70、親子グマ
鈴は当然のようにタケシとの約束の期間を過ぎてもマリの家に居座り続けた。
小学校入学の年だったがタケシの説得は聞き入れず、結局ホームスクーリングという方法を取った。
マリの住む村には小学校も中学校もない。一番近くの学校でも車で40分かかる。
鈴の年でこの地に住むということは普通に毎日学校へ通う学生生活を完全に諦めなくてはならなかった。
それでも鈴は迷いなくこの地に住むことを選んだ。マリと違い、社交的で明るい性格の鈴だったが同世代の友達と師子とを天秤にかけた時、鈴は迷うことなく師子を選んだ。
それだけ鈴と師子は離れられない関係を築いていた。
毎日の学習はネットや動画でマリの側で行った。学習内容に追いつけなくなったら学校に転入するという条件で許した家庭学習だったが鈴の学習意欲は半端なく、むしろそれがモチベーションとなって一切、手は抜かずにタケシが口出しできなくなるほどの成果も出した。
昔、マリが自宅学習していた時は褒める事でマリの学習意欲を伸ばそうとしたが、鈴の場合は逆でタケシが鈴の自宅学習を心配するほどに鈴の意欲は増していく。
そういう所もタケシにとっては寂しいことだった。
一応、山の下にある小学校にも在籍していて、時々運動会や遠足などの行事に参加させてもらうことも出来、毎日学校に通うことが出来ないほど山奥に住んでいる鈴にもある程度仲の良い友達もできた。
一度友達関係ができると毎日直接会わなくてもメールやグループチャットで関係性を深める事はできる。鈴にとってそれはいとも簡単な事だった。
そしてこのホームスクーリングの一番いいところは自分で勉強する日や時間を決められるということだ。
タケシは理髪店を続けているために週末は店に戻って仕事をするのだが、鈴はこの週末を学習日に設定しており、タケシの定休日と鈴の休みを合わせることが出来た。
将来を考えていた時、学校の休みと自分の店の定休日が合わないことを心配していたタケシだったがこのシステムがその問題を簡単に解決してくれた。
そして今は店の定休日を使ってマリと鈴、師子を連れて滝までキャンプに来ている。
この場所は山の奥深くにあり、誰にも知られていない特別きれいな場所で鈴も師子もすぐに気に入った。
川の上流ではヤマメやイワナ、ウグイがよく釣れたし、水場は鈴や師子が遊ぶのに深さも水温もちょうどいい。
タケシとマリは2人が水遊びしているのを木の上から見守った。
タケシは隣で足を揺らしながら座るマリを見て、あの頃のマリよりも随分大きくなったなと感じていた。しかしマリは反対でタケシはあの時とちっとも変わらないと思っていた。
それほど二人は同じ時間を過ごしながらもまったく違うことを考えていたのだ。
木の上でお互い何も話さず、静かに2人の子供の姿を見守る時間が永遠に感じられた。
しばらくすると遠くにクマの親子が水場に近付いてきているのが見えた。
タケシはマリの様子を見た。
しかし、マリはまったく動じておらず、むしろ微笑んでそのクマの親子を見守っている。
母グマの方も人間の家族がいる場所からわざと遠い場所を選んで、そこで自分の子どもを遊ばせていた。
どちらも互いに危害を加える気はないという意思疎通がきちんと出来ており、安心して見守る事が出来る。
しばらくその時間が続いたが、そのうち母グマは子グマを連れて森へ帰って行った。
山の影に日が隠れる時間帯になり、辺りは一層温かい雰囲気になる。
マリは今なら落ち着いてタケシの本音が聞けれると思った。
こうなった今でもマリはタケシの事を愛していたし、自分を妹としてではなく女として愛して欲しいと願っていた。
またそういう話をしてももうお互いにどこにも逃げられないし、すべてを受け止める覚悟もある。あの時にはできなかった今だから出来る話だってあると思った。
そしてもう一度だけ、最後にもう一度、願いを込めてタケシに自分の気持ちを打ち明けた。
「私は今でもタケシさんが好きだし私のことを好きになってもらいたいって思っているんだけど、私が今でもこういう気持ちを持っているという事は迷惑?
やっぱり間違いだって思ってる?」
タケシはマリを見てゆっくり静かに微笑む。
「いや、間違いだとは思わないし、今は単純に嬉しくて誇らしいよ。」
タケシはそういった後、うつむいて少し悲しそうに話し出した。
〈〈 次回、マリの気持ちにどうタケシは答えるのか。ご期待ください。〉〉
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