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いつもの日常


 終礼の後も騒々しい教室の片隅で、スマホのネットニュースを眺めていると「あの頃に戻れたら?」と気になる記事が目に留まった。どうやら企画の一つで街頭インタビューを特集したものらしい。

 誰しも、一度は考えた事があると思う、あの日に戻れたら、あの時、あの瞬間に戻れたらと。


 ――「鯉太郎こいたろう

 ふと卑屈な記憶を思い出しそうになるが、教室の入り口から聞き慣れた声によって、それは遮られた。

僕の名をそう呼ぶのは隣のクラスに属する岡部おかべ 拓馬たくまである。


「また難しい顔して、悩みでもあるのか?」

「悩みって程ではないけど、一人で危うくネガキャンする所だったよ」

 こちらへ歩み寄って来て、心配そうに顔色を伺ってくる拓馬は数少ない友人の一人だ。


「そうか」と一言いうと、いつもの明るい表情へ戻る。

 サッカー部に所属している為か髪は短く切り揃え、整った顔立ちを存分に活かしつつ、悪戯っ子のようにけたけたと笑う姿が印象的だ。


「今日、部活休みなんだけど気分転換もかねて帰りにどこかへ寄って行かないか?」

「ごめん、今日もこれからバイトなんだ」

「そうか……また今度誘うわ」


残念がりながらも、一緒に帰るつもりらしく、対いの席に腰かけて僕が立ち上がるのを待っている。

 先程まで騒がしかった教室だが、いつの間にか僕達を含めても少数グループだけとなっていた。

 スマホに視線を戻すと十六時をデジタル文字が表示していた。このままだとアルバイトに遅刻してしまう為、急いで帰りの支度をすませる。拓馬も状況を察してくれたのか、そそくさと立ち上がると、ブレザーを片手に二人で校舎階段を駆け降りた。

 

 4月も終わりに差し掛かり、夕方とはいえど日はまだ昇っている。途中で拓馬とは別れ、見慣れた歩道を駆け足で進むと、目的地であるカフェが見えてきた。

 

「おはようございます」

「ん、おはよう」

挨拶をしながら裏口から入ると顔馴染みの老男性が食器を拭きあげながら笑顔で返事をくれた。


「遅くなってすみません、今日もよろしくお願いします」 「大丈夫、ちゃんと出勤時間前だから遅刻じゃないよ」

 ぎりぎりの所で間に合ったらしく、安堵する。


實森さねもりさんはもう出勤しているから、鯉太郎君も早く着替えておいで」

 白髭の似合うどこかバーテンダーの様な雰囲気を感じる口籠 銀仁朗(こうご ぎんじろう)さんは、勤めているこのお店momentモーメントの店長である。

 二階にある更衣室兼用の倉庫には気持ち程度の鏡と洗面台が設置してある為、そこで髪を整髪料で整え、ピアスを外していつもの営業スタイルへと身支度する。紺色のシャツにサロンを着用すると、既に業務をこなしていた後輩にも声をかけた。


「こゆり、おはよう」

「先輩おはようございます、相変わらずぎりぎりの出勤ですね」

 にやりと返事をしたのは同じ高校に通う後輩の實森 こゆり《さねもり こゆり》だ。

 今時の女子高校生らしいメイクをしており、ただでさえ大きな目には可愛らしいラメが入っている。栗色のふわりとした髪はいつもであれば肩ぐらいに揃えられているのだが、現在は仕事中である為丁寧にまとめられていた。僕らの通う高園高校たかぞのは他校と比べて校則も緩く、このお店自体も厳しい業務規則はつくられていない。その為ある程度の清潔感があれば髪型は自由なのだが、しっかりと髪を整えている辺り、彼女の誠実先の表れだろう。


「すまない、出来るだけもう少し早く来れるように気をつけるよ」

「まあまあ、でも完璧な私を先輩は見習うべきです」

 えっへんと、ただでさえ大きさがゆえに目立つ胸を仰け反らせ訴えてくる為、視線のやり場に困ってしまう。


「どこ見てるんですか、気持ち悪い」

「す、すまん、その、神々しいというか……」

「ひいっ……」

 やってしまった。

 先程までの勝ち気な目ではなく、じとっと、冷えた目線を向けられた為、自然にたじろいでしまう。


「まあ、そう言う年頃という事で何とか……」

「それは私のセリフです、そうですね、駅前のプリンブリュレでチャラにしてあげます」

それは駅に新しくできたプリン屋の事を言っているのだろうか、だがあそこはイートインしかできなかったはずなので念のために確認してみる。


「それは全然良いんだけど、それだと俺はデートまで追加されてご褒美しか無いわけだけど」

「黙って下さい、それ以上変な事言うと口籠さんに言いつけます、視姦だけであきたらずセクハら」

「わかった、黙る、黙るからそれだけは」

「約束ですからね、早速明日の夕方どうですか?」

さっきまでと変わり、にへらと笑う彼女に冷や汗を拭いつつ答える。


「すまんが明日もシフト入れてるから」

「先輩いつもシフト入れてますよね? 仕方ないですね、いつお休みですか?」

「そうだな、今年の冬は……」

 そこで話は遮られた。


「ちょっと待って下さい。確かに忙しそうだなとは思ってたんですがちゃんと休んで無いんですか……?」

「基本的には。最近だとカフェが定休日の日でも日雇いのバイトしたりしてる」

きょとんとした表情のこゆりが、何かを諦めたようにその大きな瞳を閉じ、深いため息をつく。


「成程、何か事情あると思いますし深くは聞きませんが、今からでも口籠さんにお願いして明日お休みを貰いましょう。適度な休息も大事です」

「わ、わかった、けど、店長にも無理を言ってシフト入れてもらってるから今更言うのも」

「先輩は黙って、看板をオープンして来て下さい」

そう告げる店長が居るであろうキッチンの方へと、小走りで向かって行った。確かに、最後に休んだ日はいつだろうと考えながら言われるがまま入り口の方から看板を設置しにいく。

 数分もしないうちにホールへ戻ってきた彼女は小さくピースサインを出しながら今日一番の笑顔を浮かべていた。


「それじゃ先輩、明日学校帰りに」

 それが意味する事は明日はしっかり休息をとるようにとの事らしい。それだけ告げると仕事モードであろう、お淑やかな笑顔で来店してきたお客様へ接客に向かうのだった。


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