54、帯留め
飯田組の女は、毎週火曜日の夜にやってきた。
店を閉めてサインの灯は消していたが店の電気だけ付けてあの女を待つ。
苛々していた。マリが出て1か月経つが鈴はどんどん元気がなくなっていく。
食べないし、寝ないし、笑わない。そして鈴は定期的に病院で点滴をしてもらっていた。
自分の娘が薬で眠らされて小さな腕に点滴を刺している姿を見るのは苦痛だった。今まで自分が自信満々でやってきた事のすべてが本当は嘘だったのではないかと思ってしまう。
午後9時をまわったところであの女が一人でやって来て店の入り口のドアをノックした。大きくて長いため息を一息つき、膝に手を当ててソファーから立ち上がる。
入り口のカギを開けてやると女は目も合わせず入って来て散髪用の椅子に黙って座った。
やる事はいつも通りで女もすでにその手順を覚えている。椅子の背もたれを倒した瞬間にもう眼は閉じており、タケシに施術されるのを静かに待っていた。
いつものように泡立てた石鹸のフォームをあごの辺りに広げて剃り始めようと剃刀を当てた瞬間、女は顔を大きく動かした。
それと同じ瞬間にタケシは女の首を左手で強く抑えつけた。
そして剃刀をカートの台に慎重に置き、蒸しタオルを取り出して女の顔に広げた石鹸フォームをすべてきれいに取り除くと椅子の背もたれを持ち上げる。
「俺は女から頼まれば誰とでも寝る男だよ。それも容姿、年齢、事情にまったくこだわらず、女に一度も恥をかかせたことがない。だから俺に抱かれに来たんだったらそんな煩わしい事はせずに直接そう言えよ。」
女は鏡越しからタケシをじっと見つめ、
「ヤクザの女であっても恐れずに抱けるのね。だけどそれを聞いた途端にその気が失せたわ。頼まれたらだれとでも寝るだなんてその行為には全く価値がないという事ね。それとも私がそう言うだろうってことがわかっててそう言ってるのかしら。」
「正確に言うとどうしても抱けない女が2人だけいたよ。俺が恐れるのはこの2人だけだ。本当に大事にしたいと思う女だけはどうしても抱けないんだ。」
「そう。あなたが苦しんでいる姿を見るのは乱暴に抱かれるよりも快感だわ。」
と言って立ち上がり帯に手を当てて帯留めを外し、それを静かに椅子の上に置くとそのまま夜の闇の中に消えていった。
〈〈 次回、マリとの再会。ご期待ください。〉〉
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