まわりをかんさつせよ①
今日はいい天気だ。青い空に白い雲がいい具合で。
そして今はお昼時。そんな時間に俺と翔は揃って全く持って馴染の無い喫茶店に来ている。
ビルの2階にあるものの、昔ながらの純喫茶を感じるこの喫茶店。
人の通りが見れる窓際の席の1つ。窓側でゆるい日差しと同等の冷房を感じながらメニュー表を見る。
店の感じとは反対に、メニュー表は現代的にデザインされていて、料理だって喫茶店ならでは、からファミレスにあるようなものまで載っている。
ちょうど昼だからと出されているランチメニューを眺めて、ハンバーグランチでも食べようと決めた。
「翔はなんか食べる?」
「…コーヒーで良いです。」
隣に座る翔にも何か食べるかを聞いたが飲み物だけを選んだ。
このドリンクのラインナップなら、烏龍茶とか選択しそうなのに珍しい。
この店の雰囲気に当てられたか、もしくは俺が知らないだけで飲めるようになってたのか。
電子ベルを鳴らして店員を呼ぶ。やってきた店員に、コーヒーとビターチョコケーキのセットとハンバーグランチで烏龍茶のドリンクセットを注文する。
「僕食べませんよ?」
「俺が食うの。」
「健康診断大丈夫ですか?」
「お前に心配されるほどでもねーわ!これくらいで。」
自分が想定していたのとは違う食べ物を注文されたことで翔に小言を言われるが、そんな心配されるほど悪い結果でもない。
運動不足を指摘されたぐらいでそんな…悪くはなかったはず。
くだらないやり取りを人様に見せた後、注文を復唱した店員は一例をして去っていった。
出された氷水は結露をグラスにまとわせて、触りたくないなぁと思わせていた。
そうして料理が来るのをしばらく待っていれば、カランコロンとドアベルが鳴った。
自然と目をそちらに向ければ、客は見えなかったが店員が応対しているのが見えた。
そして、席を促すジェスチャーをしてみせたと思えば客が姿を表した。
それは、あのバ…ばーさん。俺というか俺等に探偵をさせるきっかけになった人間。
シルバーのふわふわなアフロとまではいかない髪の毛。
カラフルな長袖に青いパンツ。出かけてるから、なのか目に見える厚化粧。
その後ろから、青いブラウスに白い長スカート。黒いフォーマルなバックを持った黒髪長髪の女性が俯きがちに着いてきていた。
『お久しぶりねぇ~!お二人共!』
「はいはい。お元気そうで。」
挨拶をしながらばーさんが先に、つまり俺の前に座って、長髪の女性は視線をずっと下に向けたまま、翔の前に座った。
それと同時に店員が2人に対して水と使い捨てのおしぼりを渡して去って行った。
「んで?御用は?」
『んもぅ、そう急かすもんじゃないわよ。た・ん・て・い・さん!由実ちゃん。何か飲む?』
『あ、えと…』
さっさと話を聞こうと促したが、ばーさん独自のペースに持っていかれて、ひとまず水以外の飲み物を得ることになった。
「由実」と呼ばれた長髪の女性はばーさんに促されるままにメニュー表を見て、何かしらのドリンクを指さした。
そして、ばーさんが電子ベルを鳴らして店員を呼ぶ。
やってきた店員に、アイスの紅茶とコーヒーフロートを注文して、店員は去っていった。
それと入れ替わりで、別の店員がこちらへ来ていた。そして、腹の減るような、素敵な匂いが。
『お待たせいたしました。ランチのハンバーグとドリンクの烏龍茶、ケーキセットのコーヒーとケーキでございます。』
『アンタそんなの頼んでたの?』
「美味しそうだったし。いいじゃん。」
『普通お話を聞くなら翔くん見たくコーヒーだけじゃないの?』
「何でも良いだろ…いただきまーす。」
目の前に、サラダとご飯とハンバーグが一皿になったハンバーグセットが。
直ぐ側に、烏龍茶が置かれ、翔の前に温かなコーヒーと冷えたケーキが置かれた。
それらが置かれる最中にばーさんにも小言を言われるが、それらを無視して料理を食べる。
しかもばーさんのやつ。翔がケーキ食べないの気づいているな。何なんだ。
多少ムカつきを覚えながらも料理を口に運んでいく。
デミグラス濃いなぁと内心思いながら、「由実」さんをチラと見る。
辺りをキョロキョロ、オドオドとして警戒しているような。
余り見るもの良くないかと、料理に目を戻して興味の無いサラダを減らしていく。
ばーさんが最近の天気や気温はどうだとか、飼ってる猫がどうだとか、行方不明者が出て警察が頑張って探してるだとか、雑談をしていると、前2人が頼んだ飲み物がそれぞれの前に届いた。
それぞれ円錐のグラスで、ばーさんの目にコーヒーフロート。「由実」さんの前にアイス紅茶。
『時間も起きましたし。さ、由実ちゃん。お話できる?』
『あの…はい。』
ばーさんは飲み物が来たことで「由実」さんと俺等の顔合わせの時間は取れただろうと判断して、「由実」さんに話すよう促した。
促された由実さんは、視線をずっと机にしたまま、詰まりながらも喋り始めた。
ばーさんは嬉しそうにコーヒーフロートを食べ始めた。
『ま、まず。岸辺由実と言います。は、じめまして。』
「はじめまして。探偵の佐藤啓介です。こっちは連れの翔です。」
「はじめまして。」
『は…じめ、まして。』
「…それで、ばーさんじゃなくて貴女が俺等に用あるんだね?」
ご丁寧に、自己紹介からしてくれたので、食べる手を止めてベストの内ポケットから名刺を出して彼女の前に起きながら同じように自己紹介をする。
翔のことは雑に伝えて、翔が挨拶、この2人に初めて声を発した時。
女性が顔を上げて翔を見た。驚いた顔をして、目はキラキラ。
それも一瞬で、首を左右に振ってはまた顔を下に戻しながら挨拶を返した。
なんとなぁく由実さんが翔に惚れたなぁと思いつつそれはスルーして要件を言うよう促した。
それと同時に、食事を再開する。
『はい。その…実は、最近ストーカーに、狙われ、て、まして。』
「はぁ。」
『で、出会系アプリ、で知り合った人なん、ですけど。合わないな、と思って。数回で会うのを、お断りした、んです。でも、そこから、すごい、追われ、って。』
サラダを無くしてハンバーグの減らしながら、由実さんの話す内容に耳だけ向ける。
ストーカー。する側が執着ある奴だと起きるよなぁ、と勝手に考えるが、2件目にするには重いなぁ。
『由実ちゃん、ゆっくりでいいのよ。この人は暇人のおじさんだから。』
「お…はぁ。そうですが。」
「それで、由実さんは、我々にどうして欲しいのですか?」
由実さんがどうなのかは知らないが、ばーさんが俺を小馬鹿にしたので、文句を言おうと食事から顔を上げる。
そこで、ストーカー被害に会ってる相手がいる場で声を上げるのは良くないと抑えて仕方なく肯定する。実際事実ではある。
そこで、翔が話を明確化しようと珍しく促した。
ただ、俺が飯食ってるから代わりに進めようというだけだろうが。
大人しく、食事をまた再開する。
『その、ストーカーを、見つけて捕まえてくれませんか?』
「見つける、のは我々の範疇かと思いますが捕まえるのは」
『お、お願いします!もう怖いんです!おばあさんからあなた達なら、見つからないものを探してくれるって。』
『そうよ!アタシの猫ちゃんを見つけてくれたみたいにできるでしょう?』
翔に促されて由実さんは要件を言い出した。
「捕まえる」って。探偵というか個人ができる範疇…いや「取り押さえる」的なことならできるんだろうか。
翔は、「捕まえる」の意図を「逮捕」の意味として捉え、その部分について否定をしようとしたが、それを遮って半ば懇願するように言った。
それに乗るように、ばーさんも由実さんの側に寄って、依頼を受けるよう言ってきた。
その話を聞くに、今回もこのばーさんの差し金か。
そらそうか。ホームページは作る気無いし、1件しか受けてない依頼は富豪の依頼。
社会人に俺等の存在が出回ることは限りなく低い。となればどっかしらでこのばーさんと会って俺等の話をされて…か。
『それに、この前ストーカーに襲われそうになったんでしょ?』
『っはい。ほんとに怖くて…』
『だから、ついでにこの子のことも守って頂戴よ。』
「んぐ、ついで??」
続けて由実さんに会った出来事をばーさんとが喋って、それを由実さんが肯定して泣くような仕草を見せた。
それを受けてかもともと考えててかは知らないが、ばーさんがとんでもないことも言い出したので、口の中の物を飲み込んで声を上げた。
俺等が請け負ってる仕事は探偵だぞ?SPなんて仕事じゃない。
このばーさんは俺等を何だと思ってるんだ?
ばーさんの顔を見るが、至って真剣で冗談を言ってるようではなさそうに見える。
由実さんも、そのばーさんの提案を聞いて顔を上げて、嬉しそうな顔をした。
それを望んでいる、というような顔、を俺ではなく翔に向けている。
話をしているのが翔だからなのか、惚れているからなのか。
『いいでしょう?その方が、由実ちゃんも安心して過ごせるでしょうし…翔くんが側にいるなら、そのストーカーも寄ってこないでしょう?』
「あれ、これ守ること、も仕事に入れて進めてます?」
『翔くんイケメンなんだし、他の相手がいるなら寄ってこない、ってことよ!』
「話聞けよババア…」
ばーさんはその「ついで」の話を進めて、由実さんの視線が翔に向いているのを見ては「ついで」の対象を翔にしようとしていた。
翔は「ついで」が仕事に含まれる事、自分がそれをすることになっている事を疑問視した。
しかし、ばーさんはそれを聞かずに話を進めるので思わず小声でツッコミを入れてしまった。
そんな事、1mmも効いてなさそうだけど。
『お願いします。安心して、過ごしたいんです…!』
「…啓介さん。」
『困ってるのよ?!聞いて上げなさいよぉ!』
「……はぁ。」
由実さんがばーさんが勝手に進めている話、それに自分がお願いした事を受けてほしいと再度依頼した。
翔は決定権を持たないので俺に流れを回し始めた。
ばーさんは、受けろと押し進めている。
ちょうどランチの全てを食べ終わって、合間合間で飲んでいた烏龍茶を飲みきって何度目かのため息兼息を吐く。
ばーさんに恩はないし、由実さん自体ははじめまして。
別に受ける義理も道理も心持ちも無いが、断った後がすご~くめんどくさそうだ。
特にこのばーさん。良かれと思って仕事を持ってくるし、より面倒な事をもってきそうでもある。
由実さんの方も…まぁ気にしなくていいか。
ともかく、面倒は無い方が良い。
それに、襲われたんならストーカー側から捕まえられに来てくれる可能性もある。
意外と楽かも知れない。
「…受けます…翔。頑張れ。」
「マジですか?」
『ありがとうございます!』
『ありがとうねぇ~!』
受ける事を伝え、隣の翔の肩をぽんと叩く。
翔が困惑の声を上げると同時に、由実さんとばーさんの感謝の声が上がる。
俺は、ストーカーを見つけることに専念しよう。