51、告白
マリはタケシの人心掌握能力をまじかで見た。
女は最初店に入って来た時にはタケシに敵意のようなものを持っていたはずなのにタケシに顔を触れられた瞬間に女はタケシに惚れた。その惚れ方は瞬間的で心の底からタケシを受け入れた。
たとえあの場でタケシが女の喉に剃刀を突き刺したとしてもまったく恨むことなくあの世に行っただろう。そしてタケシに触れられた女は信じられないほど輝きが増してすでに身を委ねた女の顔になっていた。
それをまじかで見たマリはタケシがたくさんの女と関係があるという事が今更ながら嫉妬した。
タケシの周りにはあのような色っぽい女が何人もいてタケシに遊ばれるのを待っている。そう思ったらマリには恋心以外に焦りのような苛つきのような感情が芽生える。
もう妹として愛されることに我慢できなくなっているのだ。タケシに女として大事にされたい。それがたとえ長くは続かない愛情だとしたって、ほんの一瞬でもタケシに女にされてみたかった。そしてタケシの本能丸出しの男の顔も自分のこの目で確かめてみたい。
こんなに重たい気持ちを抱いたままタケシに優しく妹扱いされることはもう御免だった。たとえ振られて拒絶されたとしてもタケシに一瞬でも女として意識してもらえるのならばそれは今のこの精神状態よりずっといい。
そう思った時のマリはもう止まる事が出来なかった。
マリは店の片づけをしているタケシの後ろから抱きついた。タケシは最初びっくりしたがマリが先ほどの出来事にまだ怯えているのだと勘違いをしてマリに向き直り、マリの頭を優しく撫でた。その優しい笑顔を見ているうちにマリは自分がいまからタケシを困らせるようなことを言う事に急に怖気付いてしまい、結局その日は何も言えなくなってしまった。
次の日の夜、マリはタケシをいつもの喫茶店に誘った。タケシには鈴の前で話せない事を話したいと言った。
タケシはそう言われると最初少しびっくりしたがおどけた笑顔になり喫茶店よりもお酒を飲みながら話そうかと言った。
しかしマリは賑やかな居酒屋よりも喫茶店がいいと言うとタケシは鈴を寝かしつけた後に出掛けようと言った。
マリはこころの準備のためにタケシより先に店に向かった。喫茶店の席に座り濃いめのコーヒーを飲みながらもマリもずっと本当に今からこの話をするのだろうかと自分自身に半信半疑の気持ちを持っていた。
マリがコーヒーを飲み終わる頃にタケシは喫茶店の入り口のドアを開けて入ってきた。そしてマリを目で探し、見付けると笑顔でマリのテーブルに近づいてきた。
喫茶店のテーブルで向かい合ってすぐにマリはタケシに
「好きな人がいるの。どうしてもその人と一緒になりたいの。」
というとタケシは満面の笑みでおめでとうと言った。
タケシはマリが龍馬を好きになったのだと思っているようだ。
その笑顔は憎らしいほどに意地悪く見えて胸が押しつぶされそうなほど悲しくなった。そしてどこかタケシに対して挑戦的な気持ちになり、その笑顔を壊してやりたくなった。
「私はタケシさんと一緒に暮らし始めた頃からずっとタケシさんの事が好きだったの。だからこれ以上その気持ちを隠したまま一緒にいることが耐えれない。タケシさんに……。」
「それ以上は聞きたくないよ。この話はもうやめよう。」
タケシはそれまでの笑顔とは全く違った冷たい表情でマリの話を遮った。
そのマリの告白にタケシは動揺する様子もなく、ただマリに対して悪意のような怒りの感情しか感じ取れなかった。
マリはその感情のさらなる先が見たかった。だからマリはそれ以上にタケシを追い詰めようと口を開こうとするとタケシはそれを遮り、黙って席を立ってコーヒー代をテーブルに置いて店を出て行った。
一人残されたマリは悲しかったがどこかすっきりとした気持ちもあった。
その日からしばらく、タケシはマリと目も合わせてくれなくなった。
夜も仕事が終わればすぐに出掛けてしまい、朝方になって帰ってくるという日が続いた。
タケシとマリの間のただならぬ雰囲気は鈴にまでわかってしまったらしく、鈴はいつも以上にマリに引っ付いてタケシを恨むような目で見る。
そんな鈴の為にもこのままでは嫌だと思い、マリは仕事終わりのタケシに今夜もう一度話がしたいと言った。それに対してタケシは何も言わない。
夜、タケシが鈴を寝かしつけている間、マリは店のソファーに座ってタケシが降りて来るのをじっと待っていた。
タケシはマリの前に腰を下ろし、お互い長い間沈黙した。そしてマリが口を開こうとしたその時、それを遮ってタケシが先に口を開いた。
「この話をこれ以上マリちゃんとしたくないんだ。多分いまから俺はマリちゃんを傷付けることになるだろうし、マリちゃんに対して怒りの気持ちすらある。ここまで必死で積み上げてきた物がマリちゃんの手によってすべて崩されると思うと恐怖さえ感じる。
マリちゃんは社会にうまく適合できない性格だから一番身近で安心できる僕を選んでいるだけでそんな安易な選択が恋愛のはずはないし、そんなのは片思いですらない。
僕らが本当の兄妹ではないのに一緒にこの家に住んでいられるのは周りが兄妹だと認めてくれているからこそだ。兄妹の縁を切って新しく違う形の関係を結び直すなんてことはこの社会では絶対に許されない。マリちゃんがその間違いに気付けずこのままその気持ちを改めないのならばもうマリちゃんにはこの家を出ていって欲しい。
僕がお金を出すから明日さっそく物件を探しに行ってくれ。そして今後はこの家に出入りしないで欲しい。
これ以上僕は話すことはないけどマリちゃんは何かいいたいことがある?」
とマリに初めて口を開かせてくれた。
「お金の事は大丈夫です。ママの貯金がまだそのまま残っているし、自分でも少しだけどお金を貯めてたの。だからお金のことは本当に気にしないでね。
今まで本当にお世話になりました。血のつながらない私の事を妹として愛してくれて大事にここまで育てて守ってきてくれた思い出は一生大切にします。
何も恩返しができずにこのまま去ってしまうのは本当に不甲斐ないんだけれど自分が覚悟を持って起こした行動だから後悔はしていません。
好きになってしまってごめんなさい。」
と言って頭を深々と下げた。
タケシはそんなマリの姿に耐え切れなくなりそのまま家を飛び出した。
そしてマリの誕生日の一週間前にマリはタケシと鈴の家を出た。
思い出すのはタケシの優しい姿ではなく、あの時の冷たく怒りを一生懸命抑えたタケシばかりだった。
あんなに優しかったタケシをあれだけ本気で怒らせてしまった事は寝ても覚めてもひと時も忘れられないくらい胸が痛んだ。
タケシに精神的に反抗をしたのはあの時が初めてだった。小さな我が儘は安心しきった関係の中でちょくちょくあったがこんな大きな決断をタケシの反対を押し切って面と向かってぶつけたのはあの時だけだ。そこにはマリの大人の女としての意地があったし、兄妹の関係を完全に壊したいという想いがあった。
タケシの怒りも理解できた。血のつながらない妹のマリを長年の努力で本当の兄妹関係に作り上げ、周りにそれを認めさせた。その事は子供だった頃のタケシの一番の誇りだったはずだし、その大事にしていた誇りをマリが一瞬で壊した。
しかしもうタケシに妹として守られたくはなかった。自分自身で自分を守り、その上で大切な誰かを守れるほどの強さが欲しかった。
〈〈 次回、マリがいなくなった後のタケシと鈴の生活。ご期待ください。〉〉
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