61、妊娠
夜遅くにマリの家を訪れて勝手に二階に上がり、自分に課せられた仕事をし終るとそのカップを1階まで持って降りてリビングの本棚の上に置く。
そしてマリの部屋のドアを軽くノックし、そのまま顔を合わせず、言葉も交わさずにその家を出るという事を3回繰り返した。
その3度目でマリは無事懐妊した。
それを電話で聞いた時は嬉しいという気持ちよりもホッとしたという方が正直な所かもしれない。
実際の性交渉がなく子供ができるとこういう感情になるのかと自分でも不思議に思う。それはたぶん自分の遺伝子であっても、自分の子供ではないという背景があるからかもしれない。
家族が増えると言う感覚はまったくなかった。
ただ大事な妹が未婚のまま妊娠したという事実以外はない。
しかしこれがもし別の男の子供だとしたらどういう感情になるのだろうか。
もしマリが愛する人との間に子供が出来たとしたら、もっと素直に喜びをあらわしてマリの事をべた褒めしていただろう。
今、自分が感じる感情をうまく説明することはどうやってもできなかった。
もちろんマリに対して恥ずかしいような照れに似たような感情はある。またこの方法が本当に正解だったのだろうかという心配も。
だけどマリ自身は妊娠できた事を素直に喜び、タケシに感謝している姿を見た途端、自分の感情やまたその方法の事なんてどうでもよくなった。
たとえこういう形になってしまったとしてもマリの俺への欲求を満たしてやることが出来たわけだし、マリがユリの代わりになる血の繋がった家族が持てたという事もこれからのマリの人生において大きな指標となるだろう。
マリはタケシと同じで自分の血を受け継いだ子どもが欲しいという強い欲があり、それを自分の体内活力がピークの時期に合せて臨みたかった。それが満たされる喜びはタケシが一番よく分かっている。
マリが初潮を迎えた時の事を思い出す。あの時、女友達の女性に毎月訪れる生理の詳しい説明に俺たち男は卒倒しそうなほどショックを受け、マリやその他の女性たちに与えられた理不尽な試練を不憫だと思っていたが今、マリは俺なんかよりもずっと大きな挑戦ができる機会を与えられた。
そういうとてつもなく壮大なスケールの肉体神秘を体験できる女という性別を今は羨ましいと思っている。
マリは妊娠初期に多少のつわりはあったもののその期間中も普段通りの生活を貫いたし、タケシがあまり過剰に労ったり手出しするのを拒んだ。
いつも通り、自分らしく、それがマリの希望だった。
タケシは今、マリと一緒に山の中に罠を仕掛ける場所を探し歩いている。
水場に残された足跡を追って山の中腹まで来ていたがこの道は特に足元が悪く、また足を踏み外して下まで落ちたらたとえ無事だったとしてもかなりの怪我を負うような険しい道だった。
そんな道を妊娠中期の女の子が何のためらいもなく足を進める。
そういう道をマリが飛ぶような軽い足取りで軽快に進む時、タケシは昔と違ってずいぶんと過保護になった。
まだ腹の大きさは以前と変わらない。妊娠することで運動神経が鈍くなるという事はないだろうが何かしらかの体の変化は絶対にあるはずだ。
そしてそんな大胆なマリの後ろ姿を見ながら頼もしく、美しいと思う。
多分、美しいと言う感情をマリに対して感じたのは今が初めてだろう。
それは女性としての美しさというよりは生命力の強さや世界を変える大きな物事に挑戦する人間の尊さなのかもしれない。
無口で控えめな性格のマリからそういう圧倒的な強さを感じた時、はっとするほど輝いて見えて崇拝するような気持になる。
そういう物を感じながらマリの後ろ姿を見つめているタケシの感情をマリは気付いているのだろうか。たとえそうであってもそれはもう隠すつもりはない。
そういう形の愛情が存在すると言う事をマリにも知っておいてもらいたい。
一番大切な女を男として抱けなかった俺のせめてもの愛情表現だった。
〈〈 次回、マリの驚きの計画を知るタケシ。ご期待ください。〉〉
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