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おじさんの暇つぶし~探偵事務所「時間」~  作者: 猫の真
1 なくしものをみつけよ
1/8

なくしものをみつけよ

「……よ。………い。」


くぐもった声が耳に入る。次に瞼の裏だというのに薄い光が差す。

それが嫌で、光から顔を背けるように動かしたが、ほんの少ししか変わらない。

それに、一連の流れで脳が起き始めた。仕方なく閉まっていた瞼を開ける。

体に触れる、肌触りが気に入っている寝具一式。陽の光が入っている俺の部屋。

まるでどこかの富豪の一室。と言われかねないとは思うが。


「おはようございます。啓介(けいすけ)さん。」

「ぅう"ぁ~…なぁんじ…?」


挨拶と自身の名前を呼ばれる。俺をこうやって起こすのはアイツしかいない。

佐藤(しょう)。焼けづらく白いままの肌に混じり気のない真っ白な髪の毛。15の時にある場所からしゃーなし引き取ったヤツ。

俺の家に唯一住んでいる人間で、身の回りの世話、仕事の手伝いまで何でもしてくれる有能。

コイツのせいでしっかりしてきた身体の感覚をはっきりさせるため、ベッドの上で体を伸ばして今の時間を聞く。

そのまま、身体の上体を起こせば、部屋のカーテンを全開けした翔が近づいてきた。

相変わらず、黒いシャツに黒いズボン。陽の光を吸収して燃えないのだろうか。


「九時です。」

「くじねぇ…」

「それと、今日は十時から依頼者が訪れる予定です。」

「…………あ?」


時間を聞いて、自分の頭をかき頭を回す。こんな早く起こされた理由は何だ。

見たいテレビはなかったし、行く予定のイベントも無い。

あーというか風呂はいりてぇな。今日の朝飯なんだろ。

理由を考えるついでにやりたいことも考えていたら、翔の方から起こした理由を話してくれた。

全く記憶にない予定に翔を睨む。翔は睨まれているにもかかわらず怯むこと無く姿勢を正している。


「一昨日。ご連絡がありました。啓介さんが応対をして、話を聞くと。」

「あー…?そんな事…………あるわ。」


その予定の記憶が俺にないと見た翔が予定に関して説明する。

それで尚思い出せないので顎に手を当てて記憶を探る。

すれば、昨日食べた夕飯や、朝に駅で寝落ちしてしまった人の数を思い出して、翔の言う電話も思い出した。

一昨日。最近開業届を出した自分の仕事宛に電話が来て、話を聞くことになったんだ。

ババアにそそのかされてノリで始めただけなのに、何故か仕事が来るなんて。

思い出して、段々嫌な気持ちになる。あのババアが余計なことをしたから。

顎の手を額に移動させて抑える。寝起きでこんな気持ちになるなんて。


「あと一時間ありますよ。」

「一時間しかねぇじゃん。もっと早く起こせよ。」

「五回ぐらい声をかけましたが六回目で起きましたね。」

「そうじゃなくて、もっと…いいや。」


翔が壁掛け時計を見て残り時間がわかった。

風呂に入って着替えて、まぁ余裕だがより余裕はあったほうが良い。もしかしたら拒否ることもできたんだし。

文句を言って、足を動貸せば、ベッド下の丁度いい位置に置かれていたスリッパに足をいれる。

立ち上がれば、俺の側移動していた翔が、説明をしながらバスタオルにバスローブとかの風呂用セットを手渡してきた。

コイツはいつもこうだ。準備が良いというか。俺の行動を読まれているというか。

まぁ。コイツの生い立ちを考えれば納得できるし、それに助けられている自分もいる。

8割ウザったいくらいだが。

あまりにも出来た行動に言われた言葉に何か言おうとした気がなくなり、それを伝えて風呂用セットを受け取る。

そのまま、少し先にある風呂場に向かう。


「長風呂しないでくださいね。」

「しねーよ。」


その途中。翔に注意もどきの言葉を言われて、すぐに否定をする。

いくら面倒だからって依頼人を待たせるようなことは…多分しない。

背後で足音にクローゼットの開く音がした。コイツはまた。俺の服を決めようとしてるのか。


「服は?カジュアルなものですか?それとも、」

「シャツ。ベスト。スラックス。いつもの。」

「わかりました。」


案の定、後ろから俺の服のスタイルを決めようと声をかけてきた。

今回会う依頼者は声とパッと話した依頼内容を聞く限り、ちゃんとした服装でかかわらないといけないだろうと判断できる。

だから端的に必要な服装を伝えた。後の小物や足りないものは勝手に見繕うだろう。

承諾の旨を返した翔の声を聞いて、風呂場に入る。

ドアを閉めて。雑に物をおいて服を脱ぐ。目の前にある鏡に目を向ければ、自分の身体が目に入る。

あーヒゲも剃ったほうが良いか?いやいいか。時間がない。

簡単にシャワーだけ入って出よう。右肩を回しながら鏡に背を向けた。


------------------------------


どうにか。時間の10分前には人に会う程には成った。

風呂から上がれば翔はいなかったが、言われた通りの白シャツに黒ベストにスラックス。靴下に革靴。一昨日買った時計の小物までキレイに直されたベッドの上においてあった。

シワ一つ無い服に身を包んで、寝室を出る。

歩きスマホで最近ひったくりが多いだとか空き巣が多いだとかのニュースを見つつ、廊下を歩いてドアを5枚開けて。応接間と事務所を兼ねた部屋を目指せば、ドアの前に翔が立っていた。


「十分前ですね。もう居ますよ。」

「真面目だな。」


俺に気づいた翔が体を俺の方に向き直して部屋に依頼人がいる事を教えた。

あまりにも社会人。格好は正解だったみたいだ。

確か、依頼人は…


「名前は旦那様が花咲真(はなさきまこと)さん、奥様の瑠璃(るり)さん、お嬢様の(のぞみ)さん。」

「そう。花咲グループの。」

「お嬢様のことで依頼でしたよね。」

「だいぶまいってたみたいだけど。なんだろうねぇ。」


依頼人の名前を思い出そうとして、翔が全部言った。

大企業の1つ。花咲グループの会長の長男息子の家族。

電話口で簡単に聞いたのは、「子どもの大切なものを取り返してほしい」だったけ。

ドア前で軽い会話をして、ノックをする。ドア越しの「はい」という声がしたのでドアを開けた。


「こんちは~お電話いただいた花咲さん、ですよね?」

『はい。花咲真です。』

『のぞみです!!』

『妻の瑠璃です。』


ドアを開けて挨拶をした流れで人物の確認をする。

すると、男性、花咲真が座っていた長ソファから立ち上がり名を名乗った。そして横から娘さんと奥さんが座ったまま名乗った。

高そうなスーツ。娘さんも奥さんも良いものを着ている。持ってるバックはブランド物だ。

3人の前のローテーブルには花咲真と瑠璃の前にはコーヒーまたは紅茶のカップ、希の前には円錐形のガラスコップが置かれていた。

きっと翔が置いたんだろう。よく相手に合わせて変えれたな。俺だったら全部コーヒーか紅茶にしている。

そんなのを見ていたら、花咲真がジャケット内に手を入れたので、応接用とは別で事務所用に置いていた机に目を向けた。

すれば、そこにはすでに翔がいた。

引き出しを開けて、目的のものを取っては閉め。こちらに戻って名刺の入った四角いケースを手渡した。


「悪い。…で。応対させてもらう「時間(じかん)」のオーナーっていうんですかね。ハハ、こういうの初めてなもので。」

『いえ…』


ケースから1枚名刺を出しながら言葉を紡ぐ。が、あいにくこういう場に適した言葉を考えておらず、から笑いをする。

花咲真は怪訝そうにしながらも、自身の名刺を出した。

互いに名刺を交換し、しまえるところにしまい込む。


「まぁ、探偵の佐藤啓介です。後ろのは…まぁ助手って言ったところです。」

「佐藤翔です。お待たせしてしまって申し訳ないです。」

『おにーさんおかわり!』

「はい。」


そのまま、3人とは反対の長ソファに座りながら名を名乗る。翔のことも話すかと適当な役割を当てはめる。

翔は俺が座るまでの間で立って名乗り、待たせたことへの謝罪をした。

やべ。謝ってねーけど翔がしたからいっか。

そこで、丁度自分の飲み物を飲んでしまった娘さんがおかわりをねだったので、翔が対応を始めた。


少し経って、翔が娘さんの飲み物を再度用意して俺の隣に座ったところで、本題に入ることにした。


「それで。ご依頼の内容を、もう一度伺っても?」

『はい。ええっと…これです。これ、娘のアクセサリーを取り返してほしくて。』


話を始めれば、花咲真がまたジャケット内を漁り、1枚の写真を出した。

それは、赤い宝石がいくつも散りばめられたリボン型のヘアクリップだった。

形自体はそこら辺で売っているアクセサリーと遜色ないだろうが、写真だけでも見てわかる宝石の色味で、全く違うものであることは容易にわかる。

ただ、「取り返してほしい」という言葉にひっかかりがあった。

「落としたから見つけてほしい」だの「どこに売ってるか探してほしい」という内容ではないのでそれを聞き返すことにした。


「これを…取り返してほしい?」

『はい。実は、先週娘が学校帰りに窃盗被害に会いまして。』

「へぇ。」

『その時に、つけていたこのアクセサリーを盗まれたらしく…。』

「んなら、警察に連絡しては?」

『すぐにしました。ですが一向に見つからず…この子のために作った物なのですぐに見つけていただけると思ったのですが…。』

「見つかってない、と。」


すれば、事情を説明してくれた。

こんな高価なもの学校に付けていくなと思うが、親からもらったプレゼントならきっと周りに見せたいと思うのだろう。

そんなことは置いといて、娘さんの身に起きた窃盗。

なら一番に頼るべきは警察だ。俺のところに来るべきではない。

そう考えて提案したが、やはりすでに連絡はしていたようだ。

しかもオーダーメイド品。なら、警察が使える、防犯カメラなりなんなりですぐに見つかりそうだが。

先週、事が起きて警察に連絡。未だに見つかってない。

となると、犯人はまだそのアクセサリーを売却していないんだろうな。

こんな豪華なアクセサリー、売却する、しようものならすぐに特定されるだろう。

となるとまだ犯人が持ってる可能性は高い、って受けるかどうかも決めてないのに何を考えてるんだ。


「とはいえ、何故ウチに?特に何も広告とかしてなかったはずですが…」

『実は、先日百貨店で出会った御婦人がいまして。』

「ご、婦人。」


そもそも、この家族がウチにたどり着けたことも疑問だ。

開業届を出したばっかで広告も何も出してない。街に事務所を構えているような仕組みでも無いのに何故。

そう思い聞けば、今度は奥さんの方から情報が出た。

百貨店、婦人。女。

それだけで嫌な予感がして、想像したくもない顔が思い浮かぶ。


『その御婦人が、貴方がたに「居なくなったネコを見つけてもらった。何かあったら尋ねてみるといい」と名刺をいただいて…』


その話を聞いて、点と点が線で結ばれた。

思ったんだよ。何でこの事務所の電話番号を知ってるのか。

そういや、開業したってあのババアに言って形式上名刺渡したんだわ。それか。

家近いし、話しかけられたりしたら面倒だから先に手を打っとくか、と思ってやったらこれかよ。

客が目の前にいるのにもかかわらず、若干の怒りを鎮めるため顔を下に向け、ため息を吐く。


「なるほど、ですね。それはどうも。」

『いけませんでしたか…?ご迷惑でしたら…』

「あぁ!いえ、そういうわけではないですので。」


怒りを抑えながら顔を上げ、「こちらを知ってくれてありがとう」の意味を込めて声をかけたが怯えた顔をされてしまった。

もしや良くない顔をしてしまっただろうか。苦笑いで慌てて否定だけしておく。


「…ただ、これは、俺の出る話ではないかと。」

『え?』

「いや、警察に連絡もされてるんでしょう?であれば…」

『やだ!』


否定をして、すぐに自分が出る幕じゃないことを伝える。

警察に連絡をしている、のであればいつか警察が見つけるだろう。

時間はかかるが、大企業の依頼なら何が何でも完遂するだろう。

それで断ろうとしたら、俺の真ん前、大人しくしていた娘さんの大きい声が耳を突き抜けた。


『パパとママからもらったたいせつなものなの!!いますぐかえして!』

「返してって…」

『もらって、うれしくって、すぐ…うわぁ~~~~~ん!!』


娘さんは、娘さんなりの思いを大きい声で伝えてきた。

返して、を盗んでも居ない俺に言われても困るんだが。

奥さんも娘さんをなだめるよう背中を擦っているが、次第に、娘さんの顔が歪んでいく。

子ども特有の大きい目。表情豊かな顔が、どんどんどんどん悲しそうな顔に。そして、大声を上げて泣き出した。

これには絵に描いたように両親が困り果てていた。初めてこんな行動でもしたんだろうか。

ご両親が声をかけたり背中を擦ったことで声自体は小さくなったが、泣くのは止まらない。

両親が話をしている間も静かだったし、大人しい、良く出来た子なんだろう。

泣くほど大切なもの。そういうものなんだろう。


『のぞ、みのっ、たいせつな、たいせつ…』


あまりにも必死な。可愛そうな。

着ている服をビシャビシャにしちゃいそうなくらいに泣いてて。

隣の親も。宥めようと必死。そこまで必死になるもんなのか。


「……わかりました。」

『え?』

「できるかわかりませんが。お受けします。」

『本当ですか!?』


目を伏せて、眉間を一瞬抑えて離す。ゆっくり目を開けながら答えを出す。依頼を受けるという答えを。

それに、花咲真は驚き、奥さんの方は喜びの声を上げた。

こんな経歴も何も無い、いわば一般人に何を期待して…いや、それほどこの両親も娘さんを大切にしてて、その娘さんが大切にしていた物を同じように大切にしたいんだろう。

か、せっかくオーダーメイドで作った一品物を取り返したいだけか。

どちらにせよ、一般人に頼るほど切羽詰まってもいる、んだろうな。

不意に、腕を横からつつかれて目線だけ向ける。

座って何も言わなかった翔が、少しだけ体を寄せて小声で話し始めた。


「(…警察が介入するなら僕達の出る幕はないのでは?)」

「(…あんだけ泣かれてお断ります~なんてできるかよ。)」


翔も断るつもりでいたようで、俺がさっきまで考えていたことと同じ事を喋った。

でも、あそこまで泣かれてそのままお帰りいただくーなんてできるほどの無神経さではない。

その意を伝えれば、うっすら鼻息で理解をしたようだった。


『ありがとうございます!』

「それで、いくつか聞きたいことがあるのですが。」


花咲真の嬉しそうな声を適当に流しつつ、探すにあたって疑問に思っていたことを聞いた。


「何故、そのアクセサリーをつけてたのですか?」

『それは…』

『あのね、おともだちのサクラちゃんがね、サクラちゃんのパパからもらったかみどめを、見せてくれたの。』


その疑問に、奥さんの方が答えようとしたが、泣き止んだ娘さんが話し始めた。

涙声ではありつつもしっかり喋れている。嘘泣きか?

疑って考えたが、依頼を受けさせるための嘘泣きだろうが本泣きだろうが、問題を解決するためなら気にする必要はない。


『それで、わたしもあるよって、つぎの日にもってったの。それで。おそろいだねって、あるいてて、わたしのだけ…』

「持ってかれちゃったんだ。」

『くろい人だった!くろいおようふく!くらくておかおは見えなかったなぁ…でも!赤色で、水色のひものくつだった!』


合間に相槌として口を挟んだが、娘さんはそのまま、人物像まで話してくれた。

よくある服装、そしてちょっと特殊な靴。聞いてもないのに。

何だ。本当にただ単に依頼しに来ただけなのか?それとも、俺…俺等に何かあるのか。

なんとも無い表情でいつつも、内心疑って聞いていれば、奥さんが娘さんの肩を抱いて、頭を撫で始めた。


『警察で、色々聞かれて覚えちゃったみたいで。』

『あとね!サクラちゃんのはとられなかったの!みどり色の大きい石のついたかみどめ!ねぇ、ママ。』

『はいはい…これです。』


確かに。警察に相談したのであれば実際に犯人を見た娘さんが話をするもの納得できる。

それに、ここまで大人しくて、落ち着きがある。であれば、ここまで話せるのも多少納得できるところはあった。

そんな娘さんは、奥さんの言い分にに撫でられたことで調子を取り戻したのか、お友達のアクセサリーについても話し出して、奥さんの方に何かをねだり始めた。

それを受けた奥さんは、ブランド物のバックからスマホを取り出して操作し始めた。

そして、1枚の写真を見せた。

それは、目の前の娘さん、と話に出たお友達であろう2人が可愛らしくポーズを取っていた写真だった。

髪の毛には、目的の赤色のアクセサリー、とお友達であろう方には緑色の大きな宝石のついたヘアクリップ。

これも、よくある形状だが、宝石が使われていることには変わらない。


「なるほど…ありがとうございます。」


ある程度見て、手だけでしまうように促し、足を組んで顎に手を当てる。

どっちも宝石を使ったアクセサリーなのに、赤色の方だけ盗ったというなら、恐らく宝石の価値がわかる奴だろう。

それに、話を聞いた最初から考えていたこと。

警察が見つけてないなら、まだ売ってない。売る場所を考えている?


『…の、あの。』

「!っと失礼。他に情報等ありますか?」


花咲真の声で思考を現実に戻して他に情報をはないかを聞いた。

すれば、首をふるだけだった。

盗まれた物、盗まれた際の状況と盗んだ相手の特徴。

警察でも無いのにわかるのか…?

だが、やると言った以上やるしか無い。

それにこれは暇つぶしだ。成功できなくたって痛くも痒くもない。

功績もない探偵に頼んだこの家族が悪いだけだ。


「わかりました。では、こちらでもいろいろ調べてみますので。あー…なにかわかれば、名刺の番号に?」

『あー…名刺を一度いただいても?』

「?はい。」


一旦話は終わったとして。この家族は返さないと行動はできない。

とはいえ、何かわかった時には連絡が必要だろうと連絡先について、胸ポケットにしまった名刺を指させば、花咲真は少しだけ迷い、名刺を再度出すよう指示した。

言われた通りに名刺を取り出して花咲真の前にの机に置く。

花咲真は胸ポケットからペンを1本取り出してキャップを抜きながら名刺を自身のより前、書きやすいところへ引き寄せた。

そして、名刺を裏返して何かを書き、すぐに終えた。

逆さに見てもわかる。名刺に書かれているものは別の電話番号。

恐らく、個人的な電話番号。


「…いいんですか?」

『娘の大切な物が見つかるのであれば。それに…』

「それに?」


ただの一般人に教えるものではないだろうと尋ねれば、あくまで娘さんのためだとして、抜いたキャップを戻してペンをしまった。

そして、名刺を裏返しにしたまま差し出した。

しかし、歯切れ悪く言葉を終わらせた。それに引っかかり、名刺に向けていた目線を花咲真へ向ける。

何か、俺を透かそうとする。企業家ならよくある目。

大学に居た時、めっちゃ見られたなぁ…懐いわそれ。


「顔、なんかついてます?俺。」

『いえ。何でもないです。それに、名刺の方に電話されても困るので。』

「はぁ。」


電話番号の書かれた名刺を再度しまいながら、見られていることに対して疑問を問えば、花咲真は俺から目を逸らすと同時に首を振って苦笑いで理由を喋った。

はぐらかされたとわかる理由だが、問い詰める理由もこちらにない。

であれば変に見られたことも、探すための情報収集も一旦は終わりだ。


「じゃあ…翔、送れる?」

「はい。案内しますよ。こちらへ。」


家族を帰すために、その道案内を翔へお願いする。

翔は一切断らずに肯定の言葉をかけて、先に立ち上がり、家族を案内し始めた。

家族も立ち上がってこちらに会釈だけして、翔の後ろをついていく。

ドアが閉まった音を聞いて、息を吐き、長ソファに横になる。

ネクタイを緩めて目を閉じる。

さて、これからどうしようか。

とりあえず、とスラックスのバックポケットに閉まっていたスマホを出すと同時に目を開いて、『赤い靴 水色の紐』を検索した。

検索結果は「赤い靴」と「水色の靴紐」が分かれた検索結果で、特殊そうなものは見当たらなかった。

多分自分で靴紐を変えてるタイプなんだろう。へぇ~いろんな色があるんだな。

めぼしいものが見当たらなかったので電源を落として目を閉じる。

え~っと。盗人は?黒くて男で?同じ「宝石」が合ったにもかかわらず娘さんのだけを盗ってるから…

そこまで考えて、また目を開いてスマホの電源をつけ、検索する。

娘さんの通っている学校。どうせSNSにでも入学祝いの写真あげてるだろ…ほらあった。

奥さんのSNS。だいぶ前だが、良くある「入学式」の看板前に親子3人で並んで記念にしている写真。

そこからわかったのは、通っている学校。私立星羽学院。金持ちのガキ…子どもがよくいる学校。

そこに行くまでのルートを調べる。大抵の子どもは運転されてくるだろうから、そこに至るまでに…あるな。

駅。待ち合わせに有効な場所。

へぇ、そこからシャトルバスも出てるのか。じゃあある意味ここは宝箱になりかねないな。

そこがわかれば…あぁ、ここにあるのか。意外と近いな。

スマホを操作しながら体を起こして立ち上がり、部屋を出る。

歩きスマホのままここに来たるまでに通ったドアを6枚通って、自分の寝室に戻る。

ドアを開けたタイミングでスマホの電源を落とすと同時に顔を上げて、ベッドサイド横の3段チェストの一番下の引き出しを引く。

締まりかけのドアから、駆け足の足音が聞こえた。


「こんなとこに居たんですか。」

「おかえり。見送りサンキュー。」

「別に大丈夫ですよ。それで…何を?」


足音の正体は翔だった。驚いたような声をしてそうだが気にせず声をかけつつ、引き出しの中から目的のものを探す。

折り紙に箱。あぁでもこの箱じゃない…あった。正方形の、ふるさの目立つ赤茶色の箱。

取り出すと同時に引き出しを押してしまい、立ち上がる。

振り返れば、少し離れた後ろに翔が立ってて困惑した顔をしていた。


「出かける。車出せる?」

「良いですけど…どこに?」

「宝石加工店。」


翔に用だけ伝えれば、理由を聞かれた。そらそうだ。

だから場所を伝えた。翔は余計に疑問を持った顔をした。


家を出て数十分。

普通の宝石店ながら、宝石を持ち込めば加工までしてくれる珍しい店。

近場のパーキングに停めて、車を降りて翔が車の鍵を閉めたのを聞いて、パーキングの処理をサッとし終えて店へ足を進める。

横を歩く翔は、荷物を入れたショルダーバッグの位置を直しながら同じ歩幅で歩く。


「何するんですか」

「あの宝石の加工。」

「…あれですか?!」

「そう。あれ。」


翔に何をするのか聞かれたので答える。

それを聞いたか翔は対象の宝石、さっき俺が引き出しから出した赤茶色の箱の中身。

あれは、大昔におばあちゃんからもらった割とデカ目のダイヤモンド。

価値がどれだけあるかは、正確なものは今でもわからない。

ただ、とんでもない価値があるだろう、というのはわかる。それはもう、あの娘さんのアクセサリーの非じゃないほど。

すでに翔には現物を見せているので、翔にしては珍しく1つ大きな声で驚いていた。

そんなの気にせず肯定して、店の自動ドアが開く。

宝石店らしい、きらびやかで光を反射した眩しさに若干目が痛くなりながら、翔の前に手を出す。

それだけで意図が伝わったのか、翔は赤茶色の箱をショルダーバッグから取り出して手の上に置いてくれた。


「めったに来るところじゃないだろうし、色々見てな。欲しいのあったら言って。」

「無いと思いますけど…わかりました。」


受け取って、店の人に向かう前に翔に話をする。見聞を広げるにはいい機会でもあるし、と伝えれば、困惑の顔をしつつもショルダーバッグのジッパーを閉めながら言葉を受け取った。

それを見て、店の少し奥でニコやかに待つ店員の方へ足を進める。


『いらっしゃいませ!!本日は』

「これ。バングル型で、中心に宝石くるようにしてほしい。」


女と男の店員の内、女性が笑顔でハキハキと喋りかけてきたのを遮って、箱を置いて指示を出す。

隣の男がテレビでよく見る白い手袋をして、箱に触れる。

そこから現れるのは、何カラットだとかわからない綺麗な綺麗なダイヤモンド。

店員の目は驚きと感動と困惑と疑念と。そうだろうそうだろう。

こんなただのおっさんが。こんなのを持っているなんて思わないだろう。


『…確認を…』

「その箱のクッション下。色々入ってるっぽい。」

『なる…ほど?』


焦ったように確認をしようと手順を挟もうとしたので、それを端折れば、と資料が箱底にあることを伝える。

男が宝石を布製の敷物の上に置いている間、女が箱のクッションを開けた。

底には、1枚の紙。何が書いてあったかは忘れたが、そこにあるんだ。この宝石に関することだろ。

そう思いながら様子を見ていれば、紙を見終えた女が同じように紙を閉じて、紙もクッションも元の位置に戻した。


『…確認しました。これは…いいんですか?』

「うん。デザインはー…なんちゃらウォッチあるでしょ?アレみたいな形にして。」

『はい。承知しました。』

「いつぐらいに出来そう?早めにして欲しいんだけど。」

『バングルの性質にこだわらなければ…最速では一週間程度では可能ですよ。』

「わかった。じゃあ一週間後にくるわ。出来てなかったらいつできるかまた教えて?」

『か、かしこまりました。』


再確認するような女にサッと問題ない旨を伝えて、雑にデザイン性も伝える。

いつできるかを聞きつつ後ろをチラリと見れば、翔はガラスゲージの中で加工済みの宝石、アクセサリーをじっと見ていた。

こういうもので欲しいのなんてアイツに見つかるのか?

そう疑問に思いつつも、女の説明を耳にしてその時にまた来ると伝えた。

たとえ来て、出来てなくても、また待てば良い。


『であれば…見積もりを出しますので少々お待ちを。』

「は~い。」


男がダイヤモンドを箱に戻しながら、見積もりを出すと裏に入っていた。

箱は、敷物の上。隠して奪う気はない、という意思表示だろう。

しばらくして、男が数枚の紙を持って現れた。


『それでは、説明をさせていただきます。』

「は~い。」


男から、各資料の説明と金額、諸々を受け、適当に相槌をうってサインする場所にサインをする。

ちゃんと説明も書いている内容も見てるし、理解している。問題んない。

だからサインする。


『確かに。確認しました。』

「はい。お願いね。」

『お任せください。』


資料を整えた男の言葉に返して、翔の方へ歩く。

今度は、さっき見てた場所とは別のケースを見ていた。


「なんか見つけた?」

「…これです。」


声をかければ、なんとビックリ欲しいと思ったものがあったみたいだ。

ケース上で指を指したのは、薄い青がかかった用に見える宝石。

こういった物が目に留まるなんて珍しい。


「じゃあ買うか。」

「え」

「すんませーん。…これ、何がいい?ブレスレット?ネックレス?指輪?」

「あ、え、と…ネックレス、で大丈夫です。」

「おっけ。あ、これ、ネックレスの形にしてくれませんか?長さ適当で良いんで。」


こういったのはさっさと買ったほうが良い。

そう決めて言い、翔の戸惑いを無視して人を呼ぶ。そして来る前にどういう形にするのかを聞く。

それも戸惑いながら、出した選択肢から1つを選んだ。

じゃあ、と丁度来たさっきの店員に適当に指示をする。

店員は笑顔でケースを開け、手袋をして宝石を手にとってケースをまた閉じ、裏に戻っていた。

その間に会計を済ませ、数十分もすれば戻っていった店員が完成品を敷物に載せて出てきた。

長さは適当で、とは言ったが長すぎないか?と思いつつ、宝石は丁寧にネックレスの中心に留められている。

側には箱があるが、別にそのまま付けるならいらない。


「つけて帰るから箱いいや。」

「つけて帰るんですか?」

「そう。邪魔でしょ箱なんて。」

「邪魔では…大丈夫です。入れて帰るので。」


箱の有無を口に出したが、翔が疑問を口にした。

箱なんてあったって邪魔だ。ゴミにしかならない。

そう考えていたが翔はそうではないらしく、ネックレスを手で受け取りつつも箱も回収した。

ネックレスはそのまつけた。丁度シャツの第二ボタンぐらいに宝石が来るようになってて良い感じだ。

箱はそのままショルダーバッグにしまい込んだ。


「っし、じゃあまた、一週間後に。」


店員へ挨拶を告げ、店を出る。

出来上がるまで何をしていようか…探すのは骨が折れるし、考えている事をすれば間違いなく相手は見つかる。

それ以外のやつにも絡まれそうだが、それは翔にどうにかしてもらおう。

よし、出来上がるまでは変わらない生活をしよう。

そういや、見たい特番あったんだわ。


「啓介さん。先日の店から出来たと。」

「まぁじ?早くね?」


依頼をして3日後。寝室でもない、事務所件応接室でもない、テレビやプロジェクターを設置した娯楽室のソファで録画していたドラマを見ていたら、部屋に入ってきた翔に言われた。

「先日の店」といえばあの宝石店だろう。言われたのは1週間後だったハズだが。

2周目のドラマを流したまま、ドアの方を向けば翔はこちらへ歩いてきていた。


「どうしますか?」

「ん~…じゃあ、取りに行くか。」

「わかりました。」

「歩きながらやりたいこと説明するわ。」


ソファに寄った翔に尋ねられたので少し考えつつ、行く判断をする。

翔はもちろんYESを出したので、ソファから立ち上がって、着替えに戻るまでに翔に説明をすることにした。

やりたいことの説明を。

それは単純。相手を目の前に出すこと。そして、それを現行犯で捕まえてもらうこと。

俺はすごい頭が良い訳では無いし、ひらめき力があるわけではない。

今回もらった情報も、犯人としてはよくある容姿で、特徴的なものは靴のみ。

それで探偵ごっこよろしく時間をかけるのは、依頼人的に時よろしく無い。

であれば、手っ取り早く、相手を現行犯でなり何なりで捕まえてもらって、あとは警察に色々お願いしてもらう、というのが考えだ。

そのために必要なものが今回作ったアクセサリー。

あのダイヤモンドで作ったアクセサリーなら、目に留まるだろう。

それを、今回相手が出てきた学校の近くの駅で見せびらかして、相手に盗ってもらう。

その前に、警察に通報して、現場を見てもらえば後は捕まる。

だろうという希望的観測だが。まぁ試してみる他無い。


「そ、そんなんで捕まりますか?」

「わからん!」

「えぇ…」

「でも、作っちゃったし。一旦やろ。」


寝室に戻って着替えてる間に、説明をした翔に疑問を呈された。

もちろん、元気よくわからないと伝えれば困惑の声が上がった。

しかし、作ったアクセサリーは利用しないと。

着替えを整えて、もう出れる。


「行くよ。車。」

「はい…。」


-----------------


私立星羽学院。からは遠いけどシャトルバスも出る駅。その駅の円形の花壇に座って、スマホを操作する。

その手首には、依頼して作ったオーダーメイドのアクセサリー。

大きなダイヤモンドが目立つバングルは、目的の人物だけでなく周りの目を引くだろう。

スマホから目線を少し上げた先、公衆電話の中には翔がいる。

翔には、110番で「窃盗が起きる可能性があるから駅に来てほしい」と通報をお願いしている。

これがイタズラと捉えられるか、ちゃんと来てくれるかどうかは怪しい。

イタズラと捉えられて警察が来なかったり、目的の相手が来なかったら残念だが、その時はその時だ。

電話を終えた翔は公衆電話ボックスから出て、近場のキッチンカーに歩く。

注文をしている翔の後ろに、男が並んだ。なんでもない。グレーパーカーにジーンズ、赤い靴に水色の靴紐の男。

翔はドリンクを注文したんだろう、会計後にアイスの飲み物を両手で受け取り、こちらへ歩いてくる。

翔の姿で男は隠れてしまった。翔が俺の目の前で止まって、受け取った飲み物を片方差し出した。


「電話はしましたよ。」

「サンキュー。喉乾いてたからよか」


小言っぽい事を言われているな、と感じたが気にせず、スマホを太ももの上に置いてアクセサリーのある方の手で受け取ろうと伸ばした。

途端、翔が俺の方に勢いよく倒れてきた。ドンッという衝撃音も聞こえた。

飲み物を受け取るために伸ばした手は、翔の肩横を通り抜けて翔の後ろまで出た。

その翔の後ろに、さっき見かけた男が居た。やっぱりお前か。

男は翔を突き飛ばした体制を整えて、すぐに俺のアクセサリーのついた手を掴んで、バングルをひったくった。

そして、翔を支えている間にバタバタと逃げていった。


「すみませ」

「あー…服汚れたってぇ…」

『待てや!おい!』


翔がすぐに離れるも、翔が持ってた飲み物が全部俺の服にかかり、飲み物も無駄になったし、俺の服も汚れた。

残念に思っていたら、駅の出入り口から大声が聞こえた。

驚いてその方を見れば、誰かが走っていくのが見えた。

グレー青のスーツ。ネクタイなし。青みがかかった短髪黒髪の男。

後から、真っ黒スーツ。赤いネクタイ。赤茶色で長めの髪の男が走って行く。

彼らはバングルを盗った男に一瞬で追いついて、取り押さえた。

これは、大当たりか。

男を取り押さえている青側とは別で、赤側の男が犯人となった男の手から俺がつくったアクセサリーを奪い取り、こちらへ寄ってきた。


『これ、あなたのですよね?』

「あー…はい。ありがとうございます。」


赤側の男は笑顔で盗まれた物を渡して来たので、受け取り、雑に感謝を伝える。

妙に、違和感のある奴だな。盗んだものそのまま渡すとかするか?

まぁ、ひったくりと同じなんだろうな。

かくいう犯人になった男は、手錠をかけられて青側の男に連行されている。

現行犯だしなぁ。そらそうか。

というか、ホントちょうどよく交番勤務の警察、じゃなくていい感じの警察が居たな。これはラッキーだ。


『大丈夫ですか、その…服とか、それ自体もなんですけど。』

「あー大丈夫です。お気になさらず。」

『でも…』

「大丈夫。君も早くそっち行ったら?」


赤側の男は申し訳無さそうにこちらの現状を伺うが、服が無駄になったくらいで問題はない。

それを伝えるも引き下がるので再度断りを入れ、青側の男の方を指差す。

すれば、赤側の男は後ろを向いて青側の男の状況を確認した。

今にも戻りたそうな顔を、そう出さなくても。


『すみませんっ、じゃあ俺、戻ります!』

「はい~お仕事頑張ってね~。」


その顔のまま、赤側の男は謝罪を入れた上で、駆け足で青側の男の方へ戻って行った。

雑に労いの言葉をかけて手を降って、その姿を見送る。


「…目的は達成できましたか?」

「うん。めっちゃ。」

「多分あの警察ここに元から居たんだと思いますよ。」

「あ、うそ。」


青側、赤側の男が去っていた所で、翔が質問をしてきたので答えた。

相手が盗むのも、警察が来るのも。全部運。

それが見事に重なって考えていたことが出来たのだから相当気持ちがいい。

そう思っていれば、翔が先程の警察2人組に関して驚くような事を言ったので気の抜けた声を出してしまった。


「だって、僕が百十番して数分のラグがあったとして、到着するまで早くないですか?」

「まぁ…そうだけど。」


翔が自身の言ったことの理由を話して、それに納得はする。

確かに早すぎる、と思ったところはあった、でも目的が達成できればそで良かったので何も思っては居なかった。

翔は、地面に落ちた飲み物の抜け殻を拾ってまとめている。


「それに、飲み物買って、啓介さんのとこ行くまでに居ましたもん。青髪の人。」

「そーなんだ。」


まとめながら、その理由をより強くするようなことも言うので、スマホをしまいながらテキトーに相槌をする。

じゃあ、警察はちゃんと操作してたんだな。もしくは、常習犯で元から目をつけられていたか。

何にせよ、もう俺等がここにいる必要性は無い。


「あー疲れた。帰ろ。」

「…はい。」


後は、警察がどうにかしてくれるだろう。

神というか警察頼みだが、依頼が遂行できることを祈ろう。


数日後、花咲真の家族が事務所を尋ねてきた。

なので、以前と同じく応接間に通した。


「こんちは。」

『探偵さん!ありがとうございます!』

「まぁまぁ、とりあえず。ご状況をお伺いしても?」


応接室に入って開口一番。花咲真が嬉しそうに声を上げ、立ち上がっては綺麗なお辞儀をした。

見れば、娘さんの髪の毛には依頼物であったアクセサリーが留まっていた。

いろいろ察しはついたが、話を聞こうと頭を上げさせて座るように促した。

俺や翔も、先日と同じように彼らの対面に座る。

聞けば、アクセサリーを盗んだ犯人は常習犯だったらしく、捕まえて家宅捜索が行われたらしい。

そこで、該当のアクセサリー及び多くの価値のある宝石がついたアクセサリー等々が見つかったそうだ。

そこで、もともと相談されていたアクセサリーだったアレは色々あった内に返却されたらしい。

しかも、その宝石郡を持って海外逃亡をする予定だったらしく、来月には飛ぶ予定だったらしい。


『相談させていただいてすぐに取り戻せたなんて本当に…ありがとうございます!』

「いやぁ…でも、ウチは何もしてませんし。」

『相談がきっかけで取り戻せたものですから…本当にありがとうございます。』


犯人を警察の目の前に出すことはしたが、捕まえて依頼の物を取り戻したのは俺じゃない。

それでも、嬉しそうにしているのであれば良いのかも知れない。


『あの、それで依頼料なんですが…』


嬉しそうな花咲真の側で、奥さんのほうが申し訳無さそうに切り込んできた。

依頼料。お金。

大企業からの依頼なんだからとんでもない量をぶんだくれる可能性はある。むしろして良いとも思える。

でも、今回は。


「あー…でしたら、今回はなしで。」

『え?』

「え?」


俺の発言に奥さんも、翔までも疑問の声を出した。

今回。探偵事務所として依頼されたのは「アクセサリーを取り返すこと」。

たとえ、アクセサリーを取り返すきっかけを与えたとしても、依頼を遂行することはできなかった。

つまり、依頼失敗。だからいらない。


『ですが…』

「ん~じゃあ、娘さんが嬉しそうなので、それでいいです。」


花咲真が食い下がろうとしてきたので、少し考え、あまりにも自分に似合わない、しかし相手には響くであろう適当な言葉を返す。

正直、別になんとも思ってない。

それでも、家族には効いた言葉らしく、嬉しそうな感動するような顔をしてみせた。


『ありがとうございます…本当に…!』

「いえいえ。…じゃ、報告も終わったんで、お帰りください。」


奥さんが泣きそうな顔になりながら再度感謝を伝えて来るので苦笑いで遠慮しておく。

そして、そのままお帰りいただくよう促せば、家族は頷いて立ち上がった。


『もし何かあればご連絡ください。お力になります。』

「…はい。何かアレば。」

『おじさん!おにいさん!ありがとう!』


花咲真は立ち上がってこちらに手を伸ばし、言葉を交わしながら握手を求めた。

それに、雑に微笑みながら握手を返す。数秒の握手後に手を離せば、今度は娘さんから感謝を伝えられた。

呼称に少々怒りを覚えたが、当たり前なのでセーブし、にこやかに送り出す。

もちろん、案内は翔にまかせて。


翔も家族も出てドアが閉まった後、目の前のテーブルではなく事務所用に置いていた机に歩く。

机の上には俺が使用するためだけのノートパソコン。非喫煙者なので無意味なガラス製の殴りやすそうな灰皿。

引き出しを引いて、数枚の名刺から「花咲真」の名刺を見つけて取り出す。ついでに、しまっていたマッチ箱も。

灰皿の上に該当の名刺を起き、マッチ箱から棒を1本取り出す。

ヤスリに数回棒の先を擦って火を付ける。

そして、花咲真の名刺を燃やす。


「あー連絡先…まぁ事務所向けだしいっか。」


名刺のデザインを変更しようか。

そのためにノートパソコンを開いて起動させた。

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