入ってきた。
「どうしたんですか?」
「あの2人捕まった。」
「そうなんですね。」
「今回はちゃんと料金取ろうとしたのに!」
「まぁ…あ、あのお婆さんに取れば良いのでは?」
「依頼人でもねーのに無理だろ。」
「それも…そうですね。」
飲み物を机の上に置いてくれながら問いかけてくれたので、電話口の話を伝える。
すれば、前回とは違ってあっさりとした回答だった。
今回は、調べるではなく俺等の時間を相手のために使うという事をしたので金を取ろうとしたが、結局できずじまいになった。
それに、翔はあのばーさんをあげたが、依頼人でない相手から金を取ることは出来ない。
翔もそれに納得して長ソファに座る。
「あー最悪。前金取るようにしようかな。」
「それもいいですね。」
改善策をあげて考えるが恐らくしないだろう。俺的に。
もう夏だ。昨日外に出たら暑さで溶けるところだった。
可能なら外にでる用を作りたくないものだ。