50、顔剃り
平日の午後に龍馬が飯田組の事務所で見かけた女を連れて店を訪れた。女は飯田組の2代目有力候補とされる次男の嫁で龍馬はその女に特別かわいがられている。
龍馬がホストクラブで大きな顔が出来るのは彼女のお陰らしく、自動車学校の件のように時々、飯田組の雑用を引き受ける立場にあるらしい。
龍馬自身、この女をこの店に連れてくることをタケシに申し訳なく思っているようで、店の入り口でわざとかわいげな顔を作っておどけた様子で入ってきた。
女は顔剃りをして欲しい言うが今日はすでにすべての予約が埋まっている。また着物姿の場違いな女が店内にいるとそのほかの客の態度も落ち着かずはっきりと迷惑だった。
この店の営業時間に出入りして欲しくない客という事もあってタケシは夜、店を閉めた後なら可能だと告げると女はそれには何も答えずにあっさりと店を出て行った。
夜、晩飯の後にゆっくりと店の片付けをしていると表に黒塗りの車が止まり、中から先ほどの女とその付き添いの若い男が二人で降りてきて店を訪れた。
タケシは何も言わずに店の鍵を開け、ドアを押さえて2人を中に入れると男はソファーにどかっと座り、女は何も言わずに散髪用の椅子にゆっくりと腰かけた。
その椅子を何も言わずに倒し、女の着物の衿に白いタオルを当て、襟ぐりに少し手を入れて着物の袷を押さえるように保護する。
蒸し器の中から熱々の蒸しタオルを取り出し、揉むようにしてタオルの温度を調節し、そのタオルを女の顔の上に広げる。そして次にタケシは女の瞼にちょうどいい温度に温められた黒い石二つを置いた。
女をそのまま無言で放置し、タケシは顔剃り用の粉せっけんを泡立て、剃刀をなめし皮に滑らせるようにして研ぐ。
その音が緊張感をもたらせるらしく男はソファーに浅く座りながらタケシからひと時も眼を離さなかった。
そして男と反対側の階段の中ほどにはマリが座ってこちらの様子を伺っている。
顔の上の蒸しタオルを取り除くと女の頬は軽く上気していた。
そこに泡立てた石鹸のフォームを丁寧に広げ、しばらく泡が落ち着くまではほって置く。しばらくしてタケシが女のあごにやさしく触れ、剃刀をそっと当てた瞬間だけ女の息遣いが乱れた。
ラジオの音がない静かな夜の店内はお互いの緊張した息遣いがどうしても耳につく。お互いの顔を近付けて施術する為、自分と相手の息遣いが耳から離れなかった。
タケシが手の位置を変える度に女の瞼の上の黒い石がそっと動く。最初こそ女の緊張がタケシの手に伝わってきたが、そのうち女は溶けるような表情になり口元の緊張が解けたのを感じた。
女はタケシに完全に心を許したのか、なすがままにされる様子で試しに首元に剃刀を当てみても全く動じなかった。
顔全体を丁寧にきれいに剃り上げると瞼の石はそのままにしてもう一度蒸しタオルを顔の上に乗せ、今度はその上から大きな手の平を使って優しく顔をマッサージしてやる。
蒸しタオルを取り、椅子の背もたれを上げるて鏡越しに女の顔を見ると女の顔は一皮むけた光るような肌の白さでうっすらと桃色に輝き、美しいと思った。
女は黙って立ち上がり、帯の間から札入れを出すと五千円札を黙ってカウンターに置いて若い男と一緒に出て行った。
タケシは階段でその一部始終を緊張した面持ちで見守っていたマリに出来るだけ優しい笑顔を向けて安心させたかった。
〈〈 次回、マリはタケシに自分の本当の気持ちを打ち明ける。ご期待ください。〉〉
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