57、狩猟
山の中を歩き回るマリは生き生きしていた。多分タケシ自身も今のマリと同じような表情で一緒に山の中を歩き回っているのだろうと想像できる。
昔から獲物の追跡をするのはマリの得意分野だった。仕留める事に関してはタケシはマリに負けていなかったがマリは根気よく足跡や草の踏み分け方を察知して着実に獲物に近付く。
マリは人の感情だけではなく動物、植物の感情も上手に読む。
タケシは久し振りに狩りへの興奮を思い出し、すぐに昔の感覚が体に蘇った。
今では鈴と一緒に週に一度、マリの家を訪れて3人で山を歩き回った。
まず明るいうちにタケシが鈴を背負ってマリと3人で山を歩き回り、そこでマリが見付けていく獲物の行方に目印を付けて今度は夜中にタケシ一人で獲物を仕留めに出掛ける。
近年野生動物の数を押さえていた猟師たちの高齢化が進み、猟師の数が激減したことによって野生動物が村に被害を与える問題が年々深刻化していき、今では野生動物が人を恐れず堂々と畑の作物を荒らすようになってきた。
だからマリがこの土地に越してきて住み着いた事、猟銃の免許を取ったことは地域住民から非常に歓迎された。
被害を与える野生動物を仕留めと自治体から捕獲報奨金がもらえる。それは大きな収入になったし、狩りで得た獲物は自給自足の生活の基礎になった。
鈴はこの一週間一度のマリとの再会だけでは不満らしく、帰る時間が近づくと本能的にマリにしがみついて側から離れなくなる。
しかし鈴の為だからと言って前のようにマリとタケシの二つの生活が完全に重なる事はどうやってもできなかった。
大体あの家では3人で生活することはもうできないし、タケシと鈴がこの近くに越してくるという事もしてはならない気がした。
今でも十分に寂しいと感じていたがそれだって以前よりはずっと恵まれているはずなのだ。
平日の昼間にマリがタケシの家を訪れる事もある。マリは車を自由に乗り回すようになっていたので今では片道2時間の運転も苦にならないらしい。
こんな時、タケシはマリに自動車免許を取らせたことは善策だったと思える。
昔のように3人で中華料理屋に行ったり、喫茶店でクリームソーダを楽しむ鈴をふたりで見守る時間も以前よりずっと幸せに感じる。
獲った獲物の肉は近所の友達や理容仲間たちと外でバーベキューを囲むのも今のタケシの楽しみになっている。
今では昔の野球チームのメンバーや近所の若者、理容組合のメンバーが入り交じって情報交換をしたり女を紹介し合ったりしているくらいだ。
そこで一番、場を取り持つのが上手いのはやはりホストの龍馬で、今は若くて自分に自信のない男達に向かって女を落とすテクニックについての講義をしている。
その説得力ある話術に若い者だけではなく年取った中年男たちもメモを取るような勢いで真剣に質問している姿を可笑しく見守った。
「タケちゃんは最近あんまり女の尻を追っかけなくなったけどそれはどういう進境だい?20代で急激に性欲が落ちるという事もないだろうからどこかに飛び切りいい女を隠しているんじゃないかってこの辺りの女たちが噂してたのを又聞きしたんだが。」
「そんなん分かりきったことじゃないですか。それはマリちゃんがまたこの家に姿を見せるようになったからっすよ。マリちゃんと良い感じになってるわけじゃないだろうけどマリちゃんに見っともない所を見られて幻滅されたくないんすよ。」
「お前は本当にしょうもない奴だな。その口は女の為だけに使え。タケちゃん、こいつとはもう縁を切りな。あることない事言いふらす悪玉みたいなやつだからよ。」
「いや、ある意味ではそれは合ってますよ。俺はまたマリがこの家に戻って来てくれただけで十分に満足してます。以前は上手に出来なかった家族ごっこがもう一度できるようになっただけで本当にありがたいと思ってるんですよ。だから多少ふざけた事を言う奴が近くにいても猟銃でぶっ飛ばしてやろうなんて思っていませんから安心してください。」
と笑って言うと龍馬はみんなの前でわざっとおびえた様子を見せる。
それにそれは本当に間違いではなくて男としての本能を獲物を狩るという行動が満たしてくれているので前ほどの強い性欲は湧かなかくなっている。
そして今は女の子と遊ぶ時間よりも男達との時間の方が楽しく思えたし、もう一度マリを家族として迎え入れるにはいろいろと気を使わなければならない事がたくさんあった。
もちろん自分の意思を曲げてまでマリに合せようとは思わないがマリに嫌な気持ちを持たせないくらいの努力はできる。
気持ちを隠して無理やり家族としてまとまろうとしていた時よりもすべてを理解した上で二人の納得いくやり方を探る今の方がずっと健全だった。
〈〈 次回、鈴のいない夜にタケシとマリは……。ご期待ください。〉〉
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