52、鈴の反抗
マリが出て行ってから鈴がご飯を食べなてくれなくなった。
そしてタケシも仕事以外の時間は何もやる気が起きず、布団の上でタケシに背を向けて泣いている鈴の背中をゆっくり摩りながら茫然として過ごす。
鈴は泣き疲れては寝て、起きてはまた泣いた。
マリが出て行って2,3日は自分の中の怒りの気持ちが抑えきれなかった。
自分の今まで大事に守ってきた大切な物をマリは自分のエゴの為に全てを破壊して出て行った。
俺とマリとの大事な思い出もそうだし、あんなに元気で健康だった鈴をこんなにしてしまったのもマリが自分の我儘を制御できなかった事が原因だと思った。
マリが大人になり、男性に興味を持つ歳になったのだったら、人生を棒に振るようなリスクのある関係者なんかは選ばずに、もっと賢く、問題の少ない人間の中から自分にふさわしい相手を探すべきだったのだ。それをどうしてそんな簡単なことがわからなかったのだろうか。
だけど時間が経つにつれて自分の怒りの核心部分に自信が持てなくなってきた。
そしてマリが言った最後の言葉「好きになってしまってごめんなさい。」という言葉が何度も何度も繰り返し蘇った。
今まで一度だってマリを叱ったことはない。またマリに対して怒りの感情はおろか、マリの兄としての責任を煩わしく思った事さえ一度もなかった。
なのにあの時だけは自分の中の感情がどうしても押さえられなかった。なんであの時、そんなに感情的な気持ちになったのか今になっては全然理解できないが、たぶんあの時の俺も今の俺もどちらも正直な感情なのだろう。
だけどすべてを思い返せば完全に俺が悪かった。
マリが思春期の葛藤の中、俺と距離を置きたがったあの時に俺はそれを何とか阻止しようとして足掻いた。
またマリが階段で眠ってしまった時のあの行動だってそうだ。
あんな事はすべきじゃなかった。そう振り返った時、背筋に冷たいものが走った。
あの時、俺が感じた物は兄妹愛なんてきれいなものなんかではなく、単純に魔が差したとしか言いようがない。
俺はもう俺自身を信用できない。俺はあんなに大切で美しい物すら汚してしまおうとするような手癖の悪い人間なのだ。これから何に対しても決して心を許してはいけない。
そんな自分の間違った行動でマリの心を揺さぶり、間違った感情を抱かせてしまったマリをあんなに冷たく、残酷な言葉で突き放してしまった俺はとんでもない悪人だ。
物心ついた時からずっと欲しかった兄妹だったのにどうしてもっと大事に出来なかったのだろうか。
マリが間違った恋心を抱く前に、もっとマリにふさわしい相手を俺が探して当てがってやっていたらよかった。
マリは特殊な性質で恋愛感情を一切持たない女だと勝手に思っていた。だから将来結婚もしないだろうし、子供を持つこともないだろうから一生俺が面倒を見てやらなければならないと思っていた。
どの部分をどう切り取っても後悔ばかりでそして今の自分にできる事はもう何もない。
マリはあの後、完全に姿を消した。俺の昔の仕事のやり方を熟知しているマリは俺のやり方ではいくら辿っても辿り着けない所に身を隠した。
明日もう一日、鈴が何も口に入れないようなら鈴を病院に連れて行こう。
〈〈 次回、タケシの後悔は何を変えるのだろうか。ご期待ください。〉〉
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