56、暗い店のなかで
夜、暗い店の中で一人でラジオを聞いて酒を飲んでいるとドアを軽くノックする音がした。
ガラス戸の向こうのシルエットを確認した途端、心臓が大きな音で高鳴った。
いきなり動き出した心臓を落ち着かせるために深呼吸をしてみるが、感情の塊が呼吸を邪魔しよとし、吸っても吐いてもその苦しさからは逃れられなかった。
その姿はマリだったからだ。
マリは先週、遠くから覗き見た通りだった。その時、マリは髪を縛って深く帽子をかぶり、猟銃を担いで山に入って行った。
その姿を遠くから確認してすぐにその場を立ち去ったつもりだったがマリはその存在にすでに気付いていたのだろう。
しかしそれがきっかけとなり1年ぶりにマリはこの家に帰ってきた。
「タケシさんに会いたかった。ずっと会いたかったのにどういう理由で会いにくればいいかわからなかったの。タケシさんだけじゃなくて鈴ちゃんにも会いたかったよ。この家を出ていく時、この家にはもう来るなと言われたんだけどやっぱり抑えきれなくなって会いに来てしまったんだけど怒ってる?」
そのマリの寂しそうな顔を見たら昔のようにマリに抱きつきたくなった。だけどそれをかろうじて抑えてマリの手を取り店の中に迎え入れた。
「俺がマリの自宅まで行った事、見てたんだな。あんな感じで啖呵を切ったのに恥ずかしいよ。俺も鈴もあの後、マリの不在に相当苦しんだ。だけどそれは絶対にマリのせいなんかじゃなくて完全に俺の責任だった。本当にごめんな。」
「いつかタケシさんにもう一度会う時は完全に気持ちが吹っ切れた時だって思ってたのにそうなる前に来ちゃった。でも、もうその事は本当にいいの。
ただ昔みたいにタケシさんの妹として、そして鈴ちゃんには叔母としてもう一度会う資格が欲しくて、どうしてもそれを許してもらいたくて今日ここに来ました。もうタケシさんの言う事に絶対逆らいません。だからもう一度家族として仲間に入れてもらえませんか。」
マリはタケシの泣き顔を久し振りに見た。しかし今の泣き顔はうれし泣きのようだ。タケシをこんなに喜ばせることが出来た事にマリは女としてではない別の感情で誇りが持てた。
その時、暗闇の中を階段から駆け下りて来る小さな足音を聞いた。
鈴はソファーに腰かけるマリに突進してくるとそのままマリの足にしがみついて大声で泣いた。鈴は声が出せなくなるくらい長い間ずっと泣いた。
暗い店内でその鈴の背中をマリとタケシはずっとさすり続けた。
〈〈 次回、狩猟生活。ご期待ください。〉〉
作品に訪問して頂き、ありがとうございます。
※基本的に毎日更新していますので、この先のストーリーが気になるという方はブックマークをお願いします。コメントや評価を頂けると励みになります。
今日一日お疲れさまでした。明日も一緒に頑張りましょう。