5、祠
ユリとマリは海沿いの町に移り住むようになった。そこで自分たちの生活術を身に付ける。
今回のストーリー要素
サバイバル ★★★(ねぐらを探す、他)
感情度 ★★☆
危険度 ★★☆
ほっこり度 ★★☆
ユリとマリはたくさんの挑戦と失敗を繰り返し、肝を冷やすような危険を幾度も経験して次に行きついた先が海沿いの小さな町だった。
この町は近年、過疎が進んで空き家が増え始めている高齢者中心の町で、ほどほどに静かで程よく便が良かった。
都会に比べてどことなく人々が穏やかに感じたし、あまり他人に関心がない人たちにも見えた。そこでユリとマリは初めて安心できるねぐらを手に入れる事ができた。
暗闇への恐怖心を克服し、生活する術を身に付けることが出来たならこの生活は思っていたよりずっと自由でスリルがあり、そして何より一番に楽しかった。
毎朝目覚めると今日がどんな日になるかワクワクする。起きてから寝るまでの営みをすべて自分たちの手で成り立たせているという自信は何物にも代えられないほどの快感だった。
それはマリの表情からも読み取れた。
マリはちょっと変わった子供だ。おしゃべりができるようになったのはここ最近で、ユリと母親以外の人間とは言葉を交わしたことがない子供だった。そんな変わった子供なので当然、保育園でもいじめられた。
子供らしいしぐさや感情を素直に表に出すことができず、誰に対しても心を開かない子供であったが人の感情を読む事には長けていて、表情やしぐさ、しゃべり方から危機を察知し、自分なりにいじめを回避して対処するすべを身に付けていた。
この生活ではそんなマリの能力にかなりの部分で助けられていた。
二人に対して猜疑心や危機感を持った大人が近付くとマリは遠くからでも敏感にそれを察知して言葉ではない表現を使って警告する。
その特別な能力のお陰でかなり大胆に盗みを働くこともできたし、安全に人目に付かず生活することができた。
盗みを働く場所はなるべくねぐらから離れた町を選んだ。もしねぐらから近い場所で盗みが見つかってしまうとねぐらごと失う羽目になるからだ。
安全なねぐらを確保することはすべての最優先にされた。また盗みを働く場所はいくつかの近隣の市を転々とし、同じ店で盗みをすることを避けた。
街を縦横無尽に動き回るために公共の交通機関を使う事もあった。自治体が運営する小学生以下無料の路線バスのサービスをうまく使えば足で稼ぐ距離よりもずっと行動範囲が広がる。
適当な一人で行動している大人のカバンや持ち物に軽く手を添えて、あたかもその人の子供かのように装って運転手の前を通過すればその瞬間だけは本当にその人の子供のように見える。
大人達はそんな時、まったく警戒することがなかったので簡単に騙すことが出来た。
さらにバスの路線表を入手すると網の目のように張り巡らされたバス路線を縦横無尽に動き回れるようになった。
またいざという時はやはり現金が必要だったのでお金を盗むことも覚えた。
ねぐらにしている埠頭の海に突き出した小山には海の神をまつる祠があるのだがときどきその山に登って来る参拝客に鏡を使って反射光をちらつかせたり、小さく鈴を鳴らしたりしてあたかもご利益がある場所のように見せることでお賽銭を弾んでもらう事を覚えた。
そして賽銭箱の底に気付かれないほどの切り込みを入れて、そこから中身を抜いていた。
多少は後ろめたい気持ちも持ち合わせていて、その償いに参拝客の幸せを樹の影から必死で祈った。
ふたりが寝床にしているこの祠の中には石像や祭器があり、それを隅に寄せて子供二人が横になれるほどの空間を作ってそこに寝泊まりしていた。
この祠では絶対に飲み食いをしなかった。それはなんだか罰当たりな気がしたし、もしこの祠の中に生活の片りんを残せば大人たちに見つかった時に必ず問題になるはずだ。
もし私たちが外出している間に誰かにこの場所を開けられることがあったとしても毛布一枚だけならば誰かのいたずらぐらいにしか思われず重要視されることはないはずだった。
この祠がある小山は人が生活する場所から防波堤で繋がっているのだがここまでわざわざ足を運ぶ地元の人はいない。
近隣都市から海水浴や釣りに来る人が稀にお宮の存在に気付いて参拝に寄る程度でそれ以外は誰も立ち寄らない場所だった。
この場所は地元の誰からも忘れ去られている場所で私たち姉妹を何か不思議な力で守ってくれているような特別な場所だった。
〈〈 次回、同じ境遇でホームレス生活をしているタケシ(9歳)との出会い。3人はどう知り合って、どのようにして仲間になっていくのか。〉〉
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